第二十五話 魔法少女と戦う意義
今年最後の投稿となります、どうも疎陀です。本年も大変お世話になりました! 来年もよろしくお願いします!
「す、凄いです師匠! ハッチネーンが逃げて行きます! 流石、師匠です! 御見逸れしました!」
未だに『わ、わぁー!』とか『きゃああぁ!』なんて声が聞こえる道を指差しながら、少しだけ興奮に頬を朱を染めた美代子ちゃん。そんな美代子ちゃんのキラキラした視線を受けた当の私は、と言うと。
「……ははは。まあ……うん。別に大した事はしてないんだけどね?」
そっと目を逸らしました。いや……だって、ねえ?
「大した事をしてないなんて、とんでもないですよ! 謙遜しなくてもイイです、師匠! ハッチネーンが師匠に近付いていった時、私たちは何も……動くことすら出来なかったのに……師匠がハッチネーンに何かを喋っただけでハッチネーンが逃げて行ったんですよ!」
「……ははは。ああ、うん、なるほど。そう映ったのか」
「ほえ? そう映った?」
「ああ、いや……なんでもない」
言えない。色ボケバットとカキノキの間で友情が芽生えたなんて、口が裂けても言えやしないぞ、うん。
「ま、まあ……うん! 取り敢えず皆、怪我は無い? 大丈夫?」
話題の転換と……まあ、アレだ。アルフとキャサリンの漫才に付き合わされたりした関係で、なんだかんだ結構な時間を無駄にもした。見たカンジ、結構ピンチだったし、皆無事だろうかとそう思い、皆の具合を確かめる私に美代子ちゃんが『むんっ!』と腕に筋肉を出して見せる。
「全然、大丈夫です! それにしても……私たちもまだまだでした! もっと、頑張らないとこの街の平和を守れませんね! 精進します!」
いや、もっすごい細腕だけどね? どっちかって言うと華奢な印象すら受ける腕なんだが……つうか、コレで良くもまあ戦えたモンだよ。
「えっと……他の皆は? 怪我とかない? 中川さんは?」
「わ、私は大丈夫です。その……少し、疲れましたけど」
そう言って、肩で息をして見せる中川さん。明らかに体力も無いし、あのソフトボールを見る限り決してスポーツ万能なタイプではない。自分でも言ってたし。なもんて、強がっているだけかと思ったが、見たところ目立った外傷も無さそうだし……うん、信じても良いのだろう。
「え! 大丈夫なの、鈴音? 疲れたの? えっと……少し、休む?」
「うーん……ううん、大丈夫だよ、美代子」
驚き、その後声を掛ける美代子ちゃんに対して隠しきれない疲労の色を湛えたまま、それでも笑顔を浮かべる中川さん。
「……ホント?」
「ホント、ホント。疲れたのは疲れたけど……ホラ、鹿島さんが助けてくれている間にちょっと休めたから。動けない程でも無いよ」
そう言って、『ね?』と優しく声を掛ける中川さん。その姿に美代子ちゃんが大きく息を吐く。
「そっか……良かった……」
うん、やっぱりなんだかんだでこの子はイイ子なんだな。そう思う私の目の前で、美代子ちゃんは次々と仲間に声を掛けていく。
「凛は?」
「うん? 私は……うん、全然だいじょーぶ! 平気だよ!」
「香澄は?」
「少しハッチネーンの攻撃が当たってしまいましたので血が出ていますが……問題ありません」
「え! だ、大丈夫なの、香澄!」
「心配性ですわね、美代子さん。大丈夫ですわ」
そう言って元気一杯に返事をする凛ちゃんと、嫋やかに微笑む香澄ちゃん。そんな二人に美代子ちゃんは笑顔を浮かべ、そのまま最後の一人、律子ちゃんに視線を向けた。
「律子、有難う! 貴方のグリーンバリアーのお陰で助かったわ! 腕に当たったみたいだけど……大丈夫?」
心配そうに瞳に影を落とす美代子ちゃん。そんな美代子ちゃんの言葉に、律子ちゃんが虚ろな瞳を向け――うん? 虚ろな瞳?
