第二十三話 魔法少女と恋に落ちる音
「ありがとうございます、師匠! 助けに来て下さって!」
「……あー……ハイハイ」
瞳をキラキラさせたまま、こっちに詰め寄ってくる美代子ちゃん。まあ、なんだ? 確かに穢れの無い瞳だけどさ? そういう目で見られると若干照れ臭いよ、うん。
「まさか師匠がフラワーガールズの一員になって下さるなんて! 私、一生ついて行きます!」
「一生、っすか。それはちょっと……」
ぶっちゃけ、重い。そう思いながらヒラヒラと手を振って美代子ちゃんから視線を切り、ハッチネーンに目を向けた。
「――っは! な、なにカキか、お前は! なにしに来たカキ!」
先程までポカンとしていたハッチネーンだが、不意に意識を取り戻したか、分かり易いぐらいに狼狽しながら私の方を指――指? 指っぽく分かれた枝で指してくる。動揺しているのか、小刻みに震える体……というか、幹の影響で、人間でいう所の頭部分の枝がざわざわと揺れた。
「……なにしに来たカキって……見て分からない? 助けに来たんだけどさ?」
「た、助けに来たカキだと! ふ、ふん! 今更助けに来たところで遅いカキ! お前も纏めて葬ってやるカキ!」
「……」
「言葉も出ないカキか? 謝るなら今の内カキよ!」
「……」
「……どうしたカキ?」
黙ったまま、ジトーっとした瞳を向ける私に、訝し気に首を傾げて見せるハッチネーン。や、どうしたって言われても。
「……語尾が『カキ』って」
「……」
「こう……物凄く語呂が悪くない?」
っていうか、最近の魔法少女――にも限らないケド、悪役の語尾が特徴的ってあんまり見ない気がするんだけど? 昭和か。
「……」
そんな私の心無い突っ込みにしばし、絶句。その後ハッチネーンは気まずそうに顔を逸らして。
「………………仕方ねーだろうが」
「……」
「俺だって色々あるんだよ。キャラ付けとか……こう、色々。だって俺、カキノキだぞ、カキノキ。キャラ付けしないと埋もれるんだよ、四天王の中でも。バオバブとか竜血樹に交じってカキノキだぞ? 絶対俺が一番目立たないだろうが!」
お、おうふ。こう……なんだろう? 結構切実な悩みだな、それ。
「っていうか、竜血樹でも四天王なの?」
アレだろ? 切ったら血が出てくるとか言われる奴だろ? 珍しさが重要かどうかは知らないけど、結構上の地位でも良い奴じゃない? それこそ皇帝とかでも良い気がするが……
「ちなみにツリー帝国の皇帝は?」
「………………皇帝ダリア」
「……花じゃん、それ」
「下手に『ダリア』とかって名前がついてる分、恨みも深いんだよ。素人が見たら『なにアレ?』だしな」
晩秋の風物詩なんだけどな、アレ。ダリアの癖に四メートルぐらいになるし。
「――って、そんな事はどうでもいいカキ! それより、さっさと――……おい、なんで涙を堪えるカキか?」
「いや……なんだか居た堪れなくなって」
「~~!! ば、バカにするなカキ! 喰らえ、カキノキマシンガン!」
言うが早いか、ハッチネーンが自身の幹の洞から、高速渋柿弾を打ち出す。って、ちょ!
