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第七話 魔法少女と魔法道具の共同生活


「……ねえ」

「何よ? なんの用?」

「一々、喧嘩腰に……っていうかさ?」

 アルフとの邂逅……と言っていいのかどうか、まあともかく私が『契約書』にサインをしてから十日。

『これがあれば、いつでも私と連絡が取れますから』と、今となってはすっかり懐かしい一昔前のガラケーを渡された私は、剥き出しのバットを持って駅前から帰るというなんともシュールな光景を繰り広げながら家路についた。『え? この子、なんでバット持って歩いてるの?』とか『出入り? 出入りか!?』なんて、道行く人々に不審者を見る目で見られながら、何とか家路に着いた私を待っていたのは母による歓待だった。

『おめでとう、恭子ちゃん! 今日は恭子ちゃんが初めて仕事を見つけた日ね! お母さん、張り切って御馳走を用意したから!』

 と、何を思ったか御馳走とお赤飯を炊いて待っていたマイマザー。なんだか色々違うと反論しつつ、それでもわが母の手料理に舌鼓をうった。ちなみに、どこかずれてる癖に料理の腕前は抜群に良い事に若干のコンプレックスを覚えていると言っておこう。真の意味での目分量であれ程美味しい料理を作れるなんて少しずるいと思ってはいる。まあ、それはいい。それはイイのだが。


「……魔法少女って、こんなに仕事が無いモンなの? なんか、緊張してたのがバカみたいなんだけど?」


 そう。最初の三日ほどは正直、無茶苦茶緊張していたのだ。『大変です、キョーコさん!』って、今にもアルフが飛び込んで来る! みたいな事が起こるのかと、少しばかりの怯えと……まあ、ぶっちゃけ、期待もしていたのだ。だってそうだろう? 折角魔法少女になったんだ。こう……『仕事』もしてみたいし。

「はあ? アンタ、バッカじゃないの? 仕事が無いのは良い事じゃん、なに? ワーカーホリックの『け』でもあるの? ちょーさいあくぅ。アリサ、そんなに働きたくなーい」

 少しだけ呆れた口調でそう言って見せるバット……アリサ。いや、まあそれはそうなんだけどさ。

「……だってさ? 今この瞬間も給料が発生してるんだよ? なんというか……こう、罪悪感的なモノをひしひしと感じるんだって」

 魔法少女の仕事は概ね、『出動』と『待機』に分かれる。まあ、悪の組織が九時から五時まで規則通りに動いてくれる訳もないので、待機であっても何時でも出動出来る体制を整えておくのが魔法少女の鉄則……らしい。んなもんで、魔法少女は『待機』中も時間給が発生するらしいのだ、アルフ曰く。

「いいじゃん。家でゴロゴロしててもお給料出るんでしょ? 世のニートが憧れる職業じゃん」

「世のニートが軒並み魔法少女を目指す世界なんてイヤすぎる」

「貰えるもんは貰っておけばイイじゃん。そもそも、アンタの仕事は悪の組織とガチンコって訳じゃないじゃん? 魔法少女に悩みが無けりゃ、アンタの仕事なんて無いしぃー?」

「まあ……そうだけど」

「それともなにぃ? アンタ、『仕事したい! 魔法少女、悩め!』とか思ってるのぉ? 人の不幸が蜜の味なの? やだ! カンジわるぅー」

「お、思ってないわよ! 失礼な事言うな、このクソバット!」

「バットじゃないしアリサだし!」

「うっさい! バット置き場に戻すぞ!」

『うわ、汚い! 権力をカサに来てそういう事言うの、魔法少女としてどうかとアリサ、思うぅー』なんて馬鹿な事言うアリサに溜息を吐いて見せる。

「……つうかさ? アンタ、マジでバット置き場に戻ってくんない? 五月蠅いのよ」

「はあ? アリサ、別に五月蠅く無いじゃん。普段はイイ子してるでしょ? っていうか、偶には散歩ぐらい連れて来なさいよねぇ~」

「バットに散歩を強請られたのは初めてよ。いや、そうじゃなくてさ」

「はあ? なによ。言いたい事あるなら言えば?」

 若干喧嘩腰のアリサに、少しだけ言い淀み、それでも私は言葉を放つ。


「……アンタ、夜中に歯ぎしりするし」


 ……一体このバットの何処に歯があるのか、こいつ夜中に歯ぎしりしやがるんだ。しかも金属製だからかなんなの、この世のモノとは思えない程に超五月蠅い。

「は、歯ぎしり!? おおおお乙女になんて事言うのよ! あ、アリサは歯ぎしりなんかしないし! っていうかアレ、そもそもバット置き場じゃないしぃ! 唯の傘立てだしぃ! しかも錆びてるしぃー!」

「まあ、使い古した傘立てだけど……エコよ、エコ」

「絶対イヤ! 大体、あそこのメンツってウザいんだもん。特にあの金属バット。アリサの事、口説こうとするんだよぉ? ありえなくなーい? ちょっと自分の顔、鏡で見たら~ってかんじぃ。木のバットは木のバットで『わしの若い頃は』とか昔語りし出すしさ? アリサ、年寄りの愚痴とか聞きたくなーい」

「とし――……まあ、アレは私が初めて買って貰ったバットだから年季は入ってるけど……ちなみに、練習用の鉛入りのバットは? アレなんか結構武骨モノの括りに入ったりするの?」

「練習用のって……ああ! あの死ぬまでチェリー君のこと?」

「ちぇ、チェリー君!? な、ななな!」

 何言ってんだ、このバット!

