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3-7

 敷地内に入っても、奇怪に恐ろしく気配が変わったということはなかった。しかし真っ直ぐに家へ向かって短い道を歩いていくと、左手にもうひとつの家が建っていることがわかった。外観はいかにもといった古めかしい平屋の日本家屋で、どちらに行くべきか迷ったのだが、素直に新しい家の扉を叩くことにした。

 間もなく返事があり、扉もすぐに開けられた。出てきたのは老齢を思わせる短い白髪で丸い顔をした、小太りの男だった。太い黒縁の眼鏡をかけ、部屋着なのかポロシャツにスラックスという格好で、内面からは聡明な雰囲気を漂わせている。しかし丹波宗司教授なのかと尋ねたところ、彼はどこか心苦しそうに苦笑して首を横に振った。

「あいにく私は弟でしてね。信利と言います。よろしく」

「望月葵です。突然の訪問、申し訳ありません」

 信利氏は柔和そうだが、どこか戸惑いと警戒心を滲ませた声音で「構いませんよ」と言ってから、私を中へ招き入れてくれた。白を貴重とした家は広いわりにどこも質素で、案内されたリビングもテーブルとそれを挟むようなソファー、そしてテレビといった程度しか置かれていなかった。信利氏は私にソファーへ座るよう促すと、自らもその対面に腰を下ろした。そして身体の前で手を組むと、こちらを窺うように口を開く。

「橋山村について調べている、とのことでしたが」

「はい。二月から断続的に発生している村での失踪事件について、教授のお知恵を拝借したいと思った次第です」

 私がそう話すと、信利氏は驚いた様子だった。そして戸惑いながらも言ってくる。

「……兄も同じように言っていました。あの事件はなんらかの思惑による連続性のあるものだと。しかし私にはそうは思えません。ひとつの不幸な事件と、いくつもの無関係な出来事が重なり合ったために生まれた偶然の産物でしょう」

「そう思われるのは仕方ありません。ですが私は、ある事情によってそうではないと確信せざるを得なくなりました。教授にお目通り願うことは出来ないでしょうか?」

 この申し出に対しては、済まなそうに肩をすくめた。

「あいにく、兄は不在でしてね。訪問者があることを聞いていないのも嘘ではありません」

「まさか――」

「そうした反応も、兄と同じです。兄は訪ねた先が不在であったり、尋ね人の報せを聞くと、必ず驚愕と恐怖に怯えながら村の事件と関連付けなければ気が済まない性質を獲得してしまいました」

 彼の戸惑いは、教授と私にある奇妙な言動の共通点に由来しているようだった。そして同時に、その根源にある感情や思考を否定するように首を横に振ってきた。

「ですが、そのような事実は全くありません。少なくとも兄は、気になることを発見すると突然に出かけてしまうんです。調査癖と言ってもいいかもしれません。もっとも今日の場合、あなたの訪問があることを知っていたのなら、それほど遠出したわけでもないでしょう。あなたに話す資料を追加するため、図書館にでも行っているのだと思います」

 私はその答えに、どうするべきかと考え込んだ。時間がない。しかし教授は既に村の者の手にかかってしまったのかもしれない。信利氏は否定したが、その可能性は十分にあった。ならば今すぐにここから離れるべきだろう。少なくとも教授に会えないのであればなんらの情報を得ることも出来ない。しかし本当に一時的に外出しているだけなら、今を逃すことは致命的だ。恐らく教授は私よりも村について深く研究しているし、なんらかの決定的な推察を持っている様子だった。それを知る必要がある。

 そうした逡巡の中で、提案してきたのは信利氏の方だった。

「こういうのはいかがでしょう? ここであなたを無下に追い返すわけにもいきませんから――兄が戻るまでの短い間、代わりに私があなたの問いに答えます。私も兄からいくつか話を聞いていますから、その範疇であれば答えることが出来るはずです」

 それは事件との関連を疑う私に対し、すぐに教授が戻ってくることを証明するための提案だったかもしれない。私は迷ったが……教授には伴侶がおらず、唯一の肉親である信利氏に対して、孤独に調査を続ける恐怖から耐える理由で多くの話をしていたことを聞き、この提案に応じることにした。

「わかりました。よろしくお願いします」

「ではもうひとつ、これは提案ではないのですが――私や兄との話を終えた帰りに、八木貴子という方を訪ねてみてください。連絡先を書いておきます。これについてはくれぐれも内密に。兄に対しても口外しないようにお願いします」

 彼はそう言って、どこか悪戯っぽく口元に人差し指を立てた。私は、なんらかの特別な情報を持っている相手なのかもしれないと思い、連絡先の紙を受け取って頷いた。

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