第二十一話 魔法少女と登場シーン
「……いったーい。たんこぶ出来てるし」
「もう、ホントにサイアク! キョーコと一緒に居ると碌な事が無いしぃ!」
「こっちの台詞よ、それ! アンタと一緒だと碌な事がない!」
「はあ? なによ、喧嘩売ってんの、キョーコ?」
「あん? こっちの台詞だ、それ」
頭を抑えて蹲る私に、アリサが喧嘩を売ってきやがる。ほう。上等だ、アリサ。今ならどっちが偉いか分からせて――
「――もう。貴方達、まだ懲りないのぉ~?」
――やる必要もないね、うん! 私達、仲良しだもんね、アリサ! どっちが上とか下とか、そんなの些細な事だよ、うん!
「そ、そうそう! 大丈夫~。私達、仲良しだしぃ~。ねえ、キョーコ!」
「そ、そうよ! 仲良しだよね、アリサ!」
バットと抱き合う、なんてシュールな光景を見せながらそう言って見せる私とアリサ。疑い深げにジトーっとこちらを見ていたキャサリンだったが、やがて諦めた様に溜息を吐いて見せる。
「まったく……時間も無いんだから、あんまり手を取らせないでよね~。キャサリン、困っちゃうわ」
いや、困っちゃうのはこっちの台詞だと口元まで出掛けた台詞を飲み込んでにこっと笑んで見せる。半分ぐらいはアンタのせいだと思うんだけどね、こんなに時間がかかっているの。
「本当にお願いしますよ、キョーコさん。ともかく、今はまだフラワーガールズが頑張って戦ってくれていますが戦況は芳しくありません。直ぐに『出動』を」
身をくねらせて困って見せるという悪夢に出て来そうなキャサリンをぐいっと押しのけ、アルフがそう言葉にしながらあっち――戦闘が行われている空間を指差す。つられる様に視線をそちらにやると、フラワーグリーンがなんだか防御壁っぽいモノを展開している姿が目に入った。
「……おお。ファンタジー」
「フラワーグリーンの魔法、『アイビーバリア』です。敵の攻撃を防ぎますが……いかんせん、ハッチネーンの攻撃が強すぎて押され気味です。キョーコさん、お願いします! 貴方とアリサさんの協力でハッチネーンを撃破し……そして、この世界に平和を取り戻して下さい!」
熱い台詞と共に、私の手を握ってくるアルフ。目力は強いし、ふわふわの銀髪だし、見つめられると若干ドキドキする様なイケメンにそんな風にお願いされれば、悪い気はしないだろう。きっと、ホストとかやらせたら成功するような気がする。少なくとも、魔法少女アニメなら『アルフ……うん、わかった!』とか瞳をうるうるさせて言ったりするんだろうなとは思う。思うんだが。
「……いや、そんな風に言われてもさ」
私のココロは冷めまくりだ。いや、正確には冷めているっていう訳じゃ無くて。
「……どうしろと?」
「どうしろって……先程説明したじゃないですか!」
「うん、戦略は分かった。近づいてアリサをガン振りすりゃいいんでしょ? でもさ? その『近付く』ってどうやんのよ? アイツ、めっちゃ柿の実打ってくるんでしょ?」
コレである。『頑張って倒して来い!』と言われても、具体的な戦術については何のレクチャーもないのだ。第一。
「そもそもさ? 味方の戦力何一つ分かんないのにどうやって戦うのよ? フラワーガールズの必殺技とか何一つ教えて貰ってないんだけど?」
さっきの……なんだっけ? アイビーバリア? それは見たけど、それ以外にどんな必殺技があるか知らんのだが。精々、ブルーは頭脳担当ぐらいしか。
「……」
「連携はどうしろとか、誰々の必殺技はこうだとか、そういうアドバイスは無いの?」
「……」
「……アルフ?」
「……当協会は現場主義です」
「……は?」
「規制は色々多いですが、最終的な『戦闘』に関する事項は魔法少女とBSSの選管事項となっております。各々の魔法少女が各々最適と思える戦闘方法を取って頂ければ構いません」
……イヤな予感しかしないんだが。
「……簡単に言うと?」
そんな私の言葉に、アルフは『ぐっ』サムズアップして見せて。
「――キョーコさんの、やり易いようにして下さい」
「だと思ったよっ! まさかの丸投げですか!」