「だってアイツ、本番の経験無いんでしょ? チェリーじゃん」

 いや、そりゃ練習用バットだから実戦経験はないよ。ないけど!

「まあ、他に比べたらマシだけどさぁ。なんかストイック気取ってきもーい」

 私のバット教育が悪かったのか……いや、まてまて。バット教育ってなんだよ。

「……だから、絶対イヤ! もしアソコに置こうとするんだったら、アリサ、夜中に大声だしちゃうんだから!」

「それはマジで止めろ。お互いの為にも」

「お互いのタメぇ~?」

「ドロドロに溶けたくないでしょ、アンタも。私もそんな事なったら流石に寝覚め悪いし」

 きっとあの母親の事だ。『もう! 五月蠅いバットね~』とか言って知り合いの……溶鉱炉とか持ってる会社に持って行く。持って行くことも、そもそもそんな知り合いがいるのも『確実』だろう。

「キャハハ! ドロドロに溶けるとかないしぃー」

「……」

「なーにマジな顔してんの? ちょーウケるぅー」

「……」

「キャハハ!」

「……」

「……キャハ……ハ……」

「……」

「…………マジ?」

「…………マジ」

 私の真剣な目に思わずアリサが身震いする。

「……おかしくない? アンタのママ」

「私もそう思う」

 そう言って溜息を吐き、私はベッドから立ち上がるとクローゼットを開ける。

「どっか行くの?」

「折角の日曜だしね。本屋でも行ってみようかって」

「えー! ずるい、ずるい! アリサもいきたーい! 連れてってよ、スポーツショップとか! イケメンのバット見たーい! っていうか、買おうよ! イケメンのバット!」

「イケメンとかあるのか、バットに。ダメダメ」

「むー……じゃあ、ゴルフクラブでもイイよ! セットでお願い!」

「妥協した様に見えて斜め上の要求をするな。っていうかなんだ、その種族を越えた愛」

「ミズ――じゃなくて、某メーカーの工場で見かけたんだけど……渋いんだよ~、ゴルフクラブのオジサマ達って。ウッドさんとかは大人の魅力があるし、三番アイアンさんはいぶし銀ってカンジ。五番アイアンさんはエリート商社マンみたいな雰囲気あるし、九番アイアンさんは自分が不遇だからなのか、すっごく優しいの! アプローチさんはトーク抜群だしぃー。サンド君とピッチング君の双子兄弟は庇護欲そそるし、パターオジサマとか見つめられたらドキドキしちゃう目力あるのよぉ?」

「……ごめん、これっぽちも共感できない」

 ただ、これだけは言える。この尻軽、と。

「えー。だってアリサまだ若いし~。ちょっと火遊びもしてみたいな~って。ただ、ユーティリティ、お前はダメだ」

「ゴルフ知らないから何とも言えないけど、そうなの?」

「キョロ充なのよ、ユーティリティ。ウッドとアイアンのご機嫌伺ってる姿がちょっちウザいっていうかぁ~」

「……何も言うまい。つうか、ゴルフクラブをセットで買う様なお金はありません。そもそもね? 私は今日、本屋に行くの! スポーツショップに用はありません!」

「文学少女でも気取るつもりぃ~? 似合わなーい」

「まさか。魔法少女モノの漫画買うに決まってるでしょ?」

「……なんかアンタ、ブレないよね? 一周回ってそんけーするカンジぃ」

「そりゃよかった。んじゃお留守番、よろしくね~」

 ズルいズルいと言い募るアリサを放置して、私はウォークインクローゼットの扉に手を掛ける。そもそもだ。なんで花の女子高生が休日の昼間っからバット持ってウロウロしなくちゃいけないんだという話でしょ? 抗争に参加するヤンキーじゃないんだから。

「もう! いいなーキョーコばっかり!」

 不満そうなアリサにひらひらと手を振り、部屋着を脱ぐ。そろそろ初夏、涼しめの服装にしようかと下着姿のままで脱いだ服を手に持って、クローゼットの扉を開けて。



「キョーコさん! 初仕事ですよ! さあ、行きましょう!」



 ――クローゼットから飛び出すアルフの姿を視界に治めると同時、ベットに放り投げてあったアリサを手に取って。

「へ? って、ちょ、きょ、キョーコ――って、アルフ! 危ない!?」

「え? 危ないって、何があぶぅうーーーー!」

 私が力一杯振りぬいたアリサが、アルフの顎にクリーンヒットした。どっから出て来てんだ、このバカ!


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