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第五話 魔法少女と分かりあうマスコットキャラ

「な、なんで!」

 私の否定の声に、アルフが眼を見開いて大声をあげて見せる。

「むしろ『なんで』がなんで!? 『まあ素敵! それじゃ魔法少女になろうかしら!』って私が言うと思ったのか! 驚く程私にメリットのない提案じゃないのよ、それ!」

「う、うぐ……わ、分かりました! メリット! メリットがあればイイんですよね!」

 そう言って、今度はジャケットの左右のポケットの中に片方ずつ手を入れるアルフ。なにかを探す様にゴソゴソした後、徐に一枚のチケットサイズの紙を取り出した。

「こ、これ! これを差し上げますから!」

「……なにコレ?」

「見て分かりませんか、キョーコさん! コレは――」

「……『大特価、ブリの切り身128円』って……買えって事?」

「――って、え? ぶ、ブリの切り身?」

 慌てた様にアルフが私の手元から『ソレ』を――広告の切れ端を奪い取ると一瞥。乾いた笑いを浮かべてポケットに押し込んだ。

「あ、あはは~。済みません、ちょっと間違えました。コレは私の今日の晩御飯のおかずでしたね! こっちです、こっち!」

「……いや、さ? 別に否定はしないけど、アイドルのグラビアの切り抜きをポケットに入れて持ち歩くってどうよ?」

「へ――って、ち、違います! これは……そ、そう! 友人が勝手に置いて行ったものなんですよ!」

「えっちな本が見つかった中学生のいいわけか」

「いえ、で、ですか――ああ、もう! それはどうでもイイんです! コレです、コレ!」

「……未来の世界の狸型ロボットみたいな奴ね、アンタ」

 テンパるとアレでもない、コレでもないとお腹のポッケから取り出す例のカレとアルフの姿がダブる。どうでもイイが、お腹の中から出て来る『やかん』は一体いつ使うんだろう。

「なんか変な事考えてますよね、キョーコさん! 真面目に聞いて下さい!」

「分かった、分かった。それで? なによ、コレ?」

「チケットですよ、野球のチケット! ホラ! 金にモノを言わせて主砲級集める球団と、浦和か大阪かって言われる程熱狂的なファンがいる球団の伝統の一戦ですよ! しかも八月後半のチケットですよ、八月後半の! 優勝までの道筋が見えるかどうか、まさに手に汗握る白熱の試合が繰り広げ――」

「いらない」

「――られる事うけ……へ? な、なんで! キョーコさん、ソフトボール部でしょ!」

「関係あるのか、ソフトボール」

「……え? だって、ソフトボールって野球の下位互換なんじゃないんです?」

「……何が嫌いって、たいして知りもしない輩が『ソフト? あんなの山なりのボール打つだけだろ? 楽勝、楽勝』って偉そうに小馬鹿にする事程嫌いなモノはないのよね、私。ソフトは立派な、独立したスポーツだ!」

「す、済みません! いえ、ホラ、『ソフトバレー』とか『ソフトテニス』とか……後は、『ライトノベル』みたいに『ソフト』とか『ライト』が付くと、なんとなくこう……ちょっと『劣る』みたいなイメージがあってですね!」

「ソフトバレーは子供から老人まで楽しめる生涯レクリエーションとしてバレーとは違う意味でその地位を築いているし、ソフトテニスに至ってはプロでも『硬式より難しい』って言う人だっているのよ? 立派なスポーツでしょうが!」

「……謝る前にびっくりしてるんですけど。詳しいですね、キョーコさん?」

「ライトノベルに関しては良く分かんないけどね。取り敢えず、不遇なスポーツの味方なのよ、私。ともかく、政治と宗教と野球の話はするなってのがウチのルールなの! 高い確率で揉めるから! そういう意味で、特定の球団を応援する様な事はしないのよ、私」

「で、でも……こう、試合を見る事で『練習』になる事だってあるでしょう!」

「まあ、そうは言ってもソフトボールが野球から派生したスポーツである事は事実だし、そうである以上、技術的な面では否定しない。見取り稽古って言葉もあるしね。否定しないケド、だったら遠くにちっこく見える選手を見るよりは、テレビで見た方が良いわよ。そもそも、私はもうソフトボールはやってないし」

 人も多いし、野球観戦は意外に疲れるのだ。ファンの球団であれば疲れる甲斐もあろうが、そうじゃ無ければ見に行く必要はない。

「なもんで、そのチケットは要らない」

「わ、分かりました! それでは洗剤! 洗剤も付けますんで!」

「新聞の勧誘か」

「入浴剤! 入浴剤も付ければイイですか! 今なら全世界魔法少女協会謹製タオルも付けますので!」

「だから、新聞の勧誘か! つうか必死さが怖いわ!」

「だって……だって……」

 えぐ、えぐとまるで子供の様に泣くアルフ。そこそこイイ年、しかも地方都市海津に置いて無茶苦茶目立つ容姿をしたアルフのそんな姿が耳目を集める。『まあ、あの子! 外人さんイジメてるわ』とか『修羅場よ、シュラバ!』なんて声が聞こえて来て、私の精神をガシガシ抉った。そんな周囲の視線も痛いし……


