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1-4

 空が茜色に染まる頃。一輝は二階にある自室の窓からぼんやりと外を眺めていると、そこに人の姿を見つけた。長い影を引きずるようにしながら、自転車を押して早足気味に歩く、葵だった。

 出迎えのために外へ出ると、彼女もすぐに一輝を見つけたようで、片手を上げて駆け寄ってきた。一輝は自分の方からも同じく近付くと、数十メートル程度の短い帰路を並んで歩き始める。

「大丈夫だったか、葵?」

「まだ言っていたんですか」

 心配して言うと、彼女は可笑しそうに僅かな笑みを見せた。

 そこには疲労が浮かぶものの、綺麗な黒い髪が泥にまみれていることも、丈の短い厚手のコートが破れていることもなかった。

 実際、彼女は「なんらの事件も起きていない」と言い、出発した時と同じ軽い調子で手を振った。

 しかし、それが不意に止まる。

 広げていた手の平を軽く握ると、葵は肩を落としながらゆっくりと手を下げた。

 一輝の方から視線を逸らし、自分のつま先が投げ出されるのを見つめながら、疲弊を色濃くさせて呟くのが聞こえてくる。

「……もっとも、それが当然のことかどうかはわかりませんけどね」

「どういうことだ?」

 訝って聞き返すが、彼女はそれ以上何も言わなかった。

 ハンドルを握る腕が震えているように見えたのは、気のせいかどうか――

 一輝は彼女が何かに怯え、誰かにその理由を語ることすら怖がっているのではないか、と思えた。そうまで恐怖する体験とはなんなのか、想像も付かなかったが。

 なんにせよ、葵は何も語らなかったが、代わりに意外なことを言い出した。

「私……やはり、橋山村についての記事は諦めようと思います」

「やめるのか? あんなに熱心だったのに」

「取材に行ってわかったんです。あそこにはなんの収穫もありません。次の新聞のネタは、また新しく探すことにします」

 そう言うと、今までの怯えを全て振り払ったように調子を戻し、おどけた様子で片手を広げた。

 その頃には玄関前に辿り着いてしまっていたため――一輝がそれ以上何か聞くよりも早く、彼女はまた明日会いましょうとだけ告げて、家の中へ消えていった。

「どうしたんだ、葵の奴」

 一輝は様々な違和感を抱きながら、首をひねる。

 もっとも、彼女が一度熱心に始めた記事を断念することについては、珍しいながらも無いわけではなかった。予想を裏切られ、全くつまらないものだと判明した時などは、反動も相まって急激に冷めるものだ。

 恐怖心を抱いていたように見えたのは……きっと気のせいだろう。

「気のせい、だよな?」

 姿の見えなくなった幼馴染を見送りながら、呟く。

 しかしどんなに自分を納得させようと言い聞かせ続けても、内にわだかまる不穏な懸念を拭い去ることは出来なかった。

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