第三十二話 魔法少女と『復活』の魔法少女
ハッチネーンのけたたましい笑い声と共に、洞が金色に輝きだす。それが、渋柿マシンガンを生み出すための光である事を認識した私は落とし穴から抜け出そうと必死にもがいた。
「――っく!」
が、抜けない。まるで、足に意思のある根っこでも絡みついているのかの様、もがけばもがく程きつく足を締め付けられる感覚が私を襲い――そして、焦る。
「キョーコっ!!」
「分かってるっ!」
私の焦りでも伝わったか、アリサの声も若干上ずっているのが分かった。分かったが……でも、どうしようもない!
「キョーコ! 早く!」
「だから分かってる! 早くって言っても仕方ないでしょ! 抜けないのよ!」
叶わぬ脱出と、急かす様なアリサの声についつい私の声も音量が上がる。メーターがあったらきっと振り切っているだろう私の声を聞いて、目の前のハッチネーンがニヤリと口の端を釣り上げた。
「がはははー! コレで終わりだ、フラワーシルバー! 」
「興奮して喋り方変わってるし! って――」
充填が済んだのか、ハッチネーンの光っていた洞が徐々に光を収束させていく。ゴウン、ゴウンと唸る様な音が徐々に小さくなり、そして、止まる。
「渋柿マシンガーン!」
ハッチネーンの声が、なんだか遠くで聞こえる様な感覚と、目の前に飛び出る渋柿たち。あ、これ、死んだ、と私が思った瞬間、右手に握ったアリサが意思を持って動き出す。
「ホーミン――!?」
動き出す、事が出来ない。伸びた蔓が私の右手をがっちりとホールドしていた。
「――あ、無理だ、これ」
まるでスローモーションを見ているかの如くゆっくりと近づいて来る渋柿。その姿に、なんだか諦観の念を持って私は開いていた眼をぎゅっと閉じて。
「――アイビー……バリアぁーーーーーーーーーー!」
聞こえて来た律子ちゃんの声と、『キン、キン、キン』という金属がぶつかる様な音に瞑っていた眼を慌てて開けて私は視線を後方に向ける。
「……律子ちゃん」
「……へ、へへんだ! わ、私だって……私だって、やれば出来るんだから!」
涙でぐちゃぐちゃにした顔のまま、笑顔を浮かべる律子ちゃんの姿があった。あー……律子ちゃん?
「……有り難いけど……なんだろ? 美少女がしちゃダメな表情をしてる」
律子ちゃんに好きな人が――っていうか、律子ちゃんの事を好きな人が居ても、百年の恋が冷めそうだよ、うん。
「なっ! し、仕方ないじゃん! ガチで怖かったんだから! っていうか、恭子! それ、助けて貰った人の台詞じゃなくない!? 普通、こういう時は『助かったよ、律子。ありがとう!』でしょ!」
私の指摘に顔を真っ赤にする律子ちゃん。あー……うん。そりゃ、確かに正論だ。
「ごめん。助かったよ、律子ちゃん。ありがと」
「え、あ、うっ!?」
「……なんで挙動不審?」
「だ、だって! まさかそんなに素直にお礼を言うなんて……そ、そんなの聞いてないし!」
律子ちゃん、先程とは別の意味で顔を真っ赤にして見せる。中々面白い子だね。知ってたけど。
「――んしょ!」
一人であわあわとしている律子ちゃんを視界に入れたまま、私は落とし穴の中で絡まる根っこから足を引き抜く。そのまま、右手に絡まった蔓を左手で丁寧に解いて落とし穴の中から抜け出した。
「……よいしょ――なに、律子ちゃん? きょとんとした顔をして」
「いや……出れるんだったら最初から出なよ!」
「あん時は慌ててたからね。動けば動く程絡まってどーしようかと思ったよ、うん」
アレだ。慌てなければどうという事は無い、と云うやつだ。
「いや、ソレにしたって……」
「まあそれはともかく……本当に助かったよ、律子ちゃん。まさか律子ちゃんに助けて貰えるとは思わなかったよ。ありがと」
マジで。普通に後ろでプルプル震えているだけかと思ったが……なんだ? どんな心境の変化よ?
「……だって……」
「うん?」
「だ、だって! ああしないと、恭子が死んじゃうって思ったから!」
「……ああ~。まあ、ヤバかったね」
「恭子が死んじゃうのは、イヤだから! そりゃ、確かに怖いよ? なんで戦わなくちゃいけないんだろうとも思うよ? 逃げ出したいよ? でも……でも……でも! 仲間が死んじゃうのは、イヤだから!」
まるで、自分に言い聞かせる様に。
「戦うのイヤだよ! 痛いのもイヤだよ! 辛い思いをするのも、イヤでイヤで仕方ないよ! 本当に、本当にイヤなんだよ!」
否、言い聞かせているのだろう。
「でも――でも、だから、戦うの! 辛い思いを、悲しい思いを、嫌で嫌で仕方ない、そんな思いをしたくないから、私は戦うの! 『私』が選んだ道だから! 誰でもない、私自身が――『フラワーグリーン』をやるって決めたのは、その道を選んだのは、誰でもない、『奥井律子』が選んだんだから!」
堂々と。
先程まで震えていたのが嘘の様に、律子ちゃんが意思の籠った瞳をこちらに向けて来る。やけっぱちとか、そんな感じではない、本当に芯から思っているであろうそんな瞳。
「……いいの?」
「……いい」
「今ならまだ引き返せるんじゃない? なんなら、私がアルフ――ウチのマスコットキャラに言っておいて上げるよ? 律子ちゃん、もう無理っすって。泣き言言ってましたよ~って?」
少しだけ、挑発的。そんな私の言葉に、律子ちゃんは照れた様に笑んで。
「……良いよ、言ってくれなくて」
そう言って、心持胸を張り。
「――だって、私も『魔法少女』だからね!」
そう言って、綺麗な笑みを浮かべる。
「……上等。そこまで言ったんだ、死ぬ気でやりなさいよ?」
「当たり前じゃん。もう、泣き言は言わないわよ!」
気負うでもなく、自然体で。そんな風な律子ちゃんの笑顔に、徐々に私の顔にも笑顔が浮かぶ。そんな私達の元に、中川さん、香澄ちゃん、凛ちゃんの三人もこちらに近付いて来た。律子ちゃんの復活が嬉しいのか、三人とも笑顔を浮かべ、その顔には先程までの絶望の色とは違う、『必ず勝つ』と言わんばかりの意思の強い色が――
「――無理、しなくて良いんだよ?」
「っ!? ぐぎゃあぁぁぁぁああっぁあああああーーーーー!!!!!!」
一体、何処からこんな声が出るのか。
まるで、この世の終わりの様な、断末魔の悲鳴が後方――ハッチネーンから聞こえて来た。
「……あ」
中川さんが。
香澄ちゃんが。
凛ちゃんが。
そして、律子ちゃんが。
「……あ……あ……ああ……」
皆が呆然と後方を見つめる中、私もそれに倣うように視線をそちらに向けて。
「……あは。お待たせしました、師匠」
全身に、返り血さながらにハッチネーンの体液を浴びまま、にっこりと。
「……美代子ちゃん?」
引き千切ったハッチネーンの『手』を持ったまま、笑顔を浮かべる美代子ちゃんの姿がそこにはあった。




