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新聞記事の切り抜き
二月一日に静岡県牧之原市内に存在する橋山村で発生した、少年一人と少女一人が突如として失踪した事件について、静岡県警は近隣市街の他、村内もくまなく捜索したが、二人を発見することは出来なかったと発表した。二人は同日、学校から帰る姿を複数の市民によって目撃されているが、村の近辺になると目撃情報が途絶え、村民も二人が帰宅したところを見ていないと話している。県警はこれを受け、学校から村までの間に何者かにさらわれた恐れがあるとして、近隣住民にさらなる情報提供を呼びかけた。
「……これは?」
「新聞の記事に決まっているじゃないですか、一輝」
日曜日の早朝。無理矢理に叩き起こされて半寝ぼけの少年――一輝の問いに、少女は切り抜きを貼り付けた手帳を突き出しながら、堂々とそう答えた。手帳の端に丁寧な文字で書かれた、『望月葵』という彼女の名前も、どこか誇らしげに見える。
当然、立ち姿も自信満々という様子だった。
朝陽に煌く白い肌。それと対照的な黒色をした肩ほどまでの髪が、換気のために開けられた窓から入り込む風で優雅に揺れている。切り揃えた前髪の下から覗く吊り気味の目は、訝しげな少年の顔を見つめながら輝いていた。
一輝は彼女の、同じ高校二年生――正確に言えば葵は一七歳で、一輝はまだ一六歳だが――とは思えぬ美麗さと芯の強い雰囲気を纏う瞳を思わずじっと見つめ返した。
……そしてそこに冴えない、黒の短髪で大した特徴もない平凡な顔の男が映っていることを認識する。
その視線に歓喜したわけではないだろうが、葵は近くの椅子を引っ張ってくると、一輝の正面に腰を下ろした。
一方の一輝は、まだベッドの上で辛うじて身体を起こした状態だったが――彼女が座るのと同時に立ち上がり、顔を洗いに洗面所へ向かった。
しばらくして戻ってくると、葵はそうした仕打ちも全く気にしていない様子だった。一輝が再びベッドに座るのを待ってから、口を開く。
「それで、どうですか? 今週の学校新聞の一面はこれで決まりだと思うのですが」
そう聞いて来たのは、彼女が高校の新聞部であるために他ならない。
そしてその相手が一輝だというのは、彼が向かいの家に住む幼馴染だからというだけでない――一輝が同じ新聞部に所属しているためだ。というより、二人以外の部員は存在していなかった。
とはいえ、それでも一応は部としては認められている。新聞も、学校の公式なホームページに週代わりで掲載させてもらっていた。おかげで葵は日々、新聞記事のネタ探しに余念がない。
もっとも今日がその入稿締め切りであり、既に紙面は出来上がっているのだが……
葵がそういった時にこそ新たな記事を書きたがるのを、一輝は何度も経験しているので、慣れたものではある。
ただ――それとは別の不可解な点があった。
「なんでまたこの事件を取り上げるんだ?」
一輝は改めて、葵が持ってきた小さな切り抜きに目を落とした。隣には彼女の美しい文字で、それとは正反対に不穏な、『隠された犯罪!? 不気味な村落の正体に迫る!』という見出しが付けられているが……さておき。
新聞に記されている通り、事件が発生したのは二月だった。しかしカレンダーは現在、十月を示している。八ヶ月前の出来事を今になって取り上げる必然性は見つけられなかった。
そんな当然の疑問に対し、葵は甘い考えだと言うように指を振った。
「注目されるには周りと同じものを書いていてはダメです。しかもその中で事件性の強いネタを選ぶ必要があります」
「そりゃまあ、そうかもしれないけど」
彼女はその信念に基づいて人の目を引くためのネタを探し、今回の未解決事件を発見したらしい。
しかしそこまで話してから、やや考え込むように肩をすくめる。
「もっとも、この事件は『解決した』という扱いになっているようですけどね」
「未解決なのに、解決?」
聞き返すと葵は、してやったりの顔でいやらしく笑った。流し目を向けながら顔を寄せる。
「ふふ。ほぉら、興味を持ったでしょう?」
「ぅぐっ……と、とにかくどういうことなんだ?」
一輝の口惜しげな表情に満足しながら、彼女は饒舌に説明を始めた。