第二十七話 魔法少女と今後の対応策
「その……どうでしたか、キョーコさん?」
ハッチネーンとの勝負が終わった翌日の放課後。アルフの居城である保健室に来た私は、ベッドの上に鞄を放り投げると枕代わりにしながら視線だけアルフに向け、右手をヒラヒラと振って見せる。
「厳しいね、正直」
「……そうなんですか? その……やはり、美代子さんは元気が無かったですか……?」
心配そうにそういうアルフに私は首を振って見せる。
「ううん。美代子ちゃん、超普通だった」
横に。きょとんとした表情は一瞬、アルフが慌てた様に言葉を続けた。
「……え? ふ、普通? 普通ですか?」
「そう、普通。本当に、びっくりするぐらい超普通。落ち込んでいる訳でもなく、無駄に元気な訳でもない。本当に、いつも通りなのよ」
枕代わりにしていた鞄からペットボトルのお茶を取り出して口を付ける。少しだけ温くなっているもまだまだ十分冷たいソレで喉を潤した後、アルフに視線をやった。
「……なによ、変な顔して」
視線の先、なんとも言えない『微妙』な顔をしているアルフに訝しんだ表情を向ける。そんな私に、少しだけ困った様な、それでもホッとした様な表情に変えてアルフが笑んで来た。
「え……っと……それ、でも、良かった……んじゃないですかね?」
「良かった?」
「え、ええ。だって美代子さん、『普通』だったんでしょ? 自然体で、無理をしている様子も無かったんでしょ? 落ち込んでもいないし、空元気でもない、そんな普通の状態だったんでしょ?」
「そうよ」
アルフの言葉に、私は今朝から観察していた『美代子ちゃん』を思い出す。
「朝一番、律子ちゃんが美代子ちゃんに頭を下げていたわ。本当にごめんと、手を払って悪かったと、申し訳なかったと言っていた。そんな律子ちゃんに対して美代子ちゃん、なんて言ったと思う?」
「……なんと言ったんですか?」
「『もう、律子! 止めてよね! そりゃ、ちょっとショックだったけど……大丈夫! これからも頑張ろう!』って。周りに居た他のフラワーガールズの三人もその美代子ちゃんの姿にほっとした表情を浮かべていたわ」
そう。良かったと言わんばかりに、三人が笑顔を浮かべ、美代子ちゃんが『じゃあ律子! 仲直りの握手!』『ば、バカ! 照れ臭いだろう!』『いいじゃ~ん』なんて、楽しそうにじゃれあう、そんな風景を思い出して。
「――寒気がしたわよ」
その、形容しがたい『気持ち悪さ』に思わず怖気が走った。
「えっと……キョーコさん? 気持ち悪いって……気持ち悪い? どういう意味でしょうか?」
「考えても見てよ、アルフ。美代子ちゃん、人に『嫌われた事』が無いんだよ? 人に、伸ばした手を振り解かれるのも、おかしいと言われるのも……その全てが、初めての経験なんでしょう?」
「……ええ。私達のリサーチでは」
「だったら……そんな美代子ちゃんが『普通』って、おかしいと思わない?」
誰だって、人に嫌われるのはイヤなモノだろう。私個人の体験でアレだが、人に嫌われるという事は、『慣れる』しか方法が無いのだ。別段、慣れたいモノでは無いが。
「おかしい……のでしょうか? 自身でその『壁』を乗り越えたという可能性も……」
「無いとは言わない。私の勘違いかも知れないしね。でも……美代子ちゃん付のマスコットキャラは言ってたんでしょ? 『魔法少女の憂鬱に罹患した可能性が高い』って。詳しくは知らないけど、魔法少女の憂鬱ってそんなに簡単に回復する物なの?」
「……過去にそんな例はありませんね、確かに」
「と、すれば考えれる可能性って……そうね、四つぐらいに絞れるんじゃないかなって思うわ」
「拝聴しても?」
アルフの言葉に頷き、私は右手の人差し指、中指、薬指を立てて見せる。
「一つ。さっき言ったように、美代子ちゃんが自分一人で解決した。アレだけ能力に溢れた子だもん。私達の想像以上に回復力が早いのかも知れないわ」
「……そうだと良いのですが」
「そうね。でも、アルフ? 概ね物事って、想像した最低を易々と乗り越えていくものだと思わない?」
「……仰る通りです。二つ目は?」
