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2-3

 彼女、涼子は葵を怯えさせるつもりではなかっただろうが――怪談話でもするように、声を潜めて話し始めた。

「三丁目のお爺さん……山本さんだったかしら? ほら、ここから少し北側に行ったところの家に住んでる人なんだけど」

「……その人がどうかしたんですか?」

 一輝は聞き返す時、少しだけ躊躇った。そうしてはいけないという予感があったためだ。

 隣に立つ葵も、同じものを感じたのかもしれない。けれどその程度の漠然とした不安で話を無視出来るほど霊感に長けていたわけでも、信心があったわけでもない。ただ、口にしてから後悔に襲われる。

 涼子の方は何によって阻害されることもない様子で、しかし深刻そうに顔を歪めて、声を潜めながら言ってきた。

「それがね、突然いなくなっちゃったらしいのよ」

「えっ……?」

 驚愕に小さな声を上げたのは、葵。それは悲鳴だったのかもしれない。

 一輝が振り向くと、彼女の顔がみるみると、耐え難い死の宣告を受けたかのように青ざめていくのが見えた。

 無情にも、涼子はそれに気付かぬまま続ける。

「その人、自分の家の畑で野菜を作ってて、それをよく知り合いにお裾分けしてるんだけど……昨日だったかしら? 山の方にある知り合いの家に行くって言ったきり、帰ってきてないみたいで。相手が誰なのかも家族の人はわからないから連絡が取れないとか――あ、ほらこれ」

 そう言って涼子は、漠然と頭上を指差した。そこには赤くなり始めた空と雲以外に何も無かったが――声が聞こえてくる。

 尋ね人を知らせるアナウンスだ。

 まさしく当の山本という老人が、昨日の午後五時頃に車で出かけ、そのまま行方がわからなくなっているという旨のものだった。

 時計を見れば、現在もその午後五時に差し掛かったところであり、二四時間近くが経過していることになる。

 尋ね人のお知らせの大半は徘徊の癖があるか、あるいは家族への連絡忘れによって発生するものだ。そのため、アナウンスが流れればすぐに解決する場合が多いのだが……

 一輝が隣を見やると、そこでは葵が先ほど以上に真っ青な顔になり、目を見開いたまま震えていた。

 口は開いているが声が発されることはなく、細かな息だけが吐き出される。

 不穏な話を聞き、不要に神経が昂ぶってしまったのだろう。一輝が心配して肩に手を触れさせようとすると――

 彼女は、ハッとその手を振り払った。

「あ、葵?」

 戸惑う一輝が彼女の顔を見つめる。

 葵は弾かれた一輝の手を、瞳孔の開いた目で凝視していた。

 あるいは手のある方向に何かを見つけたのか――一輝が視線を追ってみても、何も見つからなかったが。

 いずれにせよ、葵は手から逃れるようにふらふらと後ずさった。

 自分を守るように身体を縮こまらせながら、次第に呼吸を乱していく。

 どうしたのかと一輝が聞くと、彼女は明らかに目を逸らしながら頭を下げてきた。

「すみません。その……私、帰ります」

「え? 帰るって、取材はいいのか?」

「それは……とにかく、私はもう行きますから」

「あっ、ちょっと、葵!」

 一方的にそう告げると、彼女は慌てた様子で駆け出した。みるみるうちに公園から遠ざかり、後姿が小さくなっていく。

 呆気に取られる形でしばしそれを見送ると、後ろから涼子の声が聞こえてくる。

「ふふ。葵ちゃん、やっぱり昔のままなのね」

「え、ええ、まあ……とりあえず、俺も行きます。ありがとうございました」

「いえいえ。葵ちゃんと仲良くね」

 のんきに微笑する涼子に曖昧な返事を返し、一輝は頭を下げるとすぐに自分も走り出した。

 葵の後姿は、もうほとんど見えなくなるほどだった。しかし追いかけていると、彼女はなぜか時折、不意に足を止めたり、家路には無用な角を曲がったり、明らかに身を隠すようにしゃがみ込んだりしていた。

 その理由は――聞くことが出来なかった。

 目の前でばたんと閉じられた玄関の扉を見つめる。拒絶された心地で、一輝は息を荒げながら肩を落とした。

 一人きりになって空虚感を抱く路地に、肌寒い秋風が微かな山の臭いを運んでくる。

 それはどこか不気味な悪臭で、奇妙で恐ろしい事件との関連性を無理矢理によぎらせた――山奥の小さな村落で起きた、不可解な失踪事件。

 全く理論的な根拠のない、闇雲にかきたてられる不安を拭い去るには想像以上の力が必要で、困難だった。

 加えて、そうした恐怖心を煽るように、尋ね人のアナウンスが聞こえてくる。

 そして結局……それは最後まで、発見されたという報告に変わることがなかった。

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