第三話 魔法少女とバック・サポート・スタッフ
こんな時間ですが、仕事をサボっているわけではありません。予約投稿です、予約投稿。
私の絶叫に、ワクド中の人が『すわ、なにごとか』という視線を向けて来るのが痛いほどに分かる。その視線に耐え兼ね、私はボソボソとアルフに喋りかけた。
「な、なんなのよ、そのネーミング! もうちょっと捻りなさいよ!」
「偉い人はみなさん、お年を召しておられますから若い人とは感性に少しばかりズレがあるんです。まあ、あれです。経営ヘルプラインみたいなイメージです」
「経営ヘルプラインって」
「文字通り、『ヘルプ』を求める人の相談に乗るんですよ」
……なるほど。要はアレだ。『愚痴聞き係』と……まあ、そういう事か。
「言っている意味は大体理解した」
「回転が速くて助かります」
「茶化さないで。それはともかく……それ、私がやる必要ある?」
これである。ぶっちゃけ、今の話を聞いたら私がやる意味ってゼロの気がするんですけど。
「そうは言っても偉い人には中々言い難いですし、私共BSSは――」
「ストップ。未確認ワードが出てきた。なによ、BSSって」
「バック・サポート・スタッフの略です。後方支援担当官とでも言いましょうか……まあ、アレですよ」
「あれ?」
「魔法少女に必ずいるでしょ、マスコットキャラ。アレがBSSですね」
「マスコットキャラ、そんなご大層な名前がついてるのか……」
「まあ、とにかく中々BSSには話せないんですよ。どちらかと言えば協会側の人間だと思われておりますし」
「私の知っている魔法少女って、大体マスコットキャラと仲良しなんですけど?」
何でも悩みを相談でき、時には支えとなり、時には叱咤激励をするイメージなんだが、マスコットキャラって。
「その辺りが微妙なラインでして……所謂、『マスコット・キャラ』的なBSSは現場肌が多いです。ですので、魔法少女と仲良くなりすぎてですね? まあ、四六時中ずっと一緒ですし気持ちは分からんでもないんですが、こう、なんでしょう? 協会側の意に沿わない行動を起こす様なBSSも少なくないのが現状で」
「回りくどい。簡潔に」
「魔法少女と結託して訴訟を起こしたりしてくるんですよ」
「一枚岩じゃないのか、協会って」
「現場を知る人間には現場の苦労がありますからね。我々本部の人間とは考え方が根本的に異なるんです」
「……アンタは?」
「私ですか?」
「そう。アンタ……アルフはどうなの?」
「どちらかと言えば現場肌の強いBSSであるつもりではあります。私自身、現場経験が無い訳でも無いですから。と言うか、どちらかと言えば現場の『叩き上げ』の人間ですし」
叩き上げとかあるのか。
「んじゃ、出世してその……管理部門に就いたって認識? 『やっとプレイヤーから卒業して、マネージャーになったぞ!』みたいな?」
よくテレビとかであるやつだ。若い頃、必死に努力したエライ人が『俺の若い頃はな~』とか飲みの席でグダグダ言っちゃう、例のアレだ。興味本位以外の何物でもない私のそんな問いかけに、アルフは首を左右に振る事によって応えた。
「キョウコさんの前で言うのは若干憚られますが、私の場合は『左遷』です」
「『左遷』?」
「ああ、ご心配なく。私の処遇自体は左遷ですが、キョウコさんには何のデメリットもありませんので。出世面で差別される事はありません。その辺り、割合しっかりしてるんです、ウチ」
「いや、出世とかはどうでもイイんだけど……左遷?」
左遷ってあれだよね? なんか大きなミスとかしてさせられる島流し的な例のアレだよね? いや、そもそも魔法少女になるつもりは無いけど、そんな『失敗』した人の下に就くのはちょっとなんですけど。
「これはキョウコさんの安心の為に言っておきますが、別段仕事で大きなポカをした訳ではありません。ちなみに、私の名誉の為に言っておきますと私自身、既に『最終回後』のマスコットキャラです」
「どこの世界にネクタイでスーツ姿のマスコットキャラが居る――最終回後?」
「此処では無い世界を一度、救っていたりします。ですので自分で言うのは何ですが……まあ、BSSとしてはソコソコ実績があったりします」
「もしかして、アルフも魔法少女と一緒? 『アイデンティティがー』とか言っちゃうタイプ?」
