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2-4

 翌、金曜日。葵は学校を欠席した。

 それを聞いたのは朝、葵の家を訪ねた時だった。母親が出てきて、困窮しているというか半ば呆れたような表情で、葵の体調が優れないと話した。

 まさか尋ね人の不安がウィルスとなって作用したはずもないだろう。事実、本当の欠席理由は仮病だったはずだ――一輝がそのことに気付いたのは放課後、病状を心配して再び葵の家を訪れた際、やはり再び出てきた母親が朝と同じか、それ以上にバツが悪そうな顔をしながら、昼前に出かけてしまったという話を聞かせてくれた時だ。

 葵はどうやら図書館にいるらしいということも、母親からの話で判明した。彼女自身がそのメモを残し、同時に用事を済ませるまでは帰れないと断ったらしい。

 そうした情報を手に、一輝は昼休みになるのを待ってから図書館へ向かった――近所にはいくつも同じような施設があるわけではなく、高校の隣に建つ市民文化センター内にあるものが唯一と言っていい状態で存在している。

 それは受付を横目に階段を上った先にあり、二階のフロアの一角を利用した、高校の図書室よりは広いという程度の、こじんまりとした図書館だった。入り口から見て横長な間取りをしており、扉をくぐった左手側は貸し出しカウンターになっている。職員は何やら電話応対をしているようだった。

 そこから目を外して館内を見回す。中央には閲覧スペースとして三つほど長机が並べられ、左右が書棚になっていた。壁のように配置されているせいで窮屈な感はあるが、書架ひとつひとつの背が低いため、見通しは利いた。

 一輝はその中に本を探す葵の姿がないかと探すが……そこにいたのは壮年の野暮ったい男一人きりだった。

 ただ、その男に奇妙な違和感を覚えて思わず目が留まる。男の農村育ちめいた服装に、厳つい輪郭、不自然に均衡の取れていない顔立ち、肌荒れによる染み、そしてぎょろっとした大きな眼球がどうにも恐ろしく見えたから――というわけではない。もっとも実際に、あまり長時間見つめていたくはない醜悪な風貌ではあったが。

 それでもどうしても気になり、我慢して男を観察すると……やがて違和感の正体が判明する。

 彼は本を探すのではなく、書架を盾にするように奥まった位置に立ち、ちらちらと忙しなく不気味な瞳を動かしていた。視線を追うと、そこは図書館の片隅。受付カウンターのよりも奥にある、入り口から最も遠い端に設けられた、長机の上にパソコンを置いただけのブラウジングコーナーだった。

 そしてそこに、見慣れた姿を発見する――紛れもなく葵だった。彼女は一心にパソコンを操作していた。何をしているのかと気になったが、その時に一輝は、男がそんな葵を見つめているのだと気付いた。それはなんらかのやましい気持ちという意味ではなく、男もその場所を使用したいがためだろう。端末は隣接して二つ置いてあるものの、見知らぬ異性の隣というのは気が引けて、という辺りだろうか。そう考えれば合点がいった。

 ましてや――そうでなくても近付くことは出来ないだろうと、一輝は納得する。

 葵は真っ直ぐに画面を見つめていた。それも、食い入るようにというどころではない。なんらかの危機に直面しているかのように切迫した様子で、異様なほど見開かれた目が血走っている。見る者が気圧されて恐怖心をかきたてられるような険しい顔付きになり、幼少から付き合いのある一輝ですら歩み寄るのを躊躇するほどだった。

 彼女が激しい執念を燃やして何かについて調べていたのは間違いないだろう。それがなんであるのかを覗き見ることは出来なかったが、やがて彼女は表示された画面上に何かを発見すると顔を近付けて一点を熟読し……それを終えると同時に妙に慌てた様子で席を立った。

 一転して図書館を去ろうとする葵に対し、一輝は思わず見つからないようにと背を向けて、入り口近くに展示されている職員のオススメ本を吟味している風を装った。葵はそれが幼馴染であることには全く気付かなかったようで――というよりも周囲が一切目に入っていなかった様子で、荒々しい足音を立てながら扉を駆け抜けると、急ぎ階段を下りていった。

「どうしたんだ、葵の奴……?」

 音が完全に聞こえなくなった頃、誰もいなくなった入り口の方へ向き直りながら、ようやくそうとだけ呟く。何をしていたのか、何故あれほど熱心だったのか、どうして突然に駆け出したのか。様々な疑問が頭をよぎる。

 それら全てを解決する手段として、葵に直接聞くことは……先ほど近付くことも出来なかったというのに、今になってそれが可能となる理由もなかった。

 しかしそれ以外にも、全てとまではいかなくとも手がかりを得る方法はないわけではない――葵の座っていた席に行くと、そこでは彼女の見ていたウェブサイトが開きっ放しで放置されていた。

 それは東愛知新聞という、豊橋市を中心とする愛知県の東部で発行されているローカル新聞のウェブ版らしかった。

 葵と同じように椅子に座り、同じように画面を眺めてみる。しかし葵が勢いよく立ち上がった際になんらかの誤操作がされてしまったのか、画面上は多数の見出しが躍るトップ画面であり、どの記事を見ていたのかを判別することは出来なかった。履歴を残さない設定になっているせいで、それを頼りにすることも出来ない。

 彼女が愛知県に関わるニュースを求め、そこで何かを発見したことは明白だろう。そしてそれによって飛び出していったに違いない。ひょっとしたら学校新聞の記事になりそうなネタを見い出し、その取材に向かったのかもしれない。だとすれば、日曜日の締め切りが迫っているために焦り、あれだけ必死の形相になっていたのだと納得できる。

 もっとも、そうした推測は結局のところ推測の域を出ず、まして詳細がわかるわけでもない。彼女の慌てようを見ると、まさかとは思うが今から愛知へ向かったのかもしれず、一輝は心配になって、とうとう彼女に連絡を取る決意をした。しかし電話をかけてみても反応はなく、メールを送ってみるとかなりの間を要してから、『急いでいる』とだけ書かれた簡素なものが返ってきた。一輝は仕方なく、『急がなくなったら教えてくれ』と返信して、図書館内のパソコンの前で肩をすくめた。

 ……その時になって、ふと、葵を見つめていた不気味な男のことを思い出した。しかし急ぎ辺りを見回すが、男の姿はなくなっていた。当然、隣の席にも座っておらず、書架の方へ行き館内をくまなく探しても、彼を見つけることは出来なかった。葵が去り、間を取っていたところで自分が座ってしまったため、諦めて帰ってしまったのだろうか。だとすれば悪いことをしたと思うが、かとって彼を追いかける術などない。

 一輝はどうしようもなく、もう一度肩をすくめると、二度置き去りにされた心地で図書館を後にした。

 そして結局――葵から、二通目のメールに関する返事が来ることはなかった。

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