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4-3

 追い立てられ、再びここへ誘い込まれたことを悟り絶望する中、奇妙なことに一輝が見たのは集会場の明かりだった。先ほど見た、雨戸から漏れ出る蝋燭のような微かな火の光。確かに消えたはずだが、それが再び灯されているのだ。全ては幻で、夢を見ていたのか。恐怖のあまりに瞬きを錯覚したのか――気付けば足音も消えていた。恐る恐る振り返っても、背後には風もなく揺らぐこともない静寂とした暗闇だけが広がっている。

「そうか……幻覚か。幻覚を見ていたのか。怖がりすぎたんだな、自分は」

 そう呟いてみたが声は震え、切れ切れに掠れ、爆発を繰り返すような動悸は全く収まることがなく、錯乱と恐怖の入り混じる頭は多少なりとも整理される気配すらなかった。一輝は疲弊と狼狽による過度な呼吸をもはや隠すことも忘れ、半ば茫然自失としたまま光に寄せられる虫のようにふらふらと集会場へ歩み寄った。今度は、声は聞こえない。もっと近付いてみようと、一輝は植木を乗り越えた。

 その時……ぐちゃりと、乗り越えた足が何かを踏みつけた。思考もままならない頭ではその正体を推測することが出来ず、微かな明かりの中で足元を見やると、しかしそれでも全く判別することが出来なかった。そこにあったのは地面に出来た、暗闇よりも黒い染みで、水溜りか、あるいは泥の塊のように歪な円形を作り出していた。

 気にも留めず次の一歩を踏み出すと――しかしその瞬間、その黒い染みを踏みつけた足が全く動かないことに気付き、バランスを失ってその場で転倒した。さらには立ち上がろうとしても全く不可解にそれが叶わず、片足の足首から先がコンクリート詰めされたか、何か法外な力を持つものによって掴み取られ、痛みこそないが、底なし沼へと引きずり込まれているかのようだった。自分の足を見やっても、集会場から漏れ出る僅かな明かりだけではやはり黒い泥溜まりのようなものとしか認識出来ず、その中に自分の足先がめり込んでしまっているだけだった。

 一輝は得体の知れない焦燥と切迫する恐怖から、ますますもって呼吸を荒げながら足を引き抜こうとしていた。しかしどれほど力を入れても一向に状況は改善されず、暗闇による錯覚で自分の足が本当にその泥の中へと吸い込まれていくように見えてしまう。全く不可解に抵抗出来ぬ状況と、おぞましい深淵へゆっくりと引きずられていく錯覚に、一輝は再び恐慌状態に陥りかけていた。染み自体も少しずつ広がり、足首から膝、腿、腰へとその恐るべき穿孔が迫ってくるように思え、自分の片足を掴み、なんとかして引っ張り出そうと全身を強張らせながら、大声で罵声を上げ、意味のない言葉を喚き散らす。

 しかしそうした半狂乱の一輝が不意に息を詰まらせ、声を止めたのは、風もないまま雲が晴れ、月がぼんやりと辺りを照らし出した時だった。一輝は失神した時のように瞳孔を開かせて、そこに浮かび上がってきたものを見た。絡みつく黒い染みは、やはり泥の塊のようにしか見えなかったが、その先にいくつもの足が立っていた。顔を上げれば、そこには何も言わず暗闇の中で佇み、じっとこちらを見下ろしてくる、十数人に及ぶ村民らしき姿があった。最初に見えたのは彼らの足であり、全員が靴を履かず、素足のまま立っていた。その爪や肌にホクロのような染みが見えたのは、実際にホクロなのか、老齢によるものなのかわからないが、一輝の頭には妙に強い印象として残った。

 視線を上げると、着たきりのような薄汚れた格好をした、農家の中年あるいは老年めいた人々が、じっと一輝を見下ろしていた。彼らは一様に虚ろで、表情のない顔をしており、何を言うでもなく、視線を泳がせるでもない。その全く空虚なまま、しかしなんらかの揺らぐことのない意思を持っているかのような視線に晒され、一輝は得体の知れない気配に恐怖したが、もはや悲鳴を上げることも出来なかった。

 やがて先頭にいた老齢の村民が無造作に、ぬっと一輝の顔面に向けて手を伸ばしてきた。もはや逃れることも、抵抗することも出来ず、その手の平が完全に視界を覆った時――

 一輝の意識はそこで途切れた。

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