「――ぶじゃない」
きっと、返ってくる言葉は『大丈夫、大丈夫! いやー、ミスったぜ!』ぐらいのモノだと予想していたのだろう。私だってそうだ。あのソフトボールで見せたボーイッシュな態度を見る限り、律子ちゃんからそんな言葉が出て来てもおかしくなく……もっと言えば、出て来ないとおかしい。おかしい、筈なのに。
「……大丈夫じゃ、ない。大丈夫な……大丈夫な、訳がない!」
「えっと……り、律子?」
少しだけ、驚いた様に。
美代子ちゃんが、律子ちゃんにそう声を掛け、そのまま律子ちゃんの肩に手を置こうとして。
「――――触るなっ!」
その手を、弾かれる。弾かれたまま、ポカンと大口を開ける美代子ちゃんに、律子ちゃんがそのまま口を開き。
「何が、『私達もまだまだです』だ! 何が『もっと精進します!』だ! 何が――何が、『この街の平和を守れません』だ! なんだよ! 美代子、お前、自分が何言ってるのか分かってるのかよ!」
言葉のマシンガンを放つ。その掃射に打たれながら、それでも美代子ちゃんが健気に口を開いた。
「な、なにを言っているのかって……そ、そんなの、分かってるよ! 私たちが頑張らないと、私たちがやらないと、この街はツリー帝国に――」
「死ぬ所だったんだぞっ!」
「――っ!」
「死ぬ所だったんだぞ! 物凄く怖かったんだぞ! ホラ! 見ろよ、この手! ずっと……さっきからずっと、震えが止まんないんだよ! 怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、泣きそうだったんだから! 恭子が助けに来てくれなかったら、私たちはアイツに殺されてたのかも知れないんだぞ!」
「そ、それは……で、でも! だからこそ、頑張って強くならないとイケないんじゃないかな! そうすれば、もっと、もっと強くなれるよ! そうしたら、自分の身だって守れるよ! そうすれば――」
「それが怖いって言ってるんだよ!」
律子ちゃんの悲鳴――そう、正に悲鳴だ。悲鳴が、小高い丘に響いた。
「私達が強くなるって事は! 私達が自分の身を守るって事は! 私達の前に立った、その相手が死ぬって事だぞ! 相手を殺すって事だぞ! そして、私は……私達は、ずっとそうやってて『敵』を殺し続けて来たんだぞ!」
「そ、それは……」
「『勝てて良かったね!』なんて、笑いながらだ! 『今日は疲れた~。さ、早く帰ってテレビ見よう』なんて、楽しみながらだ! 『今日も街の平和を守った、守った』なんて、誇らし気にだ! 『来い! 返り討ちにしてやるぜ!』なんて、何にも考えず、何も感じず、何も思わずだ! 私達が倒して来た『敵』は、今の私みたいに震えながら死んでいったかもしれないんだぞ! 美代子、お前は何も思わないのかよ! お前は怖くないのかよ! 凛は、香澄は、鈴音は、何にも思わないのかよ! 殺しているんだぞ? ハッチネーンみたいに、意思があり、言葉が交わせる敵を、私達は殺して来たんだぞ! 怖くないのかよ!」
「……でも! 私達が戦わなくちゃ、この街は――」
「それは『私』が戦う理由じゃない! 『誰か』が戦う理由だ!」
「――っ!」
「――怖いよ! 私は怖いよ! なんで? ねえ、なんで? なんで私は『魔法少女』なの? 私が、なんでこんな怖い思いをしなくちゃいけないの? なんでよ! なんでなのよ! 私が何したって言うのよ! こんな、こんな怖い思いをするなんて知らなかった! こんな辛い思いをするなんて知らなかった! もっと、楽しく、明るく、格好いいモノなんだと思ってた! そんな事、全然ないじゃないか! そんな事、誰も教えてくれなかったじゃないか! なんで私が戦わなくちゃいけないんだよ! 私じゃなくてもイイじゃないか! 私じゃない、誰でもイイじゃないかっ……!」
そこまで喋り、崩れ落ちる様に律子ちゃんが座りこむ。顔に両手を当て、嗚咽を交えながら、ただ、座って泣いて、泣いて、泣き続けて。
「……魔法少女なんて……もう……やめたいよぉ……」
喉奥から漏れる、小さな、小さな声。
「……りつ……こ……」
ポツリと零れ落ちた美代子ちゃんの言葉に、反応する者は誰も居なかった。




