第三十話 魔法少女と正義と悪と
私の足元に縋りつき、怖い怖いと涙を流す律子ちゃん。その姿を半ば唖然として見つめた後、恐る恐る私は口を開いた。
「え……っと……律子ちゃん?」
「怖い……怖いよ、恭子……」
小刻みに、でもはっきりと見て分かる程に震える律子ちゃん。その肩にそっと手を置くと、涙をいっぱいに溜めた瞳をこちらに向け、ポツリと。
「……なんで?」
「なんでって……」
「なんで……なんで、私は戦わないとイケないのよっ! なんで私が、『敵』を『殺さなきゃ』イケないのよっ!」
「……」
「なんでこんな怖い思いをしなけりゃいけないのよ! なんで私がこんな悲しい思いをしなきゃならないのよ! なんで私が――なんで私がこんな辛い思いをしなくちゃいけないのよっ!」
「……律子ちゃん」
「そもそも……そもそも、私達は正しいのっ!? 私達が敵を倒しているのは、本当に――本当に、正しいのっ!」
泣き顔を、浮かべたままで。
「ツリー帝国にだって、事情があるかも知れないじゃん! 私達は、私達の街を守っているって言うけど、あっちだってあっちの『理屈』があるかも知れないじゃん! なんで? ねえ、なんで? なんで私達は戦っているの!? 答えてよ! 答えてよ――鈴音!」
「わ、私?」
不意に話を振られた中川さん。きょとんとしたの一瞬、慌てた様に口を開いた。
「で、でも律子! 私達が戦わなくちゃ、ツリー帝国の侵攻を許しちゃ――」
「許しても良いじゃん! 別に、戦うだけが全てじゃ無いじゃん! もしかしたら、共存出来るかも知れないじゃん! 私達は考えもしなかったけど、そういう事だって出来るかも知れないじゃん! 出来たら、そっちの方がいいじゃん!」
律子ちゃんの叫び声。その声を聞きながら、ハッチネーンが小さく頷いて見せた。って、アンタも付き合い良いな、おい。
「様式美カキ」
「……そうかい」
「そうカキ。そうカキが……確かに、フラワーグリーンの言っている事も一理あるカキ。仮に、人間界の方が受け入れてくれるのであれば、我々も無駄な侵攻をしようとは思わないカキよ。別に傷付きたい訳でもないカキからな」
「そうなの?」
「当たり前カキ。出来れば穏当に暮らして行きたいカキよ、我々も。まあ、最終決定権は皇帝ダリア様にあるから、御意思次第カキが……恐らく皇帝ダリア様もそう仰るカキ」
……なんだよ、皇帝ダリア。話が分かるじゃん。魔法少女の様式美は弁え無い癖に。
「ただ、現実的には難しいカキが」
「……なんですと?」
あれ? ぬか喜び?
「考えても見るカキよ、フラワーシルバー。我らの様な……そうカキな『化け物』を、お前たち人間が受け入れてくれるカキか? 私の様な、『喋るカキノキ』を」
「あー……ちょっと、難しいかも」
「そうだろうカキ? ああ、無論それがいけないと言っている訳じゃないカキよ? 誰だって、自分と違うモノは怖いカキからな」
「なんだろう? こう……アンタらがちょっと譲るって選択肢ないの?」
「と、言うとカキ?」
「例えば……ほら、喋らないとか、動かないとかさ? 人間界に間借りするんだから、その辺りの譲歩は出来ないの?」
確かに見た目は怖いが……人間の足に見える大根とかもあるんだ。多少の見た目はなんとかなるんじゃないか?
