第三十三話 魔法少女と狂気の魔法少女
「あはは~。済みません師匠、遅くなって。皆もごめんね~? ちょっと手間取ったからさ~」
返り血を浴びたまま、綺麗な綺麗な笑顔を――思わず、『おぞましい』と表現したくなる様な、そんな綺麗な笑顔を浮かべる美代子ちゃん。その姿に、『ひぅ!』と中川さんが小さく息を呑む音が聞こえた。
「……美代子、ちゃん?」
「本当にごめんなさいね~、師匠。直ぐに出ようと思ったんですけど……ミケがね? 止めるんですよ~。『行っちゃ駄目だ!』って」
にこやかに。
ただ、にこやかにそう言葉を紡ぐ美代子ちゃんに――私の冷汗が、止まる事を知らずに背中を伝う。なんだ? この、『キモチノワルイ』のは――
「貴方……本当に、美代子ちゃん?」
……なんだ?
「やだな~、師匠。そんな私の偽物が出る――まあ、くらいには有名かも知れませんけど、私は本物ですって! ほら、このプリティーな笑顔は美代子ちゃんのモノで――」
「ぐはぁあああああぁあぁぁぁ! 手が! 俺の、俺の手がぁあーーーー!」
「――しょうって……」
そう言って、にっこりと微笑む美代子ちゃん。まるで異物を見ている様なそんな感覚を覚える私の目の前で、ハッチネーンがのたうち回る姿が視界に入る。美代子ちゃんに引き千切られた左腕を右手で押さえる様にしながら、ゴロゴロと転がるハッチネーンをチラリと見下した様な視線で見やり、美代子ちゃんが盛大に溜息を吐いて見せた。
「……もう! 五月蠅いな~。ホラ! 魔法少女が話している時って言うのは、敵役は黙っている、って云うのがお約束でしょう? そんな事も分からない……かなっ!」
「ひぐぅ! 右手! 右手がぁーーーーーーーーーーーーー!!!!」
今度は押さえていた、右手。
その右手を、ぐるりと回して捩じ切ると、千切ったばかりの右手をポーンと背中越しに放り投げる美代子ちゃん。
「ホラ? これで少しは静かにしようと思った?」
「痛いっ! 痛い、いたい、イタイ、いたいぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
「もう、本当に五月蠅い――ああ、そっか! ごめん、ごめん。私が悪かったよ! そうだよね! 手なんか引き千切られたらそりゃ、痛くて黙ってられないか! いや~、美代子、うっかり!」
右手で拳骨を作り、それを自身の頭に軽く落とす。ご丁寧に、ペロッと舌を出すおまけ付きだ。
「えっと……あ! さっすが私! こんな所に落ちてるなんて、すっごいツイてるぅ~」
何かを探すように視線をきょろきょろと彷徨わせた美代子ちゃんだったが、やがて目当てのモノを見つけたのか美代子ちゃんは『ソレ』を手に取り。
「んじゃちょっと、黙ろうね?」
「痛い! イタイ、いたっ――ガハァォオアオアオーーーー!!」
『ソレ』――子供の頭ほどある、大きな石をハッチネーンの『口』に当たるであろう洞に押し込んだ。ゴリ、バキ、グシャっという不快な音と、声にならないハッチネーンの絶叫が響く。
「……み……よ、こ?」
「ああ、律子。ごめんね? 怖かったよね? 私の『せい』で怖い思いをさせて、本当にごめんね?」
「あ……う、ううん! い、いい! そんな事は全然イイんだ! だ、だから、美代子! は、はやくこっちに――」
「だから――律子を『怖がらせた』コイツ、直ぐに殺すね?」
「――来い……って、え?」
大口を開けて、ポカンとした表情をする律子ちゃん。その姿を面白そうに見やり、見やった視線そのままで。
「……え~い」
「―――っーーーーーーーーーーー!!」
グシャ、っと。
