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第一話 魔法少女と協会の『お仕事』

 海津市。


 総人口三十万強。関東地方に位置するこの街は、平成の大合併で三つの市町村が合併して生まれた新しい街だ。基幹産業も無く、企業城下町でもない為に商業・工業でも魅力的な街では無い。観光名所と呼べる大層な代物は無く、強いて言うならば源平時代に頼朝が腰を掛けた石だとか、義経が馬で駆けた平野だとか、それぐらい。そのレベルで良いのであれば、ぶっちゃけ関東地方は名所だらけになってしまうだろう。一応人口は三十万居るから、駅前にはファストフード店(例のおかしなピエロの所)やファストフード店(山、海、太陽が名前の由来。ちなみに赤が一番うまいという都市伝説)だったり、ファストフード店(元々は千葉に本拠地を置くプロ野球団の親会社のアイスを売る目的だったらしい)、或いはファストフード店(カーネルは軍の大佐では無く、名誉称号)が立ち並ぶ。いや、別にファストフード店しか無い訳ではないけど、良くある都心部の駅前を思い出して頂ければ良い。つまり、何処にでもある地方都市ってこと。

「……貴方のせいで酷い目にあいました」

「私のせいですか? キョウコさんが大声出したのがイケなかったんじゃないです?」

「うぐっ!」

「まあ、その辺りは良いです。私が悪い、という事で。そのお詫びにこうして奢っているでしょう、ワクド」

「ワクドのチーズバーガー程度で恩に着せられても敵わないけど……ありがと。頂きます」

 無茶苦茶都会である訳ではないが、ソコソコ人通りの多い駅前で真昼間から魔法少女だなんだと大騒ぎをしていればどうなるか。まあ、周囲の視線のイタイ事、イタイ事。慌てて逃げ込んだのがこの『わくわくドーナツ』、通称ワクドだ。ちなみに『ドーナツ』と言っているが、販売商品はハンバーガー系ばかりという、JAROに喧嘩を売っているとしか思えないラインナップだったりする。

「よく考えて下さいよ。誰が……ああ、もう! 面倒くさい! いいわよね?」

「何がです?」

「敬語じゃなくて!」

 私の言葉にしかりと頷いて見せるイケメン。その仕草に私は言葉を継ごう――として、はたと思い直す。

「そういえば」

「何ですか?」

「アンタ、名前なんて言うの?」

「ああ、これは失礼。申し遅れました、私、全世界魔法少女協会のバックサポートスタッフを勤めております、アルフレッド・リグヴェートと申します。どうぞお気軽に『アルフ』とお呼びください」

「アルフさん、ね」

「『さん』は結構です。基本、魔法少女はバックサポートスタッフ……分かりやすく言えば、マスコットキャラは呼び捨てですので」

「『マスコット』の要素が微塵も無い事には眼を瞑ろう。んじゃアルフ。それじゃさっさと続きを話してくれる? 私もそんなに暇じゃないから」

 そう言って、私はセットのコーラに口を付ける。キンキンに冷えたコーラと例の『しゅわしゅわ』が喉元を過ぎていく爽快感に、少しだけ先程の溜飲を下げて。

「……なによ?」

「いえ……キョウコさん、貴方、ちょっと頭おかしいんですか?」

 とんでもなく失礼な事を抜かすアルフのネクタイを捻り上げた。

「言うに事欠いて頭がおかしいってどういう事かしら? 返答次第じゃタダじゃおかないわよ? いや、どんな返答でもタダじゃおかない!」

「し、失礼しました! 失言! しつげ――くぺ! きょ、キョウコさん! 絞まってます! 結構イイ感じで絞まってますから! 貴方の怪力は凶器何ですよ!」

「誰が怪力だ、誰が! 十六の乙女に何言ってんのよ!」

「十六の乙女は結構イイ大人のネクタイを絞めあげたりしませんから!」

 うぐぅ。せ、正論を……分かったわよ。離せばイイんでしょ、離せば!

「ケホ、ケホ……仮にも魔法少女になろうという人が暴力で解決しようとしないで下さいよ……本当に、もう!」

「あ、アンタが失礼な事言うからでしょ! 怪力って……た、確かに私は人よりちょっと力が強いかも知れないけど!」

「……ちょっと?」

「……な、なによ?」

 アルフの目がきゅぴーんと光る。あ、ヤバい。こいつ、知ってる。絶対、知ってる!

