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第十四話 魔法少女と弟子入り志願者


 ソフトボールは元々『インドア・ベースボール』呼ばれていた様に、野球の冬季練習で行われていた競技が発展的に解消したスポーツである。だもんで、青空の下で行っていた野球に比べ、競技ルールに幾つかの違いがある。ボールを投げるのはアンダーに限るとか、ランナーがリードしてはいけないとか。そんな中で一番の違いは『塁間・投球距離が短い』という点が挙げられよう。ようは狭いのだ、全てが。流石、『インドア』といった感じではある。

 中学女子ソフトボールの公式ルールでは、ピッチャーとキャッチャーの距離は12.19mで、プロ野球の18.44mに比べると七割弱の距離しかない。私も詳しく計算した訳じゃないが、80キロの速度の球であれば体感では120キロぐらい出ている……らしい。

「な、なによ、今の!?」

 バッターボックスで眼を丸くしながら驚きの声を上げる美代子ちゃんをスルーして、私はヒラヒラと手を振って、キャッチャーミットに納まったボールをマジマジと見つめる律子ちゃんに声を掛けた。

「おーい、律子ちゃん。ボール~」

「……へ? ! あ、ああ!」

 私の言葉に慌てた様に律子ちゃんの返球が戻って来た。美代子ちゃんだけじゃなくて律子ちゃんもだいぶ驚いているようだが……正直、私の方が驚いていたりする。


「…………魔法少女、パねえ」


 地方大会とかでワンサイドゲームに成ったりした時や、もしもの時の為に練習試合で登板した事はあるも、私の『本職』はサードであってピッチャーではない。ソフトボールを引退して数カ月は経つし、その間に練習もしていないので体も鈍ってはいるが……ぶっちゃけ、結構全力で投げたのだ。フツウの中学生女子なら『きゃぁ!』ぐらい言って避けてもおかしくない速度、加えて私の前のピッチャーは山なりボールだったし、速く『見えている』筈なのに。

「……くっそー。なんだかちょっと凹む」

 そんなボールをキャッチして見せる律子ちゃんにしても、きちんと目で追っていた美代子ちゃんにしても……なんだろう。結構頑張って来た筈なんだけどな~、私。才能の前に霞む努力の虚しさを噛み締めながら、私は次の投球動作に入る。

「――!」

 驚いていた美代子ちゃんが慌ててバットを構え直す。最後までボールを目で追うよう、私の手元の動きに合わせて動くその姿は、なんだか小動物の様でとっても愛くるしい。

「――っ!」

 ブン、と風を切る音が美代子ちゃんのバットから聞こえる。ボールは再び律子ちゃんのミットに吸い込まれた。

「むぅ!」

 悔しそうに唇を噛む美代子ちゃん。先程までの何処かおちゃらけた瞳の色は何処へやら、こちらを睨み付ける様、闘志に燃えた瞳をこちらに向けて来る。

「今度は打つ!」

 なんとなくアテられる様なそんな瞳に思わず肩を竦める私。ソフトを辞めてこっち、あんなに真剣な表情は見た記憶が無いな、なんて益体の無い事を考えて投球モーションに入りボールを放って。


 ――ガン! と鈍い音が響いた。


「ファール!」

「………………へ?」

 間抜けな声は私の口から。目の前では痛そうにバットから離した両手をブルブルと振って見せる美代子ちゃんの姿が。


 ……。


 ………。


 …………あ、当てよった!? この子、当てよりましたよ! え? 美代子ちゃん、素人だよね? う、うわー……ガチで凹むぞ、おい!

「……くぅー! 速いね、恭子! 手がジンジンするよ! でも、私だって負けないんだからね! 絶対打つ!」

「……あ、あははは」

 私の頬からタラりと冷汗が流れる。いや、まさか当てるとは。個人的には此処で三球三振でドヤ顔する予定だったのだが……不味いね、うん。しかもボールは真後ろに飛んでたから、タイミングは合ってる。後は微修正で前に飛ばす事も可能だ。勿論、一遍当たったからといって簡単に打てるモノではない。ないが。


「……いや、打つだろJK」


 だって魔法少女で、それもリーダー格の『レッド』だぞ? 某プロ野球ゲームならピンチ◎だよ。こういう追い詰められたピンチの時は絶対リーダーはなんとかするじゃん。ソース? ニチアサだよ、ニチアサ。

「……仕方ない」

 ……仕方ない。此処で打たれたら色々考えてる事が全部パーだし……まあ、それを除いてもぶっちゃけ打たれたらめっちゃ悔しい。

「……じゃあ、行くよ! 美代子ちゃん! 私の本気、受けて見ろ!」

「こーい!」

 バットを構える美代子ちゃんに深呼吸を一つ。私はモーションに入りながらバッターボックスで振りかぶる美代子ちゃんの姿を視線で追う。

「――!?」

 美代子ちゃんが驚いた表情を浮かべたのが視界に入る。次いで、今までよりはどちらかと言えば遅い球速の私の球に、速球に合わせて起動したバットを腰と手の力で止め、それでも止めきれずに体が泳ぐ姿が。速度に合わせてバットの出だしを早くