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第二十六話 魔法少女と魔法少女の憂鬱

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。


『此処はなんとかしますので、キョーコさんはお帰り下さい。後で説明に伺います』というアルフの言葉を受け、伏せったままの律子ちゃんを置いて異世界へと続くクローゼットの扉を押し開け、私が逆コース――つまり、フラワーガールズから活躍する高天原市からこの海津市の自宅に帰って来たのが、今から一時間程前の話。

「……夜分にお邪魔して済みませんね、キョーコさん。それと……お疲れ様です」

コンコンコン、と内側からクローゼットをノックする音と共に聞こえて来たアルフの声に、私はベッドから起き上がろうともせずに軽く手を上げて見せる。色んな意味でどっと疲れた私のその失礼極まりない、有体に言ってだらしない体勢に別段文句を付けるでもなく、アルフは机の椅子を指差した。

「お借りしても?」

「どうぞ、ご自由に」

 ありがとうございます、と一礼しアルフが椅子に腰を降ろした後、しばしの無言。その空気に耐え兼ねたか、アルフが重い口を開いた。

「……経過報告をさせて頂きたいのですが、宜しいですか? その……あの後の事を、少しばかり」

「……お願い」

「フラワーグリーン――律子さんはご自宅の方に送り届けました。泣きじゃくっていましたが、律子さん付のBSSが無事に送り届けたそうです」

「……そう」

「フラワーブルー、同イエロー、同ピンクも同様に専属BSSが自宅まで送り届けました。ブルー、イエロー、ピンク、全員に一定の動揺は見られましたが……それでも、BSSとの会話によりある程度、平静さを取り戻した様子です。この三人については問題ありません」

 ……そっか。それはまあ……うん、良かったのかな?

「……それじゃ、律子ちゃんが一番心配?」

『魔法少女なんて、辞めたい』と、悲痛な声でそう言った律子ちゃんの声が脳内でリフレインされる。幾分、気分が重くなりながらそう問いかけた私の言葉に、アルフが小さく首を振った。


「……違うの?」


 横に。

「律子さんの精神状態は現在、小康状態です。彼女自身、自分でも錯乱していた事を反省しています。現在は後悔に苛まれていますが……それでも、彼女は反省が出来る子らしいですので。明日には美代子さんに謝るとの事です。ですので、律子さんの方も……そうですね、懸念材料自体は少ないでしょう。ある程度ギクシャクはするでしょうが……あの『チーム』は仲も良いですし」

 そう言って、小さく溜息を吐くアルフ。その姿に、私の背中にイヤな汗が伝った。

「……それじゃ」

 聞きたくなく、でも聞かなければいけない。言い淀み、それでも何とか声に出した私の言葉にアルフが小さく首を縦に振る。

「もうお分かりだと思いますが、一番心配な状態なのは美代子さんです」

「……」

「元々、天真爛漫で明るい子です。容姿も愛らしく、勉学も運動も得意です。また、人懐っこい性格もしております」

「……神に愛されているよね、美代子ちゃん」

「本当に。魔法少女は多かれ少なかれ、何かしらのコンプレックスを抱えて居るモノです。勉強が苦手だったり、運動が苦手だったり、家庭環境が難しかったり、或いはコミュニケーション能力に難があったり……少し、ドジだったり。ですが、美代子さんにはそれが一切ない。ある意味で、完璧な魔法少女で」


 ――だからこそ、脆い、と。


「……脆い、か」

「美代子さんは人の『悪意』に曝された経験が極端に少ないです。いえ、私共の知る限り今回、律子さんに手を弾かれたのが、恐らく生まれて初めての経験の筈です。彼女の心に、消えない傷が残ってしまいました」

 天才程、挫折に弱いって奴か。

「十四年だか十五年だか生きてきて、悪意に曝されるのが生まれて初めて、か。羨ましい話よね、それ」

 いや……逆に羨ましくないのか? そんだけ生きて来て、『嫌われた経験』が無いってのは結構厳しいかもね。温室でずっと生きて行ける訳じゃ無いし、早めに『慣れ』る事も必要か。

「キョーコさんの仰る通りです。そして、だからこそ今、美代子さんは非常に危険な状態にあります」

「危険?」

 その……あんまり考えたくないが、思い詰めて、その……

「……いえ。現時点ではその可能性は低いです。ですが、このままでは――失礼、不謹慎でした」

 私の睨み付ける視線に素直にアルフが頭を下げる。その後、コホンと咳払いをして。


「――美代子さん付のBSSから連絡です。『専門では無いので詳細については不明。だが、『魔法少女の憂鬱』に罹患した可能性が極めて高い。至急、専門家の派遣を要請する』との事です」


 えっと……『魔法少女の憂鬱』?

