第八話 魔法少女と来るべき初仕事
「……まさかぁ、アリサの初仕事がアルフをブッ飛ばす事だとは思わなかったわぁ~。大丈夫、アルフ?」
「いつつ……ええ、どうなる事かと思いましたが、アリサさんが手加減……手加減? まあともかく力をセーブしてくれたお陰でなんとか……と言うか、キョーコさん! いきなりウルトラインパクトアタックは危ないじゃないですか! 仮にも魔法少女が暴力で解決しようとしないで下さい! なに考えてるんですか!」
「自分が私に与えた魔法道具をよく見てからもう一度言ってみろ! そのセリフをそのまま返すわよ! つうか、いきなり乙女のクローゼットから飛び出すアンタの方が百倍危ないわ! 何考えてんのよ、アンタ!」
脱ぎかけた服を急いで着直した私は、顔の火照りそのままアルフに捲し立てる。乙女の柔肌をなんだと思ってるんだ、アンタは!
「あー……それは、済みませんでした」
私の言葉に、少しだけバツの悪そうな顔をして頭を下げ、アルフはおずおずといった感じで口を開いて。
「いえ……こう、空間転移の魔法を使ったんですが……どうも、あのクローゼットに繋がったらしいんですよね、出口」
そんな事を言って見せた。はあ、あのクローゼットに繋がったんですか――って、ちょっと待て!
「ちょ、はぁ? クローゼットに繋がった?」
「ええ。まあ、人一人が出て来れる程の大きさがある場所となると、この部屋ではあそこぐらいしかありませんし、当然と言えば当然なのですが」
「二十二世紀の猫型ロボットだってもうちょっと出る場所考えるわよ! っていうかマジで困るんだけど! なんとかならないの!」
「そう申されましても……済みません、一度『開いて』しまった出口は閉じる事が出来ないんですよ」
「閉じる事は出来ないって……」
じゃ、じゃあ何か? これからアルフは常に私のクローゼットからこんにちは! な状態って事か?
「ちょ、ま、待ってよ! アンタ、常識で考えなさいよ! 何処の世界に乙女の部屋にフリーパスで入ってくるマスコットキャラが居るのよ!」
認められるか、そんなの!
「そ、そう言われましても……で、でも大丈夫です!」
「何が大丈夫なのよ!」
「私、別段女性に不自由してませんですので! まかり間違ってもキョウコさんを襲うよう――へぶぅううう!」
私の世界を狙えるアッパーカットがアルフの顎にクリーンヒット。やっぱりアレだ。イケメンなんて滅びてしまえ。
「……んで? 何の用よ?」
『顎が……顎がぁーーー!』なんて言って室内をのたうち回るアルフの姿に少しだけ溜飲を下げる。色々納得はいっていないが、これ以上この話をしてもどうしようもないのだろうし――何より、私の精神安定の為にもこの話は此処で打ち切るに限る。そう思い、痛そうに顎を抑えるアルフを半眼で睨み付けた。
「いつつ……もう、キョウコさん! 乱暴は――って、ああ、すっかり忘れる所でした! キョーコさん、初仕事ですよ! 『もしもし魔法少女相談室』に相談が来たんです!」
「……マジで?」
「ええ! 今回は私達のコンビになっての初仕事ですから! さあ、張り切っていきましょう!」
そう言ってぐいぐいと私の服の袖を引っ張るアルフ。止めんか!
