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第四話 魔法少女と海津の魔女


 私の絶叫を前にしても、アルフは先程まで同様に『ニコニコ』とした笑みを浮かべていた。優位に立った時に見せる様な優越感に浸った笑顔ではなく、心底嬉しそうなその笑顔に私の顔から血の気がさーっと引くのが分かった。

「ちょ、ちょっと! マジで何したのよアンタ!」

「いえいえ。ただ、ちょっと『お話』をさせて頂いただけですよ? キョウコさん、まだ未成年でしょ? 契約に際しては親権者の同意が必要ですからね。順番が前後しましたが……まあ、結果的には最良です」

「け、結果的には最良って……って、ちょっと待って! まさか貴方、魔法少女がどうだとか言った訳なの!?」

「まさか。魔法少女は秘匿されるモノでしょう? 私が言ったのは『キョウコさんには適性がある』『学業に迷惑を掛けない範囲です』『バイト代もお支払致します』です。嘘は言ってませんよ、嘘は。本当の事を言ってないだけで」

「そっちの方が性質が悪いわよ!」

 誰がどう考えてもそちらの方が不味い。不味いのだが……問題はそこではないのだ、アルフ。

「それにしてもキョウコさんのお母様、良い人ですね? お話し中もずっとニコニコしておられましたし、高校生の娘さんがおられると思えない程若々しく、そしてお美しい。いや~、もう少し年齢がお若ければ魔法少女にスカウトしたのですが」

「無理に決まってるでしょうが!」

「いえ、勿論冗談ですが――」

「そうじゃなくて!」

 ヤバい。ヤバい、ヤバい! こう、色々ヤバい。

「――ええっと……キョウコさん? どうしたんですか、そんなに頭を抱えて」

 ワクドのテーブルに頭を擦りつける様に抱える私を見て、先程まで弾んだ声を上げていたアルフが、怪訝な声を出した。その声に、私は死んだ魚の様な目を向ける。

「…………ねえ、アルフ? 貴方、本当に私の事調べたの?」

「えっと……まあ、はい。スカウトに来たのですから、当然お調べ致しましたよ。キョウコさんの身長、体重、スリーサイズに性格から趣味まで、調べられることは全て」

「色々言いたい事はあるけどおいて置く。家族構成は?」

「お父様とお母様、それに妹さんの四人家族でしょ? 妹さんは東京の方で一人暮らしをしているとお聞きしましたが……全寮制の中高一貫の有名私立女子高に通っておられるとか」

 それがなにか? と言わんばかりのアルフの表情に私の顔に乾いた笑みが浮かんだ。

「……そこまで」

「はい?」

「そこまで調べて、なんで肝心な所を調べてないかなぁー!」

 バン、と両手を付いて立ち上がると、そのままの勢いでアルフの胸倉を掴み上げる。

「ちょ、きょ、キョウコさ――」

「よりにもよってアンタ、なんで一番巻き込んじゃいけない人を巻き込むのよ! バカなの? 死ぬの! ウチのお母さんになんて事言ってんのよ!」

「ゲホ! ちょ、キョーコさん! おち……落ち着いて! ど、どうしたんですか急に!」

 その言葉に、私は掴み上げていた胸倉を離してすとんと椅子に腰を降ろし生気のない眼をアルフに向けた。

「……ヤバいのよ」

「ヤバい? えっと……何が?」

「貴方が」

「…………は?」

 私の言葉に、ポカンとした顔を浮かべるアルフ。その姿に、『知らないって幸せな事なんだな~』と思いながら私は言葉を継ぐ。

「……ウチのお母さん、基本は良い人なんだけどね? その……『嘘』とか『約束を破る』とか大嫌いなのよ」

「……えっと……?」

「二年ぐらい前、だったかな? ホラ、『振り込め詐欺』ってあるじゃん? あの電話がウチに架かって来たことがあったの。雫……妹なんだけど、雫が事故にあったっていうね。お母さん、心配して即振込しちゃったのよ。それで、まあ詐欺だってわかったんだけど……」

 一息。

「……どうしたと思う?」

「……溜めないで下さいよ。どうされたんですか?」

「娘の私が言うのもなんだけど、ウチのお母さんって基本は温厚だし、困っている人を見たらすぐ助ける様な人だから、結構人望が厚くてさ。そんなお母さんが困っているんだったら、ひと肌脱ごう! って人が結構いて……」

 もう、一息。


「…………警察庁のお偉いさんまで動かして、詐欺グループ捕まえた」


「……」

「……」

「…………へ?」

「規定違反らしいから、言っていいのかどうか分かんないんだけど……捕まった詐欺グループ、お母さんとお母さんの友人が個人的に『お説教』したらしいわ。随分堪えたみたいで……泣きながらウチまで謝罪に来たわよ」

 想像してみてほしい。私より少し上、二十歳ぐらいの男女七人が家のまで土下座せんばかりの勢いで泣きながら謝っている姿を。

「……そ、それは……そ、その……で、ですが!」

「まあ、それは『おまけ』みたいなモノなのよ。警察庁のお偉いさんに知り合いがいるっていうのは」

「……お、おまけですか」

「……何が凄いって、お母さんが『もう! 近所迷惑ですよ~』って笑いながら言ったら、さっきまで散々泣き喚いていた全員、ガクガク震えながらピタッと泣き止んだのよね。目に涙を溜めたまま『お、お仕置き……お仕置きだけは』って……綺麗な話じゃないケド、失禁してた人もいた」

