第二十話 魔法少女とスタイリスト
「……」
「……あ、あの……」
「……」
「きょ、キョーコさん? その、え、ええっと……」
「……もう」
「は、はい?」
「……もう……お嫁にいけない……」
「きょ、キョーコさん! だ、大丈夫! 大丈夫ですから! そんな事はありませんから!」
空から飛んできた更衣室に半強制的に連れ込まれた私は、アルフの言葉もどこ吹く風、さめざめと涙を流す。そんな私に慌てた様に声を掛けて来たアルフに、生気のない瞳を向けた。
「……ひんむかれた」
「……おうふ」
「……私、女子高生よ? 女子高生なのに……女子高生なのに!」
そこまで喋り、私はビシッ! と、更衣室から出て来た男性――キャサリンを指差した。
「あんな筋肉ダルマにひんむかれたのよぉー!」
のよぉー、のよぉー、のよぉー……という、私の絶叫が木霊する。そんな私の絶叫を何故かうっとりした眼で聞き流し、幾分『つやつや』したキャサリンがにこやかな笑みを見せて来やがる。
「若いっていいわね~。キョーコちゃん、お肌スベスベなんですものぉ~。私も見習ってケアしなくっちゃ!」
ウインクなんぞして見せて来やがるキャサリン。人を下着一枚にまでひんむいておいてそれは無いだろうが、それは! 訴えるぞ! そして勝つぞ!
「きょ、キョーコさん! だ、大丈夫です! キャサリンはその……み、見た目はガッツリマッチョです……けど! こ、ココロは! ココロは……な、なんでしたっけ?」
「見た目は男、ココロは乙女! 『協会のスペシャリストスタイリスト』キャサリンとは私の事よ!」
「語呂が悪い!」
なんだよ、スペシャリストスタイリストって! 出来損ないの早口言葉みたいな事を言いやがって!
「ま、まあそれはともかく! で、ですからキャサリンに、そ、その……し、下着を見られたからと言ってそんなに落ち込まないで下さい! だ、大丈夫! キャサリンは乙女ですから!」
「どの面下げてあんなガチムチを乙女とか言いやがるんですかねぇ!」
その愉快な脳味噌、シェイクしてやんよ!
「ひ、酷いわ、キョーコちゃん! 乙女のハートはデリケートなのに! ガラスのハートよ!」
「防弾ガラスでしょうが! あー! もう! 分かったわよ!」
そう言って私は髪を――赤ちゃんの頭ほどもある大きさの髪飾りを付けたサイドテールに結んだ髪をガシガシと搔き毟る。結構な力でガシガシやったにもかかわらず、私の髪はキャサリンに結われた当初の形を綺麗に維持していた。
「…………なに、これ?」
「あ! 凄いでしょ~、それ」
「いや、凄いでしょうって……結構力一杯ガシガシやったのに、一糸乱れぬってどういう事よ?」
「それが私のスペシャルスタイリストとしての力なのよ~。折角綺麗な衣装とか髪に結っても、激しい戦闘をしたら崩れちゃうでしょ? で・も! 私が髪をセットしたらどんなに激しい戦闘でも絶対にセットが乱れないのよ~」
「……」
す、凄いな、ソレ。世の整髪メーカーが軒並み倒産する能力だぞ。
「……まあ、協会のお偉方の中には『そういう』拘りの強い方もおられるのですよ。『魔法少女は『どんな時でも美しく』だ! どんな戦闘であろうとも、汗で前髪がべったりおでこに張り付いていたり、実験に失敗した科学者の様な髪型など許さん! セットが乱れるなどは言語道断だ!』と……」
「……服は?」
「……」
「……おい、何故黙る」
「……『少しぐらい、着崩れてるのは可だ! そうじゃないと戦闘した感が無いじゃないか! け、決して、露出を増やせという意味ではないからな!』との事らしく……」
「……分かった、全世界魔法少女協会は変態の巣窟だ」
色んな意味で溜息しか出て来ないわよ。酷すぎるだろう、色々。
「でも今回は大丈夫よ、キョーコちゃん!」
「……なにがよ?」
肩を落とす私に話しかけるキャサリンを半眼で睨む。そんな私の仕草にも別段気にした風もなく、キャサリンは言葉を継いだ。
「協会のお偉方の考え通りにするのは癪じゃない~? そもそも、乙女の柔肌をセーフティゾーンでじっくり鑑賞! なんて考えが気に喰わないわ! 乙女の敵よ!」
「……」
お前も乙女の柔肌を見ただろうが! と言い掛けた言葉を喉奥で留め、私は視線だけでキャサリンに続きを促す。
「だから! 今回作成した衣装、『フラワーシルバー』はその辺りもきちんと考えた作りになっているのよ! まず、全身を包む白色のワンピース型コスチュームは、『見えそうで見えない』絶妙な長さでカットしているわ! 全身にカーボンファイバーを練りこんであるから、そんなに簡単に破れない様に出来ているの! あ、ちなみに今吐いているピンクと白のニーハイも同じ繊維で出来ているから簡単には破れないわよ!」
「……さいですか」
「ちなみに、『フラワーガールズ』は各々花の精霊から力を借りているから、キョーコちゃんの衣装もそれを模した作りになっているの!」
「……力は借りて無いケド、形だけは真似したって事?」
「そういう事よ~。ちなみにイメージした花は『スノードロップ』よ!」
「……スノードロップ?」
スノードロップって……あのスノードロップ? 日本名が『待雪草』とか言われるあのスノードロップ?