「服が伸びるでしょ! っていうか、え? 今から?」
「そうです! さあ、早く! 相談者の方、待ってますから!」
「だから引っ張らない……って、もう待ってるの?」
「ええ。ですから早く!」
「って、ちょっと!」
引っ張るなと言っても聞かないアルフの右手をぺしっと払う。ああ……伸びた。お気に入りだったのに……
「……なんですか、キョーコさん。まさか、行かないとかいうつもりですか? 確かに、契約上貴方に拒否権はあります。ありますけど……初仕事ですよ? 行きましょうよ!」
一方のアルフは叩かれた手を痛そうに振って見ながら不満そうな顔をして見せる。そんなアルフに溜息を吐きつつ、私は首を左右に振った。
「行くわよ? どうせ暇だから本屋に行こうかって思ってた処だし」
先まで『働いていないのに給料が発生するなんて罪悪感がー』とか、どこぞの社畜の様な事を考えていたのだ。行くのは全然やぶさかではない。やぶさかではないのだが。
「……それにしたってまず、相手がどんな人か分からなかったら相談だって受けようもないでしょ? 説明してよ、説明。私だって初仕事だし」
こういう事だ。私だって初仕事、どうせするならキチンとこなしたい気持ちだって人並みにはあるのである。
「……なるほど。ブリーフィングですね」
「そんなオーバーな話?」
それはちょっと違う気がするけど……
「……まあ、そんなイメージは近いのかな? ともかく、なんか資料とか無いの? どういう人ですとか、どんな悩みです、とか」
私の言葉にアルフはうん、と頷き、右手の指をパチンと鳴らした。と、何もない空間に炎が上がり、A4サイズの一枚の紙が出現する。
「……いつみても便利ね、それ」
「まあ、このサイズまでのモノしか出す事は出来ませんが」
そう言ってアルフは出現した紙に視線を落として口を開いた。
「……今回の相談者は『平行第三世界・高天原市』で魔法少女をしている中川鈴音さんという方ですね」
「平行第三世界?」
「この世界の日本によく似た……まあ、パラレルワールドと思って頂ければ。魔法少女歴は……うん、四カ月の中学三年生ですね。素晴らしい、二クール目に突入ですよ」
「その言い方、どうよ?」
「失礼。私の経験上、三カ月から四カ月で一番問題が発生するパターンが多いのですが……彼女はこのパターンでしょうね」
「そうなの?」
「一般企業でも言うんですよ、三カ月過ぎ辺りが一番危ないって。入社して、環境にも慣れた辺りに『虚しく』なるんですよ。『私、何やってるんだろう』って。でも逆に此処を過ぎれば、一年ぐらいは大丈夫なんですよね」
「へえ。そうなんだ」
「ちなみに一年終わると少しずつ慣れて来ていますので仕事に関する矛盾を感じ出しますその次は三年目が危ないですね。下も出来て、ある程度責任のある仕事を任せられてボン、ってなるケースが多いです」
なるほど。中々勉強になる。勉強にはなるが。
「……これ、『魔法少女』がする会話じゃなくない?」
なんとなく、人事関係の人が話そうな事だが。
「違いないです。でもまあ、コレがキョウコさんの仕事ですし」
そんな私の言葉に肩を竦めて見せた後、『見ます?』と書類を差し出すアルフ。その手からA4サイズの書類を受け取り、私も視線をそれに落とす。書類の左端にはおさげ髪で眼鏡を掛けた、大人しそうな少女の写真が貼ってあった。うん、地味ではあるが流石魔法少女、愛らしい顔立ちをしている。
「この子なの、相談者って?」
「ええ。高天原市の平和を守る、『魔法少女フラワーガールズ』のフラワーブルーを勤められています。学校の成績は優秀ですよ?」
「ふーん」
アルフの説明を左耳から右耳へと受け流しながらペラペラと書類を捲って……ん?
「……ねえ? この子、悩みはなんなの?」
書類の何処にも具体的な『相談内容』が書いて無い。より正確には、『相談内容』と書かれた欄の所には空白が躍っていた。いや、これじゃ相談内容分からなくない?
「書面に書くのではなく、直接逢ってお話ししたい、との事ですよ」
「なんで?」
「ペーパーに『証拠』を残して置くと、後々問題にも成りかねませんからね。『これはお前が書いたんだろう!』と言われない為にも、書面に落とし込みたくはないとの事でした」
「……おい」
「それだけ私達BSSが信用されていないという事ですよ。悲しい話ではありますが。まあ、先入観を持たれてもアレですので、今回は彼女の希望を優先しましたが……」
いけませんでしたか? と問いかけるアルフに肩を竦めて見せる。
「良いわよ。取り敢えず、話を聞いてみましょう」
「はい。それでは行きましょう、キョーコさん」
そういうアルフに頷き、私は彼に続いてウォークインクローゼットに――少しだけの緊張と、『人の不幸を』と言われそうだが若干の『ワクワク』を胸に、足を踏み入れた。