第二十九話 魔法少女と戦えない魔法少女
緊急連絡を受けて向かった、先日と同じ小高い丘の上。
「わっははーー! どうしたカキ、どうしたカキかぁ? さっさと来るカキ、フラワーガールズ!」
そこには高笑いを上げながら、渋柿のマシンガンを乱射するハッチネーンの姿があった。
「……結構ヤバい感じ?」
「……ですね?」
既に『フラワーシルバー』の衣装に身を包んだ(今回もキャサリンにひん剥かれた)私は、そう言って手元のアリサを握りしめる。
「痛いってば、キョーコ」
「あ、ごめん」
緊張から予想以上の力が出たか、思いっきり握りしめたせいで手の中のアリサから抗議の声が上がる。
「まあ、怖いのは分かるケドぉ? そんなに心配いらないかな~ってカンジぃ。だってアリサの『ホーミング』はハッチネーンの渋柿マシンガン、全部打ち落とすしぃ~? なーに? キョーコ、アリサの事信用してないのぉ?」
それってカンジわるーいなんてくっちゃべるアリサに私は黙って首を横に振る。
「その辺りは心配してない」
「あ……そ、そうなの?」
「前回の戦いでアリサの力は十分分かったからね。それに、戦場で背中――じゃないけど、共に戦う仲間を信じなくて、何が魔法少女か」
「……」
「どうしたの?」
「いや……なんかたまにキョーコって暑苦しいなぁ~って」
「……なに? 照れてんの? グリップがピンク色になってるけど?」
「元からだってば」
そんな軽口をたたきながら、私はアリサをもう一度強く握りしめる。気持ちが伝わったか。今度は抗議の声が上がらない事に少しだけ安堵と信頼を増し私は隣のアルフに視線を送る。
「……んで? 見たところ、三人しかいないみたいだけど?」
目の前でハッチネーンの渋柿マシンガンを懸命に躱す魔法少女は三人。フラワーイエロー、フラワーピンク、フラワーブルーの……要は、凛ちゃんに香澄ちゃんに中川さんの三人しかいないのだ。グリーンとレッドは?
「……グリーンである律子さんは此処に急行しています。レッドの美代子さんは……行方不明、だとか」
「……待った。今日、五人でカラオケに行って無かった?」
「……律子さんと美代子さん、ハッチネーン急襲の連絡があると、直ぐに逃げ出したらしいんです。捕まえようとしたのですが……運動神経の良い方の二人でしたので……」
「に、逃げ出したって」
お、おいおい。魔法少女が敵から逃げ出してどうするのよ! 後で説教だ、あの二人。
「律子さんはBSSの説得により、取り敢えずこちらに向かっていますので。美代子さんについては……BSSも連絡がつかないとか」
「……まあ、仕方ないか。でも……美代子ちゃんもだけど……律子ちゃん、戦えるの?」
変な話だが、戦えないんであれば逃げていて貰った方が助かるのは助かる。庇いながらは流石に戦えないからね。
「……正直に言えば、微妙なラインです」
「そうだよね? それじゃ――」
喋りかけた私の目の前、『遅れてごめん!』なんて言いながら律子ちゃんがフラワーガールズの元に駆け寄る。その姿に、肩で息をしていたフラワーガールズの面々に安堵の表情が浮かんだ。律子ちゃんもそんな皆に笑顔を返し、変身の為にか、皆とは少しだけ距離を取った場所で立ち止まる。
「――花の力を身に纏い! 正義の為に今、戦う! フラワーグリーン、へーんしん!」
同時、律子ちゃんの体が光に包まれる。学校の制服がまるで溶ける様に掻き消え、足元から順に律子ちゃんの体を魔法少女のモノに――
「……なんで魔法少女の変身シーンって微妙にエロいのかな?」
「……キョーコさん。発言がまるっきり『オヤジ』です」
「いや、もうちょっとこう……ない? なに? 趣味なの? 協会のお偉方の」
「……」
「……否定しないの?」
「……まあ……そう云う方も居ないとは言わないので」
「……もしかしてアンタらが魔法少女の一番の敵じゃないの?」
私の言葉にソッポを向くアルフに肩を竦め。私はアリサを肩に担ぐとそのまま一歩、足を踏み出す。
「キョーコさん!」
「……なによ?」
「……御武運を」
後ろから掛かるアルフの声に片手を上げ、私はハッチネーンとの距離を詰める為にもう一歩、足を踏み出す。パキッという小枝を踏み抜く音が聞こえたのか、その場にいた全員がこちらに視線を送って来た。
「キョーコ!」
あからさまに『ほっ』とした顔を浮かべる律子ちゃん。その姿に笑顔を返し、私はハッチネーンを睨み付けた。そんな私の視線を受け、ハッチネーンは泰然とした笑みを浮かべて見せやがる。
「……昨日ぶりカキな、フラワーシルバー。今日のこの再戦を――」
「おいこら」
「――待って……こ、こら?」
「アンタ、昨日去り際に『お前たちが仲直りしたら再戦だ』みたいな事言ってなかった? それが翌日に再び襲撃ってどういう感性してるのよ? あのね? 普通の魔法少女モノは一遍戦った敵とはそんなに直ぐに対戦しないもんなの! せめてもう二対ほど敵キャラ挟んで出て来なさいよね! 様式美でしょ!」