 ……何より、ちょっとだけ可哀想になって来た。


「……分かった」

 自分でも『甘いな』とは思う。思うが……まあ、なんだ。『あの』母親が絡んでいる以上、あんまり無碍にするのも得策とは言えない。『あら? 恭子ちゃん、ちゃんと協力しなさいって言ったでしょ?』とか言われそうだし。それに……まあ、なにより。

「は、はい?」

「……仕方ないわよ。『あの』お母さんまで巻き込んだなら、どうしようも無いからね」

「え、えっと」

 縋る様な、希望を見つめる瞳をするアルフに小さく溜息。やれやれと首を振って見せる。

「……やるわよ、魔法少女」


 ――どうしようもなく、『惜しい』と思っている自分だっているのだ。形はどうあれ、せっかく『魔法少女』になれるこのチャンスを逃すのが。


「……」

「……」

「……きょ……キョーコさぁぁぁぁんーーー!」

「ああ、泣くな! 鬱陶しい!」

「だって……だって……私、本当に死ぬのかと……それか漁船にでも乗せられてマグロを獲りに遠洋漁業に出されるのかと……」

「アンタはウチの母親をなんだと――」

 なんだと……なんだと……

 ……

 …………

 ………………うん。

「……まあ、しかねないけど」

 し、しかねないけどそれにしたって、だ。仮にも『世界を救った』んでしょ、アンタ。普通、世界を救ったマスコットが鼻水垂らして泣くか?

「女性に逆らったらダメなんですよ! 私が昔一緒に戦った魔法少女だって無茶苦茶だったんですから!」

「……おい」

「もうね、多分男とは別の生き物なんですよ、女性って! 普通はあるじゃないですか、論理とか倫理とか! 筋道立てて理論的に話しているのに怒るってなんですかぁ! んじゃ、私はどう説得すれば納得するんですか! 『なんかイヤ。理系か!』とか、なんで言われなきゃいけないんですか! はあぁ? 理系だとそんなにダメなんで――」

「分かった! 分かったから!」

 私の疑問に声を大にして不満をぶちまけるアルフ。どうやら開けてはいけない扉を――分かった、分かったから!

「……色々あんのね、貴方も」

「……色々あったんです。まあ、私が共に戦った魔法少女が規格外だった事は認めますが……感情でモノを言うのはマジ勘弁です」

「……貴方の株がストップ安で落ちて行ってるんだけど……まあ、それに私だってメリットあるんでしょ?」

「メリット?」

「ほら! 公務員試験でも加点があるって言ってなかった?」

「え? ああ、はい。無論、大っぴらに言える事ではありませんが……この国の各自治体であれば一般合格者の三分の二くらいの点数でも合格できる様になっています。ちなみに、公務員試験を受ける為の対策講座も開いています。無論、無料で」

「三割上乗せする上に試験対策までって……凄いわね、それ」

「勉強、部活動、恋愛や友達付き合いなど、若い時にしか出来ない貴重な時間を頂戴する、正当な対価だと思っていますよ。そもそも、命かけて世界を救うんですよ? それぐらいのメリットは無いと。給料は安いですけど」

 一理あると言えばあるのか。何より、『世界を救ってる』んだ。公僕としてはトップランクに貢献しているって言っても過言ではないし。

「分かった。ただ普通にバイトするよりは人生経験にもなるでしょうし……まあ、お母さんが『良し』とした事を逆らう訳にも行かないしね。まあ……アルフを差し出して許しを乞うって方法もあるけど」

 少しだけ意地悪く言ってみせた私に、アルフが顔面を真っ青に染めて首を左右に振って見せる。冗談よ、じょーだん。

「……心臓に悪いですので勘弁して下さい、キョウコさん」

「そういう方法もあるってだけで、実践出来ないわよ。流石に寝覚めも悪いし……それに、お小遣いも足りないしバイトしなくちゃっな~って思ってたところではあるのよ。だから……まあ、バイト代が出るんだったらやってもイイわよ。第一……魔法少女、好きだしね」

『好きな事を仕事にするな、嫌いになるから』とはよく言われるが、私は逆に好きな事を仕事にするのは幸せな事だと思う。仕事にして嫌いになるんだったら、それは所詮『そこまで』しか好きじゃなかったって事だと思うし……私の人生で、『魔法少女』に奉職出来る機会なんてもう無いだろうし。OLになるのとは訳が違う。

「お小遣い……高校生だし、オシャレとか?」

「高校生だから『円盤』買おうかなって」

「円盤の為ですか?」

「悪い?」

「いえ、別に構いません……と、いうか、有り難いです」

 そう言って嬉しそうに笑い、アルフが右手を私の目の前に差し出す。

「……なに?」

「これからのパートナーと握手でも、と思いまして」

「……照れ臭いわよ」

 そう言いながら、私はアルフに倣う様に右手を差し出す。

「……よろしく」

「はいー」


 細身のアルフに似つかわしくないガッシリとした手。なるほど、世界を救ったと言われれば納得の行くような大きな、『男の手』に少しだけ……ほんの少しだけ、ドキリとした。


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