「先程も申しましたが、現場肌の人間ですので。可能なら、もう一度BSSとして魔法少女と共に戦いたいですね」
「……んじゃ、なんでよ?」
と、そうなると尚の事意味が分からない。優秀で、本人にも希望があって、適正があるのであれば、そちらの職に就けていた方が良い気もするが。
「組織には組織力学というモノがありますので」
「……?」
「人が三人居れば派閥が出来るんですよ、キョウコさん」
「……あー」
「簡単に申せば、派閥争いに負けたんですよ。私は革新派に属していましたが、協会のトップに保守派が就いた。ただそれだけの事です」
そう言って肩を竦めてコーラを啜るアルフ。なんだか、その姿に。
「……なんか、こう……色々納得いかないわね」
「そうですか?」
「適材適所って言葉があるじゃん? 出来る人間は出来るポジションに付けるのは当然でしょ? なんでソレをやらないのかな?」
無性に、腹が立つ。
「キョウコさんが怒る事ではないでしょう?」
「私、小学校からやっているのよ、ソフトボール」
「……それが?」
「そこのコーチの娘も同じチームだったんだけどね? まあ、お世辞にもそんなに巧く無かったのよ。練習もサボりがちだったし、そもそも父親ほどソフトボール好きじゃなかったんじゃないかな? ピッチャーだったけど、まともにストライクは入らないし、いっつもファーボールばっかりだったのよ。押し出しだけで一回で十点とか取られてたのよね。私、サードだったけど……ショートの子、守備の途中で寝てたもん」
「……ソフトボールは詳しくないですが、話だけ聞いても何だか物凄いですね」
「それでもその子は必ず先発で、幾らファーボール出しても変えられないのよね。さっきのアルフの話を聞いてたら、何だかそれを思い出しちゃった」
「厳密には派閥とは違うと思いますが?」
「いいのよ、その辺りは。適材適所の話だし」
大きな括りでは『依怙贔屓』というやつでしょ、派閥だって。能力があって、努力をしている人間を認めないのは何だかおかしい気がするって事が言いたいんだ、私は。
「そう言われればそうでしょうが……まあ、それでもキョウコさん? 私は派閥争いに負けて『不運』ではあるかも知れませんが『不幸』ではないと思っています」
「……違うの、それ?」
「このお仕事……経営ヘルプラインは、魔法少女の悩みを聞き、心の支えとなるものにしたいです。確かに私は、自身が最前線に立つことは無いかも知れませんが……そうですね。キョウコさんだって、ダイアモンドに立つ選手だけで試合をしていると思っていないでしょう? マネージャーは不要だと思いますか? チームメイトではないと思いますか?」
「……まさか。んな訳ないでしょ」
マネージャーだけではない。ベンチの選手も、ベンチに入れなかった選手も、応援に来てくれた皆も合わせての『チーム』だ。
「そういう事です。魔法少女が世界の平和を守るのなら、私は魔法少女の平和を守るんですよ。そう考えれば、悪い仕事じゃないでしょ?」
「……ポジティブ過ぎ。でも、まあ……嫌いな考え方じゃない」
「少しだけ興味がわいてきません?」
「……ぐぅ」
どう? と言わんばかりのアルフの瞳に、喉奥から変な声が漏れた。まあ……アレだ。分からんではない。確かに魔法少女として最前線に立つわけでは無くとも、魔法少女になる訳だから……こう、アレだ。私の『積年の願い』が叶うと言えば叶うんだ。もっとぶっちゃければ、色々言い訳したが、あからさまに怪しい感じのアルフと差し向かいでワクドを齧ってる時点で、言い訳できない程に『惜しい』と思っている自分が居たりもするのだ。だって、魔法少女になれるかも知れないんだもん。
「……これは、別に」
「はい?」
「これは別に興味があるって訳じゃ無くて……その、あの、貴方が……アルフが属していた派閥って……こう……どんな派閥?」
「……おや? おやおやおや?」
「か、感じの悪い笑い方するな! 違うんだから! 別に、貴方と働いた時に違う派閥ってのはちょっとやり難いかな~……とか思った訳じゃ無いんだから!」
「良いツンデレ、頂きました!」
「ツンデレとか言うな!」
く、くそ! ニマニマとした笑みを浮かべてやがりますよ、この男! で、でもだ! 仮に同じ職場で違う派閥同士だったらやり難い事この上ないじゃないか! そう思っただけ――ああ、くそ! 思ってるじゃないか、私!