「二つ。実は美代子ちゃんに取って、『魔法少女フラワーガールズ』という『チーム』はそれ程重要なメンバーでは無かった。だから、嫌われても痛くも痒くも無い」
野良猫に餌をやろうとして手を弾かれたとしても、それで無茶苦茶ヘコむ人は少ないだろう。言いたかないが、美代子ちゃんに取ってあのメンツはその程度のモノだった、という話だ。
「……あの五人は仲良しの五人組でした。それに……」
「分かってる。浅い付き合いだけど、美代子ちゃんは……そうね、その辺りを『巧く』出来る感じの子じゃないと思う。楽しければ笑い、悲しければ泣く子の気がするから。そういう腹芸は苦手じゃないかと思うのよ」
まあ……だからこそ、今日の一幕が『気持ち悪い』と思った訳でもあるのだが。
「まあ、それはイイわ。それで、三つ目。美代子ちゃんに取って、今回の……そうね、『事件』は取るに足らない事だった。正確には取るに足らない事になった。だから、頭を下げて来た律子ちゃんを簡単に許す事も出来るし、和解だって出来た」
「……それは、二つ目とは違うのですか? 律子さんに嫌われても何の痛痒も感じないという事ではないので?」
「アルフ、明日死ぬとしたら仕事の心配とかする?」
「あ、明日死ぬ? いえ……ですが、私も一応責任ある身ですので、少しぐら――」
気付いたか、アルフがそこで言葉を止める。
「ま、まさか!」
「今日は五人で仲直り兼ねてカラオケに行くって言ってたし、家に帰ればマスコットキャラが居るんでしょ? 今日、行動に起こす事は多分ないんじゃないかな、とは思う」
まあ、これも想像だしね。流石に最低の想像ではあるが。
「……三つ目でそれ、ですか。では四つ目は?」
「こっちのがもっと最悪かな、とは思うけど……実は、一番可能性が高いと思ってる」
そう言って最後まで立てたままであった小指を握りこみ、手をグーの形にして眼を瞑り。
「――アレは、美代子ちゃんじゃない」
――どんがらがっしゃん、と昭和のコントみたいな音が聞こえる。慌てて閉じていた眼を開くと、そこには棚の上から降って来た薬品の山に埋まったアルフの姿があった。
「……あ、アルフ? ちょ、貴方、大丈夫なの!」
「それはこっちの台詞ですよ! アレだけ引っ張って美代子さん偽者説ってなんですか! それの何処が一番、可能性が高いんですか!」
冗談も程々にしろと言わんばかりのアルフの視線に、私は慌てて首を左右に振って見せる。ち、違う! 冗談じゃ無くて!
「に、偽者とかじゃなくて! アレは私達が知っている美代子ちゃんじゃないって意味だよ!」
「……なんです? 二重人格とでも言うつもりですか?」
「いや、二重人格とまでは言わないんだけど……なんだろう? アルフ、『沼男』って知ってる?」
「哲学的思考実験のスワンプマンの事を指しているのであれば、イエスです」
「アレって……細かくは知らないんだけど、自分が自分であるには、とか、なんかそういう意味でしょう?」
「ざっくりとし過ぎた説明ですが……まあ、そうですね。所謂『人格の同一性』を考える問題ではあります」
「今の美代子ちゃんは、自分自身を『殺して』いるんじゃないかと思うんだ。昨日の事を何も思い出さない様、表面的にはソレを受け入れたフリをして……それで、今をやり過ごしているだけなんじゃないかって思うのよね。だから、昨日の美代子ちゃんと今日の美代子ちゃんは別人なんじゃないかって、そういう話」
別人では言い方が悪いが……まあ、取り敢えず、私達の知らない『美代子ちゃん』だという話だ。
「……それは……」
「勿論、このやり方が間違っているとは言わないわよ? 私だって、『無かったフリ』して過ごす事だってあるし……ただね?」
それをやるには、ある程度の経験が必要だ。少なくとも、今の美代子ちゃんには――初めで使う方法ではない。
「最初に嫌われた時は取り敢えず『爆発』してた方が良いと個人的には思う。不発のままで貯め続けたら、何時かもっと大きな爆発になるかも知れないし」
そこまで喋り、私は寝転んだベッドからうーんと背伸びをして起き上がり、視線をアルフに向ける。
「……お帰り、ですか?」
「何言ってんのよ」
溜息一つ。
「アンタも行くの。美代子ちゃんのマスコットキャラに、話を聞きに行きましょう?」




