第二話 魔法少女と訴訟案件
「そ、訴訟? は? 魔法少女が……そ、訴訟って……」
唖然とする私。そりゃそうだろう、そんな話は聞いたことも無いから。そんな私に疲れた様に溜息を吐いて、滔々とアルフは語りだした。
「『全世界魔法少女裁判所』という組織がありまして、そちらに結構持ち込みがあるんですよ、訴訟案件の。その件数がここ数年で格段に増えたんです。曰く、『死にそうな所を助けられた代わりに魔法少女になる事を強要された』曰く、『『街の平和を守るため』ってお題目を掲げられたら、住民を丸ごと人質に取られたようなもんでしょ! だから仕方なく魔法少女になったのよ!』曰く、『願い事を一つ叶えて上げる……とか、ズルい! 騙された!』とかの訴訟が。まあ、裁判になっても私共には優秀な顧問弁護団がついておりますので間違いなく勝訴するのですが……そうは言っても『仲間』として戦って来た魔法少女に、親の仇を見るような目で見られるのも辛いモノがありますので、出来れば穏便に済ませたい、というのが我々の願いです」
「……そう。そりゃそうよね。仲間として戦って来た――」
「……まあ、『魔法少女に親の仇の様な目で見られる? 我々の世界ではご褒美だ!』という派閥もありますが」
「――大丈夫か、全世界魔法少女協会」
「ご安心ください、ごく少数派です。概ね協会内部では、お互い気持ちの良い話ではないな、で意見が一致しております。そもそも、裁判には時間も、それにお金だってかかりますしね。ですので、近時のトレンドは『きちんと契約書を交わそう』になっておりますね」
「な、なっておりますねって……」
「ちなみに、リーガルチェックも完璧です。訴えられても勝てる様にフォントサイズを調節して書いておりますよ!」
「ドヤ顔すんな! んな事は聞いてないわよ! っていうか何よ、それ! そんな事をしてる暇があるんだったら他にする事があるでしょうが!」
悪い魔王を倒したり、悪い魔女を倒したり、こう……なんか、悪の組織を倒したり! さっきからお金の話とか条件の話ばっかりなんですけど!
「先程も申しましたが、魔法少女達は『花形』になりたがるんですよ。契約書を読み込んで、しっかりと理解した上で魔法少女の任に就くのであれば良いのですが」
そう言って、もう一度大きな溜息。
「……これも先程申しましたが、こう……どう言いましょうか、『やらされてる』感があってですね。中々、ご自分の職務に忠実とは言い難くて……」
「……それで訴訟沙汰になっているってこと?」
トーンを落としてそう言うアルフに倣った訳では無いが、私の声のトーンも少し下がる。あんまり騒いで出入り禁止は勘弁願いたいし。
「そうです。訴訟中は当然、魔法少女は出勤拒否するんです。そうなればこっち側としたらやられたい放題な訳ですよ。敵にも……それに、魔法少女にも」
「出勤拒否って……ていうか、いいの、それ?」
何だかとってもオオゴトの様な気がするんですけど?
「良くはありません。街や住民に被害があった場合、下手したら損害賠償請求が来たりしますから。そうなった場合、フリーの魔法少女の方に便宜的に出勤して貰っているんです」
「フリーの魔法少女? さっきの九十八%が所属する他の組織って事?」
「ああ、済みません。言い方が悪かったです。そうではなくてですね……ええっと……そうですね。キョウコさん、魔法少女アニメは見ますよね?」
「……悪いかしら? 高校一年にもなって?」
「いえ、悪くありませんよ。その魔法少女アニメの最終回『後』の魔法少女だと思って貰えればあたらずとも遠からずかと」
「最終回の後?」
「『事件』を解決した後の、他所の街で平和に暮らしてる魔法少女って事です。言ってみれば……そうですね、『OG』でしょうか?」
「……ああ」
「フリーの魔法少女の方は、やはり一度は強大な敵を倒しているだけあって優秀な方が多いのです。たいして、訴訟まで起こそうとする魔法少女は『成り立て』の方が多いですね」
「そうなの? もうちょっと経験積んでからの方が不満が出て来そうなモンだけど」
「『慣れ』ってあるんですよね~。最初は『こんな組織、おかしい!』って思っていても、そこで長い間働いていると段々『ああ、こんなもんか』になり、最後は『これは常識!』ってなるんですよ」
「そういうもん?」
「魔法少女の常識は非常識ですから」
「おい」
「そうじゃないと、いくら街の平和を守る為って言っても危険な事をしたりしますか? 小学生とか中学生ぐらいの女の子が。する訳ないでしょ、普通。警察に任せますよ」
「私の魔法少女像が随分汚された気がするんだが!」
可哀想な子扱いか、魔法少女! そんな私の無言の主張に、アルフが小さく肩を竦めて言葉を継ぐ。
「まあ、それはともかく……変な話ですが、街の平和自体はフリーの魔法少女が守る方が、その地域担当の魔法少女が守るよりも余程良いのですよ。一度ラスボス倒してる勇者が、お城の周りでレベル上げしてる様なモノですから。被害も少ないですし」
「なんだその強くてニューゲーム」
でも……いいじゃん、それ。なら魔法少女を一々スカウトしなくても、フリーの魔法少女に任せておけば?