「……詳しいですね、キョーコさん。普通の女の子みたいです」
「どういう意味よ! 普通の女の子よ、私は! それはともかく……へえ。スノードロップか……スノードロップね~……へえ~……」
スノードロップは四月に咲く花だ。電気のスタンドみたいに咲く花で、大きさといい形といい、可愛らしい咲き方をする花である。名前も可愛いでしょ、『スノードロップ』って。雪のしずくだぞ、雪のしずく。
「そうよ~。折角だからカワイイ方が良いかなって思って! 白銀の世界って言うぐらいだし、『フラワーシルバー』の花にぴったりかなって。花言葉も可愛いのよ? 『恋の最初のまなざし』っていうの! キャー! 乙女ぇ~」
そう言って体をクネクネと奇妙な動きをして見せるキャサリン。筋肉ダルマのクネクネなど悪夢の類でしかないが……まあ、うん。確かにこの衣装は良く見ると結構カワイイのカワイイ。白を基調としているから、なんとなく『清楚』な感じもするし……こう、なんだ。ぶっちゃけ悪くないよ、うん。
「清楚とか! チョーウケるんですけどぉ~。っていうかぁ~。キョーコ、なんだかニヤニヤしてちょっとキモいし~」
「……アリサ」
なんだか理不尽な罵倒に思わず声のした方を振り向く。そこにはアリサを手に持って、少しだけ困った表情を浮かべるアルフの姿があった。
「っていうか、『清楚』って何よ~、清楚って~。キョーコ、清楚キャラじゃなくなーい?」
「……あん? なんだ、このクソバット? つうか、ゴルフクラブだイケメンのバットだとかいうビッチバットに言われたくないんですけどぉ?」
「ほら~。普通、清楚系の子は『クソバット』なんて言わないしぃ~。っていうかぁ~。何処の世界にバット振り回す清楚系が居るんだよ! って話だしぃ~?」
「……ははは。そうねぇ~。言われて見ればそうかもぉ~。確かに、何処の世界にバット振り回す魔法少女の清楚系が居るんだよって、話だよね~。いや~、恭子、うっかりぃ~。流石、グリップがピンクなだけありますねぇ~、アリサさん。よ! ビッチの星!」
「でしょぉ~? あ、あとその言い方、ぶっちゃけキモイからぁ~。キョーコは清楚って言うより、野人っていった方が似合ってるからぁ~」
「ははは」
「キャハハ」
「……」
「……」
「「……ブッ飛ばす!」」
「ちょ、お、お二人とも! 止めて下さい!」
「止めるな、アルフ! 今日こそこのクソバット、叩き折ってやる!」
「やれるもんならやってみればぁ~? そしたらキョーコ、素手でアイツと戦う事になるけどぉ!」
「アンタを使うぐらいなら練習用の鉛入りバットの方がマシだ!」
「あの死ぬまでチェリー君で? はん! やってみなさいよぉ! あ、そうそう! スノードロップの花言葉って、『貴方の死を望みます』ってのもあるから! あれ? あれあれ? 暴力的なキョーコにぴったりじゃなーい?」
「本気で叩き折る!」
「だ、だから! 本当に勘弁して下さいよ!」
私とアリサの罵り合いは、『もう~! 喧嘩したらメっ! よ!』というキャサリンの言葉と、拳骨という実力行使まで延々と続いた。