「……そ、それは……どの様なお仕置きが?」

「詳しくは知らない。というか、怖くて聞けなかった。まあ、そんな訳で付いたあだ名が『海津の魔女』よ。残念ね、アルフ。魔法少女にはなれないわよ」

 私は多分、一生忘れないだろう。人の瞳ってあんなに簡単に『絶望』に染まれるのだという事に。

「私も小さい頃に『嘘』とか『言い訳』をしたら、物凄く怒られたのよね。ホラ、よく言うじゃん? 『そんな悪い子は山に捨てて来ます!』みたいな事」

「……ええ」

「ウチのお母さんはガチでやるのよ、それ。私も妹も三日三晩山を彷徨った事がある」

「ね、ネグレクトじゃないんですか、それ!」

「見つからない様にお母さんも付いて来てた。忍者みたいな人だから、ウチのお母さん」

 あの時は私も雫も散々泣いた。今となっては良い思い出――では間違っても無いが、お母さんにだけは絶対逆らっちゃダメだと肝に銘じたものだ。

「まあ、私も妹もそうは言ってもお母さんの子供だからまだ『甘い』方だと思う。

「……ええっと……え? は? いえ、私、貴方の素性から家族構成まで逐一調べ上げたんですよ? 使える権力フルに利用して調べたのに、そ、そんな話は聞いた事が無いですよ?」

「そう。じゃあ、調べ漏れがあったんじゃない」

 何処から仕入れたかは知らないが。ただ……アルフの言う通り、日本の役所に『顔』が利くと言うのであれば、きっとその役所筋がお母さんの情報を隠したんだろう。勝手なイメージだが、情報データとか警察凄そうだし。

「は、ははは! またまた~。キョウコさん、そうやって私を騙そうとして!」

「……」

「い、イヤですね、そんな真剣な顔! アレでしょ? 『冗談よ、冗談』って言うんでしょ?」

「……」

「……」

「……」

「……な、なんか言って貰えませんかね?」

「……別に貴方が信じないならそれで構わない、としか。私に出来るのは祈るだけよ」

「……」

「……」

「……か、確認なんですが」

「うん?」

「その……キョーコさんのお母さんにこう……『真実』を話していないのって、そんなに不味いですかね?」

「どうかな? まあ決して褒めて貰える事じゃないと思うわよ。ただまあ、『騙した』訳じゃないからその辺りをしっかりくっきりお母さんに説明すれば情状酌量の余地はある」

「あ、あります?」

「……と、いいな~、と」

「な、なんですかその不安になる感じ! で、でも! ホラ、全世界魔法少女協会は間接的にと言えども国家に貢献しているんですよ! そ、その辺りを加味して頂けると非常に有り難いのですが!」

「どれ程その全世界魔法少女協会が影響力があるのか知らないけど、今回はアルフが全面的に悪いと思うからお役所が助けてくれるかどうかは分かんない。っていうか、私に分かる訳ないでしょ? アルフに非が無ければまだギリギリ可能性はあったと思うけど」

「非が無くてもぎりぎりなんですか!」

「なんか狂信的な……そうね、『ファン』が多いのよ、ウチのお母さん。娘の私が言うのも何だけど美人だし」

「大丈夫なんですか、それ! 法治国家ですよね、この国!」

「その辺りはなんとも言えないけど……まあ、貴方の言葉を借りるなら、法律は嘘吐きを守ってくれないんじゃない? 自業自得よ、自業自得」

 そう言いながら、私はワクドのコーラを啜る。色んな事を鑑みても、まあ同情しない訳では無いが……自業自得だろう。ウチのお母さんだって鬼じゃないし、誠心誠意謝れば土下座くらいで許してくれるとは思う。尤も、土下座するのは多分熱い石の上だが。そう思い、視線をアルフに向けた所で。

「――キョーコさん!」

 ガシっとアルフに手を掴まれる。その振動で、カップの中のコーラがその液体を外に少しだけ飛び出せた。

「零れるじゃない、止めてよね。コーラが付いたらねちょねちょして気持ち悪いんだから」

「命の危機を心配している人間に対して酷い! って、いうかですね! 助けて下さい!」

「ごめん、無理」

「見捨てるのが早い!」

「いや……だって、嘘付いたアルフが悪いんだし」

「う、嘘はついてませんよ! 本当の事言っていないだけで!」

「そっちのが性質悪いんだって。そういう『こすい』の嫌いな人だし」

「う、うぐぅ! で、ですが……そ、そうだ!」

 そう言って、アルフは握っていた私の手を離すとエイとその手を一振り。それと同時、アルフの頭の上に電球が浮かんだ。

「……なにそれ?」

「閃きました!」

 ピコン、と頭上の電球が輝く。魔法の一種なのだろうが、なんだろう? 物凄く魔法の無駄遣いの気がしてならない。

「突っ込んだら負けな気がするから突っ込まないけど……なにが閃いたの?」

「そうですよ! ようは『嘘』を吐いたらイケない訳ですよね! そうじゃなければ、キョーコさんのお母様も私に紐無しバンジーをしろとは言いませんよね!」

「いや、ウチのお母さんも流石に紐無しバンジーをしろとは言わないと思うけど……まあ、そうね。嘘じゃ無かったらいいんじゃない?」

「だったら『嘘』じゃなくすればイイんです!」

 名案です! と言わんばかりのアルフの笑顔。対して、イヤな予感しかしない私はアルフに向かって渋面を作って見せた。このまま放置してもイイが……それでは話も進まないだろうと思い直し、私はお約束を口にする。

「……そのココロは?」

 私の言葉に大きく頷いて。


「――キョウコさんが『魔法少女になりたい!』って言えばいいんですよ!」


「お断りだ!」

 言うと思ったよ! 嘘を嘘じゃ無くする方法ってそれぐらいしかないもんね!


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