断末魔の音を立て、ハッチネーンの根元の部分が折れる。バキ、メキと音と共に、まるで噴水の様に体液が傷口から噴き出した。
「……うわ! なに、これ! すっごい勢いで噴き出してる! え? え? なんで? ねえ、ハッチネーン? なんでこんな風になるの? 根っこが近いからかな?」
「――っ!っ! っっっ!!!」
「もう! ちゃんと喋って……ああ、そっか! ごめん、ごめん! 喋れなかったね? それにしても凄いね~、これ。ラスベガスで見た噴水みたい――」
そこまで喋り、美代子ちゃんが言葉を止める。そのまま、噴き出す体液をものともせずにハッチネーンの傷口に顔を近づけた。
「……これって根っこなの? うわ! 凄い! なんか時限爆弾の解除装置みたいに複雑に入り組んで絡んでるじゃん! 生命の神秘ってヤツ?」
「っ! っっっ!」
「へー……こうなってるんだ。凄い……ねっ!」
言葉と同時、ハッチネーンの傷口に美代子ちゃんが右腕をねじ込む。そのまま、なにかを探すように傷口をまさぐった。動かすたびに、『ぐちゃ、ぐちゃ』と不快な音が丘の上で響き。
「―――――――っ~~!!!!」
同時、ハッチネーンの口から音にならない悲鳴が漏れる。それすら雑音なのか、気にせず傷口に手を突っ込んでいた美代子ちゃんが、少しだけ残念そうにその手を引っこ抜いた。
「あ~あ、残念。こんだけ複雑に根っこが絡んでるんだから、『コア』はこの辺りにあるかと思ったんだけど……違うのか~」
顔中に、ハッチネーンの体液を浴びて。
引き抜いた右手の掌に、ハッチネーンの根っこを持ち。
それでも――そのまま、笑顔を浮かべる美代子ちゃんに、ついに香澄ちゃんが限界を迎える。
「――――うっ。うおえ……」
お嬢様の、美少女の、魔法少女の出しちゃいけない声を上げながら、香澄ちゃんが両手で口元を抑えて蹲る。そんな香澄ちゃんにチラリと視線を向けた後、美代子ちゃんはハッチネーンに視線を戻した。
「ねえ、ハッチネーン? 貴方のコア、何処にあるの?」
「……」
「あ、喋れないか。ごめん、ごめん。それじゃ……よいしょ!」
「グハァ! ゲホ……ガ……ガガ……」
「ほら! 口の石を取って上げたよ? それじゃ、ホラ? 早く喋ってよ~。香澄、気分が悪そうだからさ~」
「ガハ……こ……ころ……せ……」
「ん? 殺せ? ああ、殺す、殺す。心配しなくてもちゃんと殺して上げるから! ホラ、さっさとコアの居場所を吐いてよ。貴方を殺した後にコアを探すの、二度手間でしょ? だから、さあ! 早くぅ!」
「殺せ! 頼むから、頼むから殺してくれ! 殺し――グハァーーーー!」
「五月蠅いな~。だから、殺してあげるって言ってるじゃん。一々喋らないでよね」
散々弄んだ傷口に、再び美代子ちゃんの右足が突き刺さる。そのまま、グリ、グリと足をねじ込む美代子ちゃん。
「た、頼む! 頼むから、殺してくれ! し、シルバー! 早く、早く俺を殺し――グハァ! ひぎぃ! 止めて! お願いだから止めてください!」
「だから、五月蠅いって言ってるでしょ? あー、もう! 仕方ないな!」
ハッチネーンのその必死の言葉に、諦めた様に美代子ちゃんが溜息を吐く。そうして、そのまま足を根っこから引き抜く。
「……あ……あはは……これで――」
「――じゃあ、バイバイ」
グシャ、と。
ハッチネーンの顔面に美代子ちゃんの足がめり込む。どんな力を掛けたらそうなるのか、ハッチネーンの顔面を粉々に粉砕して地面にまでめり込んだ足を『よいしょ』と言って美代子ちゃんは上げて。
「……すみませーん、師匠。つい、ヤッちゃいました~」
ペロッと可愛らしく、美代子ちゃんは舌を出した。




