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第二十八話 魔法少女と可愛いマスコットキャラ


 誠心女子大学付属中学より歩いて五分程の場所に、その公園はあった。

 午後四時を回るか回らないかの時刻、夕食の買い物に出かけた所なのか……或いは帰りか、公園内では幾つもの『グループ』が集まって井戸端会議が盛大に行われている公園のベンチに腰掛け、私は膝の上の子猫をまるで親の仇かってぐらい『もふもふ』していた。

「……は……はぁ……癒されるわぁ……」

「ちょ、きょ、キョーコちゃん! 止めて欲しいにゃ! ぼ、ボクは撫でられて喜ぶ様な趣味は無いにゃ!」

「またまた~。そんな事言って、体は正直だぞぉ~? ほら、ごろごろ~」

「は、はにゃーん……はっ! ち、違うにゃ! これは、違うにゃ! あ、アルフ! 助けるにゃ!」

「……あー……えっと、キョーコさん? それぐらいで。そろそろ話を始めないと、美代子さんが帰宅してしまいます」

「えー……もうちょっと……」

「……そう言ってもう三十分ぐらい、ミケを撫でまわしてますからね? 流石にもう満足したでしょ? ホラ!」

「あー……」

 そう言って、強引に子猫――美代子ちゃんのマスコットキャラである子猫の『ミケ』を猫掴みで持ち上げるアルフ。後ろ足がプランプランしてるその姿さえ、物凄く愛らしい。っていうか、マジで飼いたいぞ、ミケちゃん。

「……ふう。助かったにゃ、アルフ」

「いえ……すみませんね、ウチの魔法少女が」

 アルフの腕の中を安住の地と定めたのか、ゴロゴロと喉を鳴らすミケ。く、くそ、ずるいぞ、アルフ! 私にも! 私にもだっこさせて!

「ダメです! って言うよりですね、キョーコさん? もうちょっと真面目にやってくれませんかね?」

 ジト目でこっちを見やるアルフ。う、うぐ……そ、そりゃ私もちょっと『やり過ぎたかな?』とは思ったよ? 思ったけど……

「……仕方ないじゃん」

「……なにがです?」

「だって! ミケちゃん、マジで可愛いんだもん! こう、なんて言うんだろう? 『これぞ、マスコットキャラ』って感じなんだもん! ズルい! 美代子ちゃんばっかりズルい!」

「いや……ズルいって……」

「私のマスコットキャラなんてアルフだよ? アンタの何処にマスコットの要素があるのよ! マジックアイテムにしたって、口は悪いわ色ボケだわだし! 差別よ、差別!」

「さ、差別って……っていうか、キョーコさん? 酷過ぎません!? 私、結構頑張ってると思うんですけど!」

「別に頑張って無いとは言ってないじゃん! ただ、アンタには可愛い要素が無いってだけで! 可愛い要素が無いマスコットキャラなんて、マスコットキャラ失格よ、失格!」

 ズビシッ! と指を突き付ける私に、胸を抑えてアルフが崩れ落ちた。猫らしく、そんなアルフの胸からヒラリと舞い降りたミケちゃんは、今度は猫らしくなく前足をアルフの肩に置いて溜息なんぞついて見せる。

「……お前も苦労してるんだにゃ、アルフ?」

「……分かります?」

「分かるにゃ。キョーコちゃん? アルフは凄く優秀なBSSなんだにゃ。アルフがBSSになってくれるって言うのは、物凄くラッキーな事にゃんだよ?」

 まるで諭す様にそう言って見せるミケちゃん。え? アルフ、優秀なBSSなの? 

「そうだにゃ。一度、世界を救ったBSSにゃんだよ? そんなBSS、協会にもそんなに沢山いる訳じゃないんだにゃ。だって言うのに、『失格』なんて……そんな事言ったらダメにゃ」

「……」

「にゃ?」

「えっと……それじゃあさ? ミケちゃんとトレードとかして貰えないの? ホラ! 美代子ちゃん、今弱ってるし!」

「……アルフ、本当に苦労してるんだにゃ……ダメに決まってるにゃ、キョーコちゃん」

 残念な子を見る目で私を一瞥した後、ミケちゃんが首を左右に振って見せる。こ、子猫にそんな目で見られるとなんだか物凄く胸が痛いんだが!