「キョーコ、力、抜いて!」
迫り来る渋柿弾に思わず身を硬くする私。そんな私の耳に飛び込んだアリサの声に、私は体の力を抜いて。
「――『ホーミング』!」
アリサの声が響いた。
「ちょ、え、は、ちょっとぉーー!」
と、同時。
握って居たアリサが、高速で迫り来る渋柿の動きに合わせる様にその身を滑らせた。勢いを殺すバントの要領で右に左に、迫ってくる渋柿弾のその勢いを殺して行った。
「一個、二個、三個ぉーーー!」
「ちょ、アリサ!」
「十五、十六、十七、ラストぉーーーーーー! キャハ! キャハハははハハハハハはははははははぁーーーーーー!」
「こ、壊れた! アリサが壊れたぁ!」
けたたましい笑い声を上げるアリサ。想像してみて欲しい。キャハハと笑いながら迫り来る渋柿の勢いを殺し続けるバット。夜中の、人通りの少ない小高い丘の上で後ろにハロウィンの原宿よろしくコスプレした中学生を五人従えて、だ。ホラーだろ、殆ど。
「キャハ……キャハハ……」
「あ、アリサ? もしもし、アリサさーん?」
ようやく落ち着いたか、アリサの笑い声が徐々に沈静化。腫物を扱う様に――まあ、事実腫物みたいだが、ともかくそんなアリサの恐る恐る声を掛ける。私のその言葉に反応したかのように、アリサはその身をブルりと震わせて。
「――――か・い・か・ん……!」
「……」
……言葉も無いんだが。
「あー……っ! やっぱり良いよねぇ~、なにかを『打つ』って! 堪らないんですケド!」
「……バトルジャンキーか」
「何言ってんのよ~。バットが打たないでどーするのよ」
「そりゃそうだけど……」
「さあ、キョーコ! 後はあのカキノキぶん殴って終わりよ! 早く私を使って! さあ、カキノキ! 渋柿の貯蔵は十分かぁ!」
「おいこら。それはバットの台詞じゃないんだが! つうか、そのセリフも色々ヤバい!」
まあ、助かったのは認めるんだが。いや、まてまて。そういう問題でも――
「――っ! 師匠! 前!」
「――っ!」
胡乱な目でアリサを見つめる私の耳に美代子ちゃんの声が飛び込んで来た。その声に、慌てて前を見れば、次の渋柿が眼前に迫って来て。
「――『ホーミング』!」
アリサの声が響く。先程までとは違い、必死さの滲む声に自身の今の『境遇』が相当ヤバい事をひしひしと感じて思わず瞳を瞑って。
――ガキーンという、鈍い音が、聞こえた。
「……へ?」
目を開けた私の目の前で、カラン、カランと音を立てて転がるソレ。ずんぐりむっくり、古ぼけ、ところどころ『欠けて』いるソレは見慣れた物体であり、およそ此処に存在するはずの無い、まあつまるところ――
「……練習用バット?」
ウチの傘立てに並んでる、練習用バットだった。ちょ、え? なんで此処に?
「キョーコさん!」
「キョーコちゃ~ん! 大丈夫ぅ~!」
アルフとキャサリンの声が聞こえてくる。そちらに視線を向けると。
「……なんだ、アレ」
やかん、辞書、電気スタンド、サッカーボール、etc.etc……アルフの周りに散乱する日用品の数々に思わず視線を逸らして……気付いた。
「……そう言えばアルフ、襟から手を入れて色んな道具を取り出す事が出来たよね」
その特性とアルフの周りの惨状に、何故だか二十二世紀の狸型ロボットの姿が浮かんで消えた。まあ……助かったけど。
「……な、なにカキか! どっから降って来たカキか、このバット! く、くぅ! 良い所を邪魔しやがってカキ! こんなもの!」
余程腹が立ったのか、ハッチネーンが大股で練習用バットに近寄ると、思いっきり足を振り上げる。勢いそのまま、バットを踏み抜こうと振り上げた足を降ろ――
「――って、へ……え、ええぇええええーーー!」
その瞬間、握って居たアリサに引き摺られる様に体がぎゅんっと前方に引っ張られる。思わずたたらを踏む私に構わず、意思を持ったアリサは一息でハッチネーンの下まで私を引き摺って。
「キョーコ、振って!」
考えるより、感じろ。
アリサの声が耳から脳髄に響いた瞬間、私は手に持ったアリサをガン振り。縮地もかくやと言わんばかりの私の行動に面食らっていたが、それでも流石は四天王。瞬間の判断で体を引く。
「――っち!」
「掠っただけか! アリサ、もう一回い――」
「キョーコ、早く拾って! 練習用バット様!」
「――く……は?」
「早く!」
アリサにせかされるまま、私は足元に落ちた練習用バットを拾い上げる。と、同時、今度は先程引っ張られた方向とは逆の……元居た場所までアリサに引っ張られる。
「……ふう」
……やば。あの瞬間はアドレナリンがばしゅばしゅ出てたからそうは思わなかったが、こうやって距離取るとちょっぴりビビる。良くもまあ、あんなトコに突っ込んだモンだ、私。
「……アリサ? アンタね? ちょっとは考えてよね? いきなりあんな――アリサ?」
よく考えなくてもアリサのせい。そう思い、少しだけ不満げにアリサに視線をやって。
「…………どしたのさ、アンタ? 大丈夫?」
まるで、恥じらう様に私の手の中で小刻みに揺れるアリサ。少しだけ上がった息遣いに、よく見ればメタリックシルバーに輝いていた表面が、仄かに紅潮している。
「……アリサ?」
「……お」
そんな私の問い掛けを、アリサは華麗にスルーして。
「――お、お怪我はありませんか、練習用バット様ぁ!」
「…………は?」




