第三十四話 魔法少女と悪の魔法少女
私の後ろで蹲り、嘔吐している香澄ちゃんの背中を撫でながら心配そうな瞳を向けて来る中川さんの視線を背後で感じながら、私は小さく溜息を吐いて見せる。
「あー……美代子ちゃん?」
「はい? なんですかー師匠?」
顔中にハッチネーンの体液を浴びながら、それでもとても綺麗な笑顔を見せる美代子ちゃん。何だろう? 誰がどう見てもとんでもなく怖いんだが。
「流石にちょっと、やり過ぎじゃない? ほら? 香澄ちゃんだってげーげー吐いてるしさ? そこまでやらなくても良かったんじゃないの?」
努めて、冷静に。そう言って見せる私の後ろから、慌てた様な息遣いが聞こえて来た。
「……キョウコさん!」
「アルフ? どったのよ、そんなに慌てて」
「そんなに慌てて、ではありません! 何を話し込んでるですか!」
息を切らせながらそういうアルフ。あによ? 私が美代子ちゃんと話し込んだらイケないっての? 仲間じゃん。
「……『あの』美代子さんを見ているのに、意外に冷静ですね? 怖くないんですか、キョウコさん?」
まさか。
「すげーコワイに決まってんじゃん。だって、『ぐちゃ』に『ぐしゃ』だよ?」
下手なホラー映画より随分怖いわよ。っていうか、出来れば今すぐこの場から逃げ出したいぐらいだし。
「……では」
「でもね? 後ろで香澄ちゃんは吐いちゃってるし、凛ちゃんは涙目だし、中川さんは震えてるわけ。これで私まで泣いて取り乱したら収拾付かないでしょ? だからまあ……虚勢張ってみてるって訳よ」
そりゃ、私だってわんわん泣いて助けて貰えるならその方が良いよ。
「……なんだろう? こう……自分より取り乱している人がいたら逆に冷静になれる事ない?」
「……ああ、なんとなく分かります」
今、私はその状態なのよ。
「うわー、師匠! そのイケメンさんって、もしかしてアルフレッド先生ですか! あれ?もしかして師匠の彼氏だったりします? もし良かったらお友達でも紹介して貰えません? あ! 私、英語とフランス語は喋れますよ」
アルフの姿が視界に入ったのか、そう言って一気に美代子ちゃんが捲し立てる。アルフレッド先生って……ああ、そっか。保健室の先生だったわね、アルフ。
「トリリンガルとか流石お嬢様。でも、残念でした。コレは私の彼氏じゃありません。っていうかそもそも、いくらなんでも彼氏を魔法少女の『現場』に連れて来たりする訳ないじゃん」
「危険だから、とかですか?」
「いんや。ドン引きされるからだよ」
常識で考えて見ろ。自分の彼女が『私、魔法少女なの』みたいな事言い出したら、事実でなくてもドン引きだろうし、事実だったらドン引き処の騒ぎじゃない。魔法少女モノでたまに普通の一般人の恋人(候補含む)が受け入れる系の話もあるが……どんだけ人間出来てんだ、あの辺のキャラたちは。
「……ああ……まあ、はい。それはそうかもしれないですね」
「でしょ? だから、コレは彼氏じゃありません。私の……BSSね。ね、アルフ」
「『この立場』では初めましてですね。改めて自己紹介をしましょう、片桐美代子さん。私はアルフレッド、アルフレッド・リグヴェードと申します。全世界魔法少女協会所属のバック・サポート・スタッフです」
「……ばっく・さぽーと・すたっふ?」
「ミケ氏の同僚、と言えば分かりますか?」
「……え? ええ! それじゃアルフレッド先生、マスコットキャラなんですか!? うわ、師匠! いいな~! それ、こんなイケメンのアルフレッド先生と一緒に戦えるって事でしょ? 羨ましい~」
「……おい、お嬢様」
そんなどこぞのギャルみたいな『イケメン、超いいじゃーん』みたいな言葉遣い、師匠は許しませんよ!
「それに、貴方だって十分私からしたら羨ましいわよ。あんな可愛いミケちゃんがいるんでしょ? それで十分じゃん」
そもそも、BSSってマスコットキャラでしょ? アルフの何処にマスコット要素があるのよ? それに比べたらミケちゃんのあの愛らしさ、少しはアルフもミケちゃんの爪の垢を――
「……アルフ?」
いつの間にか、私を庇う様に美代子ちゃんと私の間に歩みを進めるアルフ。その姿に、少しだけ呆気に取られて尚も私は口を開きかけて。
「――全世界魔法少女協会支援課所属、ミケ・アインストリーと連絡が取れません」
その、口の動きを止める。
「……BSSには定時連絡義務があります。まあ、戦闘と隣り合わせのBSSに戦闘中でも報告をしろという訳には行きませんから、極めて流動的なシステム運用にはなりますが……それでも、ミケ・アインストリーはどれだけ時間が遅くなっても律儀に連絡だけはしてきました。それが、今日の昼以降一切連絡が取れない状態になっておりました。フラワーレッド、理由をご存じではないでしょうか?」
「……うーん。どうかな? 私が出るとき、ミケは寝てたから。寝惚けてるんじゃないの?」
「なるほど。確かにミケは寝ているかも知れませんね」
そう言って、溜息を一つ。
「……先程、私は連絡が取れない状態になって『おりました』と言いました。この意味が分かりますか?」
「……」
「では、答えを言いましょう。美代子さん、ミケの身柄は我々が無事に保護致しました。貴方の部屋のベッドで、血塗れになっているミケをね?」
そう言って、アルフはじっと美代子ちゃんを見つめる。
「……なにか、言う事は?」
「乙女の部屋に勝手に入るって失礼じゃない、魔法少女協会?」
「……分かりました」
美代子ちゃんの言葉に、小さく溜息を吐いて。
「――本日現時刻を持って『魔法少女フラワーレッド』を全世界魔法少女協会より除名、並びに『片桐美代子』を『フラワーダーク』と呼称。全世界魔法少女協会、及び魔法少女に対する敵対勢力として認定します」