「ま、丸投げとは失礼な! 違いますよ! 細々した指示を出すよりもキョーコさんがやり易いように考えているんですよ! 状況が刻一刻と変化する現場で、私が下手に指示出すより余程良いと思ってですね!」
「アンタ、サポートスタッフじゃないのか! それをサポートって言うんだったら私は英語を一から勉強しなくちゃいけないんですけど! 情報ゼロで『じゃあ、ゴー!』ってどんな自殺行為だ! 何処の世界のサポートだよ、おい!」
「で、ですが……今回は緊急事態で時間がないんです! 私だって本当はもっときちんとブリーフィングをしたかったのですが……」
「じゃあしなさいよね!」
「――だってキョーコさんが色々ごねるから! キャサリンに文句言ったり、アリサさんと喧嘩したりするから時間が無くなったんじゃないですか!」
アルフの言葉に、思わず私も言葉に詰まる。
「う、うぐぅ! そ、それは……その……」
「……あ、ああ、済みません。今のは失言でした」
珍しく声を荒げるアルフに、思わず私も頭を下げる。そんな私の行動に仕舞ったとでも思ったのか。慌てた様にアルフが言葉を続けた。
「……済みません、キョーコさん。確かに難しいディールになってしまいましたが、それでもキョーコさんなら出来ると信じています」
「……信頼感が半端ないんですけど。何も為してないわよ、私」
「それでも、です。BSSは魔法少女を信じるんですよ。私が見込んでスカウトした魔法少女です。きっと……巧くやってくれます」
そう言って、アルフが微笑んで見せる。なんだか巧く騙されてる感が否めないが……でも、言っても仕方ないか。
「……分かった。ともかく、巧くやってみる」
「そうして下さい。ああ、勿論危なくなったら直ぐに撤退して下さって構いません」
「いいの?」
「こちらの魔法少女を守るのも大事ですが、自分の事を一番に考えて行動して下さい。イヤな言い方ですが……貴方が逃げたとしても、貴方には非は全くありません。貴方の街が危険に晒される事も無いですし、誰も貴方を責めません。ですから、『気楽』に戦って下さい。自分を守りながら」
「気楽に、ね」
「作戦名は『いのちをだいじに』です」
「……おい。いいのか、それは!」
「冗談です。ですが……お気をつけて」
最後に祈るような目をして見せるアルフに苦笑を返し、私は両の手で頬をパンとはたく。ソフトボール部時代、バッターボックスに立つ前に行っていた癖は心地よい痛みと共に私の『やる気』をも覚醒させる。
「話は終わった?」
「うん、終わった。取り敢えず、作戦名は『がんがんいこうぜ』に決定よ」
「そんな話じゃなかったんじゃないの?」
「イイのよ。気分的にはそれで」
「そ。キョーコちゃんがそう言うならいいわ」
そう言ってにっこり微笑むキャサリン。その姿に、なんとなく言っておかないとイケない様な気がして。
「えっと……その、きゃ、キャサリン?」
「どーしたの、キョーコちゃん。モジモジしちゃって……レコーディング?」
「『オトイレ』ってやかましいわ! そうじゃなくて……その……きゃ、キャサリンも……その、色々言ったけど……ありがと!」
「……」
「……」
「……死亡フラグ?」
「縁起でもない! そうじゃなくて! その……こ、この衣装とか、色々と……」
「……なーにキョーコちゃん? ツンデレ? ツンデレなの? 魔法少女っぽくていいわ~ん」
「つんで――! ……もういい! 知らない!」
「アハハ。冗談よ、じょうだーん。それに、キョーコちゃん? お礼を言うのは早いわよ?」
そう言って、キャサリンは私の首根っこをむんずと掴む。へ?
「……へ?」
「魔法少女の登場シーンですもの。やっぱり空から登場が良いわよね~ん」
「ちょ、え、は?」
「じゃあ……いってらっしゃーい!」
そう言うと、『ふんぬらっ!』という野太い声と共に、キャサリンが私の首根っこ事空中に放り投げる。
「ちょ、え、ええーーーーーー!」
「頑張ってね~」
キャサリンの声が、空に響いた――って、えええええ!