「ちょ、ちょっと、アルフさん?」

「全国中学校ソフトボール大会」

「ぎ、ぎくぅ!」

 やっぱり!

「昨年の全中のホームラン王らしいですね、キョウコさん。試合自体は二回戦で負けてるのに、本塁打五本って……可愛い顔してとんでもないですよ、貴方。流石、カレー好き」

「カレーは関係ないでしょ! い、言っておくけどホームランは腕の力だけじゃないんだからね!」

「まあ、それはそうでしょうけど……ソレでも非力じゃ無理でしょう?」

「そ、それはそうだけど! でも! ……っていうか、アンタ! なんでそんな事知ってるのよ!」

「なんで知っているって……だって、全国大会でホームラン王になったんですよ? 地元の新聞にも載っていましたし、それぐらいは調べればすぐに分かりますよ。むしろ、隠そうとしてたんですか?」

「してたわよ!」

「なんでです? そう言えば、今の高校にはソフトボール部も無いようですし」

「ど、どうでもイイでしょ、そんな事! そんな事より何よ、頭がおかしいって! 返答次第じゃブッ飛ばすわよ! この怪力で!」

 無理やりな話題の転換ではある。あるが、先程の私の『脅し』が効いたか、アルフは素直に話を戻してきた。感謝はしないが、助かったのは助かった。

「いえ……だってね? 普通、『魔法少女になって下さい』って言った人間と一緒にハンバーガー屋に入ったのみならず、『んじゃ、続き』って言うと思います? 普通は言わないんじゃないかと思うんですが。自分で言うのも何ですけど、私、相当怪しいですよ? 私なら絶対ついて行かないんですけど」

 ……ああ、なるほど。そういう事ね。

「テンプレでしょ、『魔法少女』の」

「テンプレ?」

「此処で話を聞かずに帰るって選択肢を選ぶとね? 大体、物凄い敵が来たりして、なし崩し的に魔法少女にされちゃうのよ。だから、断るんだったらきちんと話を聞いてから断った方が良いって判断よ。アルフだって、『もしかしたら……』なんて期待持って私に付きまとうのも時間の無駄でしょ?」

 私だってイヤだし、そんなの。

「……そんなモノですか?」

「そんなモノです」

 少なくとも、今まで私が見て来た魔法少女モノではそうだったのだ。

「まあいいですけど……コホン。それでは先程の話の続きをさせて頂きます。キョウコさん、全世界魔法少女協会はご存知ですか?」

「知っていると思う?」

「聞いておいて何ですが、思いませんね。全世界魔法少女協会と言うのは全世界の魔法少女を一元的に管理し、魔法少女の円滑な業務執行を助け、よりよい魔法少女ライフを送る手助けをする機関となります。フリーで活動するのは難しいですからね、魔法少女も。現状、魔法少女の九十八%が加入する機関です」

「よりよい魔法少女ライフって……っていうか、世界? アメリカとかイギリスにも魔法少女っているの? まあ、ヨーロッパには居そうな気がするけど……」

 魔法学校だってあるだろうし。ただ、なんとなくあっちの『魔法少女』とこっちのは似て非なるモノな気がするが。日本独自の文化かと思ってたわよ、魔法少女って。

「魔法を使う少女なら魔法少女ですよ。残念ながら、巫女さんはまた別の括りになりますがね。ともかく、『世界』といっても地球だけの話ではありません。異世界や平行世界を含めた『世界』を指します。現在、『この』地球上の魔法少女はキョウコさんを含めて三人ですね」

「いや、私は別にやると言ってないんだけど……まあ、いいわ。それで? さっき言ってた……なんだっけ? ぱ、パート……」

「パートナースタッフですね。ようはパートとかバイト、或いは嘱託さんと呼ばれる職群を思い浮かべて頂ければ宜しいかと」

「そう、それ。何よそれ? 魔法少女がパートなの?」

 私の疑問に、アルフが曖昧に頷いて見せる。

「その……お恥ずかしい話、どうしても世の魔法少女達はこう……『花形』に憧れていまして。『魔法少女になって敵を倒すぞ!』みたいなノリが……こう、あってですね?」

「……ああ」

 なんとなくわかるけど、それ。私? そりゃ私だって、そっちの方が良いよ。

「ですので、どうしても『事務方』をしたがらないんですよ。変な話、戦う魔法少女は結構いるんですが、運営の魔法少女には手が回っていなくてですね?」

「だから、パートタイムの魔法少女をスカウトして回っているの?」

「別に事務仕事を馬鹿にする訳では無いのですが、どうしたって『戦う魔法少女』と同じ待遇は難しいのですよ、事務をされる方に。特に給料面ではある程度の『差』は出ますし、それで同じ正職員となりますと……」