「……まあ、仕方ありません。キョーコさんの信頼を得るに足る程、私がキョーコさんとの関係性を構築出来て無かったという事です。私のミスですよ、これは」

 伏せていた地面から立ち上がり、パンパンと服の埃を払った後でそう言って笑んで見せるアルフ。な、なんだろう? そんな物分かりの良い態度取られると、なんだか私が我儘言ったみたいに――

「いや、実際キョーコちゃんの我儘だにゃ?」

「……正論は時として、人を傷つけるんだよ、ミケちゃん?」

 ……はい、私の我儘でした。

「え、えっと……こ、コホン! それじゃミケちゃん? 取り敢えず、昨日の美代子ちゃんの様子、話してくれない?」

 私の言葉にじとーっとした目を向けたまま、それでもこれでは話が進まないと考えたのか、ミケちゃんが小さく溜息を吐いた。

「……巧く誤魔化したつもりかも知れにゃいけど、全然誤魔化されて無いにゃよ? まあ……それはともかく。昨日の美代子ちゃんはちょっと変だったにゃ」

「……具体的にどう変だったのですか?」

「……ボクも巧くは言えないにゃ。でも……にゃんだろう? 美代子ちゃんはああ見えて、何時でも明るい子って訳じゃないにゃ。あ、この言い方は語弊があるんにゃけど……にゃんていうのかにゃ? 喜怒哀楽のはっきりした子と言えば良いのか……とにかく、悲しいことがあるとちゃんと『泣ける』子なんだにゃ」

「……ふーん」

 ……なるほど。やっぱり、悲しいことがあるとちゃんと『泣ける』子なのか。

「じゃあ、昨日の美代子ちゃんはやっぱり『変』だったんだね?」

「……そうにゃ」

 なにかを考え込む様に、なにかを思い出す様に。

「……きっと、伸ばした手を振り払われた事は悲しかった筈なのにゃ。だって言うのに、昨日の美代子ちゃんは『笑って』いたにゃ。普通にテレビを見て、普通に漫画を見て、普通にお風呂に入って……楽しそうに笑っていたにゃ」

「……ねえ、ミケちゃん? それってミケちゃんから見て痛々しく見えた?」

 私の言葉に、ミケちゃんは黙って首を左右に振る。

「……無理にそう振る舞ってる感じじゃ無かったにゃ。普通に、本当にいつも通りに笑っていたにゃ。そんなの……『普通』の美代子ちゃんなら、有り得ない事の筈なのに」

 そう言って、辛そうに視線を伏せるミケちゃん。うん、オッケー。分かったよ、ミケちゃん。

「アルフ。言いたかないけど、きっと私の予想が当たりっぽい」

「……美代子さんが別人格……では無いですか。心を閉じている、と?」

「そ。しかも、状況は結構深刻っぽいね」

 溜息を吐きつつ、そう言って肩を竦めて見せる。この状況は正直、望ましいモノじゃない。望ましいモノじゃないけど……

「……まあ、気持ちは分かるけどね」

「……キョーコさん?」

 辛いことがあったら、『笑えば』いい。それは、決して間違ってはいない。間違ってはいないんだ。

「……辛いことがあれば、バカみたいに笑っておけばいいんだよ。何も感じず、何も思わず、笑っておけばイイんだ。泣いたって解決しないし、拗ねたって好転はしない。心を閉じて――心を殺して、ただ黙っておけばいいんだ。だから……美代子ちゃんのしている事は、決して間違っては無いんだ。それだって、立派な――」

「キョーコさん!」

 不意に、アルフの大声が耳朶を打ち、私は顔を上げる。見上げた視線の先に、心配そうな顔を浮かべるアルフの姿が映った。

「……キョーコさん? その……」

「ごめん。ちょっとナイーブになってた」

 まあ、人間十六年やってると色々ある。そう思い、少しだけ誤魔化す様に顔に笑顔を浮かべて見せた。

「キョーコさ――と、失礼」

 なにかを言い掛けたアルフの声を遮る様、彼の胸ポケットに入った携帯が鳴った。流行りのメロディなんかじゃない、ピピピと無機質な音を立てるそれを掴み、画面に映し出される相手の名前に訝し気な顔を浮かべて通話ボタンを押し、それを耳に当てて。


「――え? な、何ですって! そんな……は、早過ぎますよ!」


 アルフが焦った様に上ずった声をあげて、私に視線を向けた。


「キョーコさん! ハッチネーンが……ハッチネーンが攻めて来ました!」


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