「……なに、それ?」

「魔法少女特有の、精神疾患の一種です。所謂、『優秀』な魔法少女が罹患しやすい傾向にある病なのですが……」

 溜息一つ。

「……難病なんです、これ」

「……そうなの?」

「過去、協会で把握している発症例は二十一例あります。その内、十例は回復しました」

「……残りの十一例は?」

「九例に付いては魔法少女を引退。二例については――魔法少女が、自ら命を絶ちました」

「――っ!」

「この病は自身が『魔法少女』である事の意義を見出せなくなった場合に発症します。この世界は守る程の価値があるのか、本当に自分は正義なのか、目の前の敵に、なにか事情があるのではないのか、そもそも――何故、自分が『魔法少女』なのか」

「……」

「フラワーガールズが花の精霊の力を借りている様に、他所の世界の魔法少女も変身、或いは魔法を行使する際に、その世界の『超常的な力』を拠り所にしています。そして、『魔法少女の憂鬱』に罹患した場合、多くの世界ではその超常的な力が使えなくなります」

「……魔法少女として戦えなくなるって事?」

「そうです。そして、極め付けに厄介なのが」


 ――この病に、根本的な治療法はありません、と。


「な、無いって! 過去に二十一例もあったんでしょ! そ、それに、十例は回復したって言ったじゃん!」

「十例は『自力』で回復したんです。アイデンティティに悩みながら、それでも自身で自身の存在意義を見つけ出して復活を果たしました。多くの葛藤を持ちながら、それでも自身で解決策を見出したのです」

「それは……で、でも! 根本的な治療法が無くても、なんとか対処は出来るんじゃない? 過去の事例を使って!」

「事例を使って? 事例を使って、どう説明するんですか?」

「どう……って……ほ、ホラ! 昔の人も悩んだけど、こうやって復活しました、みたいな感じで!」


「それで――美代子さんが納得すると思いますか?」


「……そ、それは……」

「『魔法少女の憂鬱』に罹患する原因は千差万別です。そして、結局それは自分で解決しなければならない類の問題なのです」

「……」

「過去、『挫折』の経験がある魔法少女は、この病に罹っても自力で回復をします。過去の自分の失敗例から、正答を導き出すので。重要なのは『自分の失敗例』である事です」

「……その……」

「数式の解き方を聞くのではないのです。漢字の読み方を聞くのではないのです。泳ぎ方を聞くのではないのです。走り方を聞くのではないのです。自分自身の、『生き方』の問題ですよ、これは。人の意見が参考になっても、答えにはならないんです。だって……だって、これは美代子さんが自分で解決しなければいけない問題なのだからっ!」


 何に、かは分からないけど。


『何か』に怒っている様な口調で喋るアルフ。本当なら『怖い』と思うはずなのに。


「……あ、アルフ?」


 ――なんだか、泣いてる様に見えて、悲しくなった。


「……そ、その……」

 私の言葉に、はっとした様にアルフが頭を下げた。

「……失礼。言葉遣いが悪かったです。取り敢えず、私達が出来る事は……美代子さんが解決するのを見守るぐらいしか無いのです」

 そう言って、悔しそうにアルフが唇を噛む。

「……済みません、少しばかり八つ当たり気味でした。重ねて、謝罪を」

「……ううん。こっちこそ、考え無しでごめん」

「いえ……ともかく、美代子さんの症状についてはこちらでもウォッチを続けます。先程も申しましたが、美代子さんはある種『完璧』な人間であった為、失敗経験が少ないです。キョーコさんの話では無いですが、こういう時にどうすれば良いのか、自身の中に蓄積された知識が極端に少ないんです。だって、失敗した事が無いから」

「……うん」

「私たちは、魔法少女の身の安全を一番に重視しています。こう言ってはなんですが、美代子さんが魔法少女を辞めたいと仰ればソレで良いとも思います。それで美代子さんが幸せになれるのであれば。ですが、彼女は責任感の強い子です。仮に、魔法少女として戦えなくなった美代子さんが……そうですね、『万が一』の事を起こしてはいけません」

「……うん、そうだね。そんなの、絶対にダメだよ!」

「絶対にダメです。ですので、校内では私、プライベートでは担当BSSにより全力でケアをしたいと思っております。ですから……キョーコさん」

 そう言って、アルフは。


「……申し訳ありませんが、もう少し――お付き合い、願えれば。『級友』として、美代子さんを支えて下されば」


 綺麗に腰を折って頭を下げた。


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