第二十二話 魔法少女と助っ人登場
天地が逆転するんじゃないかという程、くるくると横に――あれだ、側転の要領で宙を舞う私。こんだけ回ってもスカートが捲れないってのは確かに凄い技術だとは思う。思うんだが。
「……だいじょーぶ、キョーコ? すっごく顔色悪いケドぉ?」
「だいじょばない! なんだコレ、すんっごく怖いんですけど!」
高々と宙に舞ってクルクルと回転するんだぞ? スゲー怖いわ! つうか死ぬ! この高さから落下したら確実に死んでしまう!
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
「なにが!」
「キョーコが死んでも変わりはいるもの」
「それは魔法少女じゃない! つうか、仮に言うなら私の台詞だろうが、それ!」
空を飛びながら漫才、なんていう恐らく二度は体験できず、そして二度と体験したくない経験をしながら私は落下を続ける。やがて、地面と私との距離はゼロに徐々に近くなり――
「――ふんぬぅ!」
「……うわぁ……レディの出す声じゃないぃ~」
「やかましいわ!」
奇跡的に両足から着地する事に成功。位置的にも丁度ハッチネーンとフラワーガールズの間だ。恐らくブーツにも何か仕掛けがあるのだろう、結構な高さから自由落下した割には怪我一つない。まあ、流石に足はびりびりとしびれるが、これぐらいなら全然ラッキーの範囲内だ。そう思い、私はハッチネーンに向けてバッドをビシッと突き付けて。
「「「「「…………え?」」」」
きょとんとした声は敵味方両方から。なんだか時間が止まった様な感覚に、少しだけ狼狽する。え? な、なにこの『何してんの、アンタ?』みたいな空気。
「キョーコ、キョーコ」
「な、なに?」
「常識的に考えてさ? 空から女の子振ってきたら皆あんな表情になるって思わない? 言葉も出ないに決まってるじゃ~ん」
「で、でも! 美少女モノでは良く空から降ってくるじゃん、女の子! 普通に受け入れてるよ、主人公!」
そして、概ね空から落ちて来た女の子は美少女なんだ! ほんで、結構ツンデレだったりするに決まってるんだ!
「……このゲーム脳め。アレの主人公は色々達観してるのぉ。だって、どんだけツンデレにボロクソ言われても『仕方ないな』とか言っちゃってるんだよ? フツウ、女子にあんだけ暴言吐かれたら一般の男子高校生はココロが折れるって。どこが『どこにでもいる普通の主人公』なんだか。修行僧のレベルだよ、修行僧の」
ぐ、ぐぅ。微妙に正論クサい事を。まあ確かに? 直ぐに暴力ばっかり振るうヒロインに献身的に尽くす主人公を見たら絶対ドMな性癖をしている――じゃなくて!
「んなこたぁどーでも良いでしょう! 取り敢えず!」
そう言って私は未だにポカーンとしているハッチネーンから視線を切って振り返ると、優しく見える様にフラワーレッド……美代子ちゃんに笑いかける。
「私の名前はフラワーシルバー! 義によって、助太刀するわ、フラワーガールズ!」
それだけ言って、未だにポカンとしている美代子ちゃんから視線をハッチネーンに戻す。
「……さあ、ハッチネーン!」
――なるべく、虚勢を張れ。
――自分を強く見せろ。
――自分を天才だと思え。
――何処に投げて来られても、必ず打ち返せると、『過信』しろ。
「――覚悟、しなさい!」
過去、何度となく立った、バッターボックスと云う名の『戦場』
そこに赴く時と同様、私はアリサを握る手に力を籠める。
「……自信満々じゃん、キョーコ? なに? さっきまでブルってたのは演技?」
「まさか。『練習』中の私は何時だって謙虚で、ビビりなのよ」
「ふーん……じゃあ、実戦は?」
そんなアリサの言葉に、太々しく、笑う。
「何時だって尊大で――そして、王様だ」
「……キャハ! いいじゃん、いいじゃん! 悪くないよ、その考え方ぁ! アリサ、そういうおバカだーいすき!」
「貶されてる?」
まさか、と。
「――褒めてるのよ」
……上等。アリサのその言葉に、にぃーっと頬が吊り上がるのが分かる。今ならなんだって出来る様な、そんな全能感のまま、私はハッチネーンにバッドを構え直す。
「……全力で振りぬく。アリサ、しくじるんじゃないわよ?」
「誰にモノ言ってるのってかんじぃ~。信用しなさいよね」
「信用してるに決まってんじゃん」
「……へえ? そうなの」
「託すバッドに信用を置かずに、なにがスラッガーだ」
「……そう思うなら、もうちょっと優しくしても罰が当たらないと思うんだけどぉ~? コレ終わったら買おうよ、イケメンのバッド!」
「アホか、このビッチめ」
軽口を叩きながらも徐々にテンションを高めていく。理解が追い付いていないのか、未だ固まったままのハッチネーンに対し、膝に力を溜めたまま、ぐっと重心を下に落とす。
「……キョーコ」
「なに?」
「……ちょっと格好イイじゃん、アンタ」
「……あんがと。でもやめれ。死亡フラグだ、それ」
キャハハと笑うアリサの声を受け流し、私は溜めた膝の力を開放するかの様にぐっと上に伸び上がろうと――
「――し、師匠! 師匠じゃないですか!」
――して、不意に後ろから掛かった声のせいで失敗。上半身と下半身がバラバラに動いた結果、私は『びたーん!』とまるで漫画の様に盛大にすっ転んで見せた。
「「「「………………」」」」
……い、居た堪れない。なんだか先程とは違う意味でシーンと静まり返る戦場の空気に私は転んだままの体勢で動けなくなっていた。
「し、師匠! だ、大丈夫ですか!」
……やめて、美代子ちゃん。今私、すっごく恥ずかしいから。むしろちょっと泣きそうまであるから。本当に、これ以上私は辱めないでくれない?
「し、師匠! 師匠ですよね!」
「……ひ、人違いです。私は流離の魔法少女、愛と正義とお花の愛するフラワーシルバーで――」
「誠心女子大学付属中学三年一組の鹿島恭子さんですよね! 私の師匠の!」
「所属からフルネームまでバラすな! 個人情報、大事!」
思わずがばっと起き上がり振り返った私の視線の先、そこで両手を胸の前で……アレだ、『主よ……』みたいな、祈るように組んでキラキラする美代子ちゃんの姿があった。庇護欲をそそるその視線と行動は、なんだか某消費者金融のチワワを思い出す。
「……師匠……来てくれたんですね……」
「……あー……」
……仕方ないか。
「……そうよ! 美代子ちゃん、助けに来たわ! 一緒にハッチネーンを倒しましょう!」
……こうするしかないよね、うん。
「……キョーコ?」
「……なに?」
「……ちょっと格好悪いじゃん、アンタ」
「やかましいわ!」
分かっとるわい!




