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2-8

 一輝の不安は……翌日、葵の失踪という形で顕現することになった。

 それは昼を前にした、十一時頃だっただろう。会いに行くのは躊躇われるものの、学校新聞の締め切りという口実を持ち、葵にメールを送っていた時のこと。彼女の家がにわかに慌しく、騒がしくなっていることに気が付いた。

 二階の窓から見下ろすと、そこに見えたのは数人の野次馬――そしてなんらかの痕跡を探すように玄関や家の周囲を見て回る、警察官の姿だった。

 一輝が急ぎ葵の家を訪ねると、一度は警官に止められたが、葵の母親が出てきて話を聞かせてくれた。

 それによると……葵は、昨夜のうちに家を出て行ったようだった。

 昨日帰宅してからは一言も口を利かず、食事にも手を付けず部屋に閉じこもり、両親をも不安にさせていたのだが、朝になって葵の部屋へ行くと、そこでは扉が開けっ放しになっていた。そしてその机の上に――一冊のノートが置かれていたらしい。

 そこには紛れもない葵の直筆で、失踪に至る昨夜までの行動が記されているらしく、一輝も葵の両親の計らいで、その閲覧を許された。

 警官が言うには、それは失踪が事件性のない家出だという証拠であると同時に、葵が明らかに錯乱し、精神を病んでいるために、早急な保護の必要性を表すものでもあるとのことだった。葵の両親も、そこに書かれていたものを読んだ後、一人娘が突如として狂人に堕ちてしまったことへの悲嘆と、それを察知し、防ぐことの出来なかった自責とに涙を流していた。

 ただ――一輝は全てを読み終えた時、そこに葵を信じるだけの価値を見い出していた。最後の最後に綴られたものが、そう考えさせたのだ。

 それがなければ他の人々と同じく、彼女の残した狂人めいた手記の内容については気にも留めなかっただろう。せいぜいが哀れに思い、彼女の両親と同様に、そんなものを書き記してしまうほど疲弊した彼女の精神に気付いてやることも、安寧を与えることも出来なかった自分を悔いるだけだったはずだ。

 そこに記されている全てが事実だとは、一輝も考えていなかった。しかし少なくとも、葵が全くの空想からこの手記を――恐るべき危機を仄めかす内容である手記を残したとは思えなかった。

 恐らくはそうした錯乱状態に陥ってしまうような、なんらかの原因があったはずだろう。それを探ることが、すなわち彼女の助けとなることにも繋がるはずだった。彼女はその狂人を生み出してしまうほどの脅威に怯え、しかし我が身を保つために懸命な努力をしていたのだから。

 一輝はそう確信しながら、ノートの最後に震える筆跡で残された言葉を見つめていた。

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