「仰る通りです。仰る通りなのですが……ただ、ですね?」
「問題があるの?」
当然と言えば当然の私の疑問に、アルフが少しだけ口籠る。が、それも数瞬。意を決した様に口を開き。
「……こう、フリーの方々は結構……その、お年を召しておられてですね。い、いえ、お年を召されていると言っても精々女子大生ぐらいの年齢なのですが……その、『あんなモノ、魔法少女じゃない!』とか『魔法少女は精々中学生までだ!』とか『『少女』って! 面の皮が厚すぎる!』とか、そういった声も多くて……中には『魔法少女とか笑わせるな! あれは魔女だ、魔女! 除名しろ!』とか言いだす役員の方もおられまして」
「……ヲイ」
口を開いて結構サイテーな事を言いやがった。ジト目の私に、慌てた様にアルフが両手を左右に振って見せる。
「い、いえ、私が言っている訳ではありませんよ! ですが、やはりそう言った声も無視できず……それに、フリーの魔法少女の方からも苦情が出ておりますし」
「苦情?」
「やはりアイデンティティに悩むらしいのですよ。特に、一度世界を救った英雄は」
「ああ、自分の街じゃないのになんで危ない目に合わなければならないんだ、とか?」
「いえ」
「違うの?」
「魔法少女は基本、美少女がなるもので、そんな美少女が年を重ねると美女になるわけでして……デートとか、色々と予定があるらしいのですよ。『デート中にちょいちょい呼び出すのマジで勘弁して下さい! 彼氏に浮気を疑われるじゃないですか! 折角『悪』を倒して付き合う事が出来たのに、フラれたら責任取ってくれるんですか!?』とか……こう、女性としてのアイデンティティに」
「そっちのアイデンティティかい!」
「それに、危険手当と緊急出動手当の方で少し揉めていまして」
「危険手当と緊急出動手当って……なによ、それ」
「タダ働きさせる訳は行きませんので、払うモノはきちんと払うんですが……容赦なく、えげつない金額を請求して来るんですよ。まあ命を掛けている訳ですし、元々自分の街じゃない、加えて見知った人を守る訳でも無いんですから、当然と言えば当然なのですが……ですが、言ってみれば一クール目の二話ぐらいに出てくる様なザコ敵ですよ? 鼻歌交じりで倒せるようなザコ敵との戦闘で、普通乗用車一台買える様な金額は流石に……でも、言い値で支払わないと確実に拗ねられますし、そっちの方がリスク高いんですよ」
「一クール目の二話の敵っていう例えがなんとなく微妙にイヤだ」
「でも、分かるでしょ?」
「分かり過ぎるくらい分かるけど、弱さも含めて。っていうかさ……世界の平和を守ってくれる存在じゃないの、魔法少女って?」
「『自分の財布の平和も守れないのに、世界の平和なんか守れるか!』と、目を¥マークにして仰っていましたね。知ってます? お金に目が眩んだ美女を見たら醜いとかそういう感情よりも先に、悲しくなるんですよ?」
なんというか……どっちもどっちのパターンのヤツか。
「……コホン。まあ、そういった訳で今、全世界魔法少女協会はちょっとゴタついていまして。このままでは魔法少女への賃金未払いが発生して協会運営が破綻しますので、組織を挙げて訴訟件数を減らそう、という話になったんですよ。円滑な組織運営の為にも」
「なんか……なんだろう? 思った以上に結構、お役所仕事ね」
こう、もうちょっと『正義の為!』みたいな理由が欲しかったと思うのは我儘だろうか。
「まあ我々の運営費用は異世界や平行世界を含めた各国政府から支給されていますし、ある程度は公務員的な所もあるんですよ」
「そうなの?」
「消防士だって警察官だって自衛官だって公務員でしょ? 魔法少女だって似たようなモンですよ。街の平和を守っているんですから」
「ゆ、夢も希望も無い事を……」
「ちなみに、『魔法少女』を務めあげて引退された場合、提携各国の公務員試験での加点制度があります。就職活動の側面もありますので、下手なバイトよりは良いですよ?」
「本当に夢も希望も無いわね、それ」
超現実主義だ。いや、別にそれはそれで構わないんだが。
「それも踏まえて、『やっぱり、その世界の魔法少女に、その世界を守って貰うのが一番』という……まあ、そういう結論に至りまして。地産地消というやつですね」
「そういう意味じゃないと思うけど、地産地消って」
「ですので、我々は創設する事にしたんですよ。魔法少女達の不満や、業務上の悩み、能力以上の要求やパワハラ、セクハラなどの諸問題を解決する為の、まあ、ようは訴訟になる前にその『芽』を摘んでおこうという――その為の、『機関』を」
「……えっと……」
そう言ってテーブルの上で腕を組み、私の眼をじっと見つめる。吸い込まれそうなスカイブルーの瞳に、思わず息を呑んで。
「名付けて――『もしもし魔法少女相談室』!」
「ネーミング、ださっ!」
その息を吐き出すと同時に、そんな絶叫を上げていた。ネーミングセンスゼロかっ!