「ふふふ」
「……凄い感じ悪いわよ、今の貴方」
「自覚しておりますから。まあ、それはともかく、私が属した派閥ですが」
先程までのおちゃらけた雰囲気を一変。椅子に深く座りなおして背を正すアルフの仕草に、思わず私も居住まいを正す。
「私の属す派閥は革新派です。革新派の理念は一つ。即ち――」
まるで吸い込まれる様なアルフの瞳に、私は息を呑んで。
「――『戦隊系魔法少女肯定派』です!」
「言ってる意味がこれっぽちもわかんないんですけど!」
後、絶叫。
「我々革新派は、『魔法少女だって戦隊を組んで戦った方が良いよね!』を掲げ、敵に対して物量作戦をも辞さない覚悟で臨みます。独自のカラーに身を包んだ魔法少女達の方が艶やかですし」
「ちょ、え、は?」
「たいして保守派は『やっぱり魔法少女は一人だよね!』を標榜する『単独魔法少女肯定派』です。古き良き時代、所謂『魔女っ子』と呼ばれる変身系の『魔法少女』が幅を利かせていた頃より続く悪しき風習ですね。確かに! 確かに、私共革新派にも泣き所はあります。『一人の怪人に対して寄ってたかって魔法少女が戦いを仕掛けるのは弱い者イジメじゃないか。子供が真似したらどうする!』などと言われていますが……ですが! それとこれとは話が別です! 大体、子供が真似をするのは親の教育のせいであって、そんなものを私達に押し付けられても困りますよ! じゃあなんですか? 世界中の子供がイジメをしてるって言うんですか? 違うでしょうよ! そんな事も分からないんですよ、保守派は!」
「どうでもイイよ!」
え? え? マジで、なんだこれ? 本気で意味が分かんないですけど!
「しかも! 保守派の奴ら、『ただ、ライバルの魔法少女はアリ。その方が華があるし』とかナめた事抜かすんですよ? 何処が『単独』だと小一時間問い詰めたいと思いませんか、キョウコさん!」
「本当に心の底からどうでもイイよ!」
周囲の冷たい目線を気にせず、私は頭を抱えた。返せ。ちょっと『良いかな』とか思った私の気持ち、マジで全部返せ!
「さあ! キョウコさん、私と共に魔法少女になりましょう!」
「ちょっとは空気を読め! 思うか? アンタ、今の話を聞いて『まあ素敵!』って私が思ってる頭の中お花畑人間だと本当に思っているのか!」
だとしたら、もう一遍ネクタイを出しやがれ。その愉快な脳味噌、もう一度シェイクしてやんよ!
「ちょ、暴力反対! キョウコさんだって魔法少女は多い方が良いでしょ? なんですか? もしかして単独の方が良いんですか?」
「どっちでも良いわ!」
「それは良かった! どっちでも良いんだったらキョウコさん、この機会に是非『戦隊系魔法少女肯定派』になりましょう!」
「ならないわよ! つうか何が『戦隊系魔法少女』だ! 何が『単独系魔法少女』だ! そんなもん、どっちでも良いわよ!」
なんか、腹が立ってきた。真面目に、今まで聞いてきた時間を返して欲しいわ!
「き、キョウコさん? えっと……どちらに?」
「帰るのよ! 時間の無駄だったわ!」
椅子から立ち、通学カバンを肩にかける私にアルフの慌てた様な声が届く。届くが、知るか! 苛立ちそのまま、じゃあと片手を上げた私に対し、ひどく冷静な声がアルフから聞こえて来た。
「まあ、キョウコさん? 少しお座り下さい」
「はあ? なんで私が――」
「お座り、下さい」
「……分かったわよ」
有無を言わせない視線と声音に、渋々私も腰を降ろす。そんな私を満足そうに見やり、アルフはジャケットのポケットから一枚の紙を取り出した。
「……なに、これ?」
「どうぞ、お読み下さい」
スススッと机の上を軽やかに滑り私の前に来る件の紙。ジト目で睨んで見せるもどこ吹く風のアルフに心の中で溜息を吐き、その紙片に視線を送り。
「あまりこういう方法は使いたくありませんでしたが……まあ、仕方ありません」
書かれている内容に、絶句しました。
「ちょ、ちょっと! 何よ、コレ!」
「きちんとご説明した上でご了解を頂きました」
いや~、理解が早くて助かります、なんてにこやかに話すアルフに内心以上に『いらっ』としたものを抱えて私は叫ぶ。
「アンタ、ウチのお母さんに何したのよ!」
そこには『アルフ君に協力しなさい。じゃないと、お小遣いなし!』という、我が最愛の母親の見慣れた癖字が並んでいた。