「それを我々が許容する必然性がないカキよ。なぜ、我々『だけ』が我慢をしなければならないカキ?」
「そりゃ、人間界に間借りするんだからだってば」
「ならば、人間すべてを滅ぼして、この世界を我らの帝国の一部にした方が良いカキ。間借りじゃなく、自分のモノにすれば気を使わなくて良いカキよ」
「どんな過激な意見だ、それは」
「そうカキか? お前ら人間だって、同じような歴史を繰り返しているじゃないカキか。お互いがちょっとずつ我慢すればいいのに、そのちょっとの我慢が出来ないから戦争をしているんじゃないカキか?」
た、確かに。宗教戦争なんて最たるモンだしな、アレ。皆が日本人だったら宗教戦争起きないんじゃないか? 神も仏も祀るし、どんな神様だって受け入れるし。
「つうか詳しいね、アンタ」
「勤勉カキよ、ツリー帝国は。一度は共存も考えたカキからな。まあ……結論としては無理だったカキが。肌の色や考え方が違うだけで差別や戦争をする種族とは、恐らく何処まで話しても平行線カキ」
「……アンタの話を聞いてたら、なんだかこっちが悪い気がして来たんだが」
「そんな事ないカキ。お前らに取って、私達は悪者カキ。なんせ、勝手に『侵略』しようとしているカキし」
そう言って、苦笑を浮かべるハッチネーン。その姿に肩を竦め、私は未だに涙を浮かべながら私とハッチネーンの話を聞いていた律子ちゃんに声を掛ける。
「だってさ? ハッチネーン……っていうか、ツリー帝国的には共存するのは吝かじゃないが、こっちサイドがそれを受け入れる事が出来ないでしょ? って話。そんで? 律子ちゃんはどーするの?」
「え? ど、どーするって……」
「貴方の理想は分かった。確かに、皆で共存する方法もあった方が良いし、その方が絶対平和だとは思う。でもね? そんな訳には行かないんだってさ。だったら戦うしかないんじゃない?」
「で、でも!」
「デモもストも無いの。やるか、やられるかしかないって結論なんだってば。なら……ああ、もう!」
いかん。なんだか段々イライラして来た。その感情そのままに、私は未だに地べたでぐずっている律子ちゃんの襟元を引っ掴むと力任せにグイッと引っ張り上げる。
「あ……きょ、恭子?」
私の行動に驚いたかの様、律子ちゃんが声をあげる……も、そんなの関係ないとばかり、私は律子ちゃんに向かって言葉を投げる。
「――お前、魔法少女だろ? なら、グジグジ言わずに戦え」
「――っ! きょ……うこ?」
「辛いのも分かる。苦しいのも分かる。悲しいのも、やり切れないのも分かるけどね? 自分で一度、『決めた』んでしょ? 魔法少女をやるって。なら、悩もうが何しようが関係ないの。さっさと戦って、それで勝ちなさい」
「で、でも! 私は戦いたくないって!」
「それを一番最初に言ったんだったら同情の余地はあるよ? でもね? アンタもアンタで魔法少女ライフを楽しんだんでしょ? 違うの? 最初っから最後まで、徹頭徹尾イヤだったの?」
「そ、それは……」
「違うよね? だって昨日、言ってたもんね。一種誇らしげだったんだもんね? あんね? 私、何が嫌いって最初に自分で決めた事を最後までやり通さないヤツが一番嫌いなのよ。アンタは『正義の味方』になるって決めた。魔法少女という『ヒーロー』になるって決めた。それを決めたの、アンタ自身なんでしょ? それともなに? 首根っこ引っ掴まれて無理やり魔法少女してんの?」
「……」
「アルフ、最近は契約に五月蠅いって言ってたし、そんな訳ないよね? じゃあやりなよ。アンタが決めたんだから。言っとくけどね? ハッチネーンの方が百倍マトモな事言ってるよ? 傷つきたくないけど、己の尊厳の為に傷付くって言ってるんだから。格好イイじゃん、あっちの方が。今の律子ちゃん、ぶっちゃけ超ダサい」
「そ、そんなの……そんなの、恭子に言われる筋合いはない!」
「筋合い? あるに決まってんじゃん。今、アンタを助けてあげたの誰さ? 私でしょ? なに? まさかアンタ、自分の力で助かったと思ってるの?」
「そ、それは……」
「私からしてみりゃ、今の律子ちゃんは足手まとい以外のナニモノでもないの。戦うか、それとも戦わないか、どっちか選んで。戦うなら泣き言言わない。戦わないなら、さっさと帰って。心配しないでも、私がアンタの代わりにフラワーガールズを守ってあげるから。お風呂入ってテレビ見て宿題したら寝なさい」
絶句し、涙を溜めたままこちらを睨む律子ちゃんに肩を竦め、私はハッチネーンに向き直る。
「お待たせ、ハッチネーン」
「……」
「……なに?」
「いや……味方に対して一刀両断だな、と思ったカキよ。もうちょっと、優しい言葉を掛けてあげても罰は当たらないと思うカキよ?」
「味方だからじゃん。私が律子ちゃんのお母さんなら、そういう言葉も掛けるけどね。でも、彼女は魔法少女じゃん。なら、『優しい言葉』なんて、甘やかしてはあげない。だって、『仲間』だもん。助ける事はあっても、同情して、よしよしって慰めてあげるのは違うくない? むしろ失礼じゃん、それ」
「……そういうものカキか?」
「少なくとも、私はそう思う」
そう言って、私はアリサをハッチネーンに向けて。
「――それじゃ、そろそろ始める? お互いの尊厳を掛けた、『殺し合い』を」