「え、えっと……その……」
「なに? なんか文句あるのっ!」
私の剣幕に驚いたか、語尾の『カキ』を付けることすら忘れたハッチネーンがポツポツと語り出す。
「あ、文句とかじゃなくて……その、皇帝ダリア様がですね? 『撤退命令も出して無いのに、なに勝手に撤退しているんだ!』と……こう、随分お怒りで……いや、俺も思ったんすよ? あんだけ格好つけて去って、いきなり次の日再戦って、『あ、ないな』って。でも、流石にダリア様の意見は……絶対でして……」
「……なるほど。分かった、その皇帝が悪いのね? 魔法少女の様式美を考えない皇帝陛下って訳ね?」
おっけー。ブッ飛ばす。
「ちょ、ま、待って! 流石に俺を無視していきなり皇帝ダリア様に挑まれたりしたら俺も立つ瀬がないから! え、えっと……コホン。ぶわっはははは! 皇帝ダリア様に挑む前に、このハッチネーンを倒してからにするカキよ!」
まるで、今のやり取りが無かった様にする様にハッチネーンが叫ぶ。同時、ハッチネーンの体の『洞』が鈍い光を放ちだす。
「……渋柿マシンガン? その技は利かないって、学ばなかったの?」
ハッチネーンに相対する様に、私はアリサを正眼に構える。さあ、来い。全部打ち返してや――
「――利かないのは、学んだカキよ?」
ハッチネーンがニヤリと笑う。と、そのまま体の『洞』だけがグルンと回転し、光っていた洞が目の前から消えた。
「……へ? ――っ!」
鈍い光を放ったままの『洞』が向かう先に、フラワーガールズの姿があった。戦闘中であったのだが……私の登場で少しばかり油断をしていたのだろう。不意に目の前に現れたその『洞』に、呆然とした顔を浮かべている。
「律子ちゃん!」
殆ど衝動的に私は叫ぶ。先日、皆を守ったアイビーバリアー、発動にどれくらい時間がかかるか知らんが、取り敢えず今はそれしかない!
「っ! あ、アイビーバリアー!」
私の言葉に意識を取り戻したかの様、律子ちゃんが叫びながら両手を前に突き出す。まるで『蔦』を思わせるグリーンのカーテンが――
「――っ!? で、出ない! なんで!?」
――出ない。殆ど半狂乱になって叫ぶ律子ちゃんの姿に、ハッチネーンがニヤッとした顔を浮かべるのが見えた。
「アリサっ!」
「オッケー!」
洞の光が収束し、渋柿マシンガンが発動するのとほぼ、同時。
まるで弾丸の様に私の体が宙を駆ける。一足飛びで律子ちゃんとハッチネーンの間にその身を滑り込ませて。
「――きゃ……キャハハはははははははははぁっはあっははははははっはははああははあはははははははぁーーーーーーーーー!」
「怖いよ!? 渋柿より何よりアリサ、アンタが一番怖いよっ!」
暴風の様に迫りくるマシンガンを、打ち漏らす事無く正確に叩き落すバーサーカー……じゃなくて、アリサ。正直、甲高い笑い声が無茶苦茶怖い。
「くっ! 弾切れカキ!」
一体、どれ程の渋柿を打ち落としたのか。徐にハッチネーンの洞から飛んできていた渋柿の猛攻が止む。それと同時、甲高い笑い声を上げていたアリサがその笑い声を止めてぶるりと全身を震わして。
「――か・い・か・ん……」
「……色々不味いよ、それ。取り敢えず、正気に戻れ。はあはあ言うな」
「ん……はうん……ん……――んっ! うん! 大丈夫!」
「一々色っぽい声を……ああ、もうどうでもいいや」
肩を竦めて溜息一つ。
「……大丈夫?」
「ん、大丈夫。アリサ、今日は元気満々だしぃ~」
「……そうなの?」
「うん! 練習用バット様とデートしたから! 凄いね~、愛の力! アリサ、今なら空も飛べちゃいそうなんだぁ~」
「……お望みならぶん投げてやるけど……っていうか、出来んの? デートとか?」
確かに今朝、『お願いキョーコ! 練習用バット様をこの部屋まで連れて来て!』とか言うから部屋に持って上がったが……
「……ごめんね、キョーコ。私……一足先に『大人の階段』、登っちゃったぁ~」
手の中で身をクネクネと捩るアリサ。手元のバットのそんな姿は随分気持ち悪いが、そんな事よりも。
「……大人の階段だぁ?」
「……うん」
「……」
「……優しかったよ……練習用バット様ぁ……」
なんだか艶めかしい吐息を漏らすアリサ。おい、このクソビッチ。
「……なんだろう? この手の掛かる妹に先に片付かれた様な気分」
「もうね……練習用バット様ったら、アリサの体をぎゅって抱きしめてさ? 『綺麗だよ、アリサ』って……きゃ、きゃーー!」
「……このクソビッチ」
先程よりも一層『クネクネ』を激しいモノにするアリサを白い目で見つめた後、私は視線を律子ちゃんに。
「……その……律子ちゃん?」
「……わい……怖い、怖い、怖いっ!」
「り、律子ちゃん! 落ち着いて!」
「怖い! 怖いよ、キョーコ!」
まるで、私に縋りつくように。
「――怖い! 戦うのが……戦うのが、怖いよっ!」
そう言って、涙を流して抱き付いて来る律子ちゃんに向けた。