「……」

「協会には正職員規定もありますし、事務方を全部正職員にするとなると、色々と経費も増えますし人事規定の見直しもしなければなりません。そして、そんなお金は残念ながら協会には……」

「……なんか世知辛い話ね、それ」

「なんとも情けないのですが、事実ですので」

 そう言ってシュンとうな垂れて見せるアルフ。なんだろう、ちょっと可哀想に――


「……まあ、そういう訳で私共は事務職員をスカウトしている次第であります。ですが、キョウコさん。私共も滅多やたらに声を掛けている訳ではありません。『魔法少女』になる適性を持った――具体的には『私も魔法少女になってみたいな~』みたいな、若干夢見がちなティーンエイジャーに優先的に声を掛けさせて頂いております。おめでとうございます、キョウコさん。貴方の夢は叶う」


「おめでたくないし、夢見がちとか言うな、イラッとするから! 後、この国には個人情報保護法とかって素敵な法律があるんですがそれはガン無視か!」

 ――なって来ない。喧嘩売ってんのか、コイツは。

「法律は黒歴史を守ってくれませんよ?」

「黒歴史とかもっと言うなっ! いいでしょ、別に! 誰にも迷惑かけてないんだし!」

 いいじゃんか、魔法少女! 誰だって一度は憧れ――うん、高校生にもなってそれはちょっと『イタイ』のは理解しているけど! いいじゃんか、別に!

「ええ、全く構いません。むしろ僥倖です」

「僥倖じゃないわよ!」

「……一体、キョウコさんは何を怒っておられるのですか? 貴方は魔法少女に憧れている。私は貴方を魔法少女にしたい。お互いの利害が一致する、WIN―WINの関係ではないですか。怒る必要は無いかと思いますが?」

 何言ってんだ、コイツという視線が向けられる。私『に』ではない。私『から』だ。

「お互いの利害が一致する? アンタ、本気で言ってるの? もう一遍、さっきの言葉を言ってみなさいよ!」

「さっきの言葉と言うと……『WIN―WINの関係ではないですか』」

「もっと前!」

「『法律は黒歴史を守ってくれませんよ?』」

「忘れなさい! そしてもっと前!」

「えっと……ああ! 『夢見がちなティーンエイジャー』ですか!」

「アンタは私の心を抉る天才か! そこじゃなくてもっと前!」

「わかりました! 『明日の晩御飯はカレーがいいですね。駅前に美味しいインドカレーの店が出来たんですよ』ですね!」

「あったか!? そんな会話が本当にあったか!? どんな愉快な脳ミソしてやがんですかねぇ!」

「これは三日前に同僚とした会話ですね」

「そんな話は聞いてないんですけど!」

「いや、キョウコさんカレー好きでしょ?」

「いや、好きだけども! そうじゃない! そうじゃなくて!」

 そう言って私はビシッと指をイケメンに向ける。人を指差しちゃいけない? 知るかっ!

「何よ、契約って! 何処の世界に契約を交わして魔法少女になる人間がいるのよ!」

 もうちょっとこう、夢が溢れる感じでしょうよ!

「最近の流行りかと思っていましたが。契約を交わすタイプのやつ」

「はや――ったけど! 契約書に署名・捺印してるのは見た事ない!」

「ですが契約書は大事ですよ? 雇用契約は諾成契約ですので口頭でも成立しますが、後で『言った、言わない』の水掛け論になりますし」

「何の話よ、それ!」

「いえね? 最近、多いんですよ。『そんな話は聞いてない』とか『条件が悪すぎる』とか……酷いのになると『詐欺だ!』って言うのとか」

「……だから!」

 だから、何の話だ!

「ですから……まあ、アレです。お恥ずかしい話、最近の協会のお仕事で一番多いのがですね」

 少しだけ困ったように笑って。


「――魔法少女からの『訴訟』の処理、だったりしまして」


 そんな事をのたまった。


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