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第十五話 魔法少女と現場と本部


「どうするんですか!」

 六時限目が終了し、既に校内に人影がまばらになった放課後。アルフに与えられた……訳では無いが、現在はアルフの居城となった保健室。ベッドに腰掛けて困った顔を浮かべるアルフのおでこに絆創膏が貼ってある事に気付き、私は声を掛けた。

「どうしたの、それ? 医者の不養生?」

「私は医者ではありませんし、『不養生』は本来病気に使うモノです! こういう突発的な事故――例えば、花壇に咲く一輪の花を愛でていたら急にどこからともなくソフトボールが飛んできた場合などには使いませんよ!」

「……ははは」

「笑って誤魔化さないで下さいませんかねぇ! ……っていうか、結構距離があったのにトンデモないですね、キョーコさん」

「ええっと……ごめんなさい」

「あ、い、いえ。その様に素直に――って、そうじゃなくて!」

 そう言ってアルフは綺麗な銀髪をぐしゃぐしゃと搔き毟る。なにかに憑りつかれたかのようなその姿に、私はついっと視線を逸らした。

「逸らさない!」

「あー……はい。その……は、反省しています」

 いつになく表情と声音に怒気を混ぜるアルフ。逸らした視線に割り込む様に体を移動させるアルフに、私は小さく溜息を吐いた。


「……悪かったわよ。その……まさか、あんなに『クスリ』が効き過ぎるとは思っていなかったから」


 ――そう。私に『弟子』入りをしてからの美代子ちゃんは……こう、端的に言って酷かった。

「……先程、中川さんが相談に来られましたよ。『美代子ちゃん、すっかり鹿島さんに心酔しきった感じで……授業が終わった後も鹿島さんにべったりでして』って」

「……あ、あははは」

 うん。確かに美代子ちゃん、ずっと私にべったりだった。『師匠、汗が!』とか『師匠、一緒に帰りましょう!』とか言って来てたし。だがまあ、それは言ってみれば大した問題ではない。ようは私と美代子ちゃんの仲が……若干歪な形ながらも良くなっただけの話であり、当初の計画とは違うとは言え、最終的に『中川さん、ちょっと『きつい』ってよ?』という事が分かって貰えれば問題は無いからだ。

「……まあ、確かに私もびっくりしたのよ? ちょっと調子に乗って美代子ちゃんをペコンと言わせたんだけど……まさか、あれ程懐かれるとは思ってもみなかったからさ」

「……まあ、確かに。それについては私も説明が足りなかった面は否めませんし、反省すべき点はあります。その非については認めましょう。美代子さんは純粋な子です。他者の良い所を『良い』と認める事ができ、自身に足りていない所を補うための努力を怠らない、素晴らしい方です。勿論、皮肉ではなく」

 アルフの言葉に黙って私は頷く。そんな私の姿をチラリとみて、アルフは胸ポケットから一枚の紙を取り出した。

「なに、それ?」

「美代子さんのBSS……マスコットキャラですね。そのBSSからの緊急報告です」

「……イヤな予感しかしないんだけど」

「『美代子が帰って来てから、まるで何かに憑りつかれた様にずっと素振りばかりしている! 一体、何をした!』との事です」

「……」

「ちなみに、中川さんのBSSからも同様に報告が入っております。『先程、鈴音の携帯に美代子からメールが入った。明日から毎朝、『朝練』をするとの事。鈴音がショックで寝込んでいる』との事です。最後に『こちらからお願いした事で恐縮だが……マジでいい加減にしろ! 本部がする事はいつもこちらの邪魔ばかりだ! お願いだから状況を悪化させてくれるな!』と」

「……あ、あう……」

 い、居た堪れない。

「……そ、その……ご、ごめん、アルフ。私……」

 物凄く申し訳ない。そう思い、頭を下げた私にアルフの優しい声が掛かった。

「いえ……こちらこそ、済みません。先程は怒鳴ってしまいましたが……すべて貴方にお任せした私にも非があります。キョーコさんはお気になされずに」

「で、でも……その、美代子ちゃんのマスコットキャラも中川さんのマスコットキャラも怒ってるんでしょ? わ、私の……」

「美代子さんのせいではありませんよ。元々ある程度『たまって』いたのですから、仕方ありません。きっかけがキョーコさんだっただけですので」

 そう言って、小さく溜息を吐く。

「元々、本部と現場は決して仲が良好とは言えません。本部には本部の論理があり、現場には現場の論理があります。例えば……そうですね、魔法少女が敵を倒して街を救ったとします。キョーコさん、どう思います?」

 ど、どう思う? え、ええっと……それは……

「……イイ事、じゃないの?」

「ええ。魔法少女が街を救うのはイイ事です。ですが、その『救い方』に問題があればこちら……本部の方から指導が入るんです」

「……指導?」

 意味が分からず、アルフに視線を送る。その私の視線を受けたアルフがにっこりと微笑んで。



「『確かに街は救ったが、代わりにビルが一棟壊れた。どういう事だ!』と」



「……いや」

 いや……それは……ええー?

「無論、現場の意見も分かります。『敵を倒したし、街を救ったんだぞ!』と言いたい気持ちも分かりますし、『そんなもん、一々気にして戦ってたら負けるだろうが!』という意見も正論だとは思います。ですが、本部的には壊したビルの損害賠償をしなければなりません。ある程度各国政府から補填はありますが、それでも協会の財務を圧迫するのは明白です」

「……」

「魔法少女のマジックアイテムや活動費用、先日お話しした公務員試験対策講座だってロハな訳ではありません。私達の活動費用の大半が政府からの援助である点に鑑みても、『街を綺麗に守る』というのも必要な事なんですよ。下手したら、『敵よりも魔法少女が出動した方が被害が大きい!』と難癖をつけられませんからね。予算を削る為に」

「さ、流石にそれはないんじゃないかと……」

「無論です。敵を放置した方が被害は大きくなるのは当たり前ですが……それでも『少ない予算で街の平和を守って貰いたい』と政府が考え、その為の交渉カードとして切ってくる事が悪いとも言えません。何処もギリギリの予算で回している以上、どうしたってそういう意見は出ます。そして結局、それは現在活動している魔法少女にとっても不利益な事なんです。だから、私達は活動報告の提出を求めたり、被害状況についての事情説明を求めたりするのです。難癖をつけられた時に、そうではない事を証明しなければなりませんから。他ならぬ『魔法少女』を守る為にね」

 そこまで喋り、アルフは肩を落とす。

「……ですがまあ、評判が悪いんですよ。『時間の無駄』とか『本部は自分たちの事しか考えてない』とか『そんな暇はない』とか……『文句があるなら自分たちがやれ!』とか」

「……」

「こればっかりは平行線です。私も現場上がりのBSSですし、現場の意見もよく分かります。ですが……本部に居れば、本部の意見も分かるんですよ。そして、現場と本部の意見が対立する事も一概に悪いとも言えないのですよね」

 そう言って苦笑を一つ。

「……まあ、そういう訳でフラワーガールズのBSSからは苦情が毎度毎度上がって来ていました。今回の件についても、言ってみればその『流れ』の一貫ですよ。あまり気にする必要はありませんよ」

 アルフの言葉に小さく頷く。そんな私に苦笑を微笑みに変えた後、アルフは難しい顔をして見せた。


「ですが、このままで良い訳ではありませんので。取り敢えず、善後策を検討しますのでまた決定したらお話しますので……今日の所はキョーコさん、お疲れさまでした」


 そう言って丁寧に頭を下げるアルフに、つられる様に私も頭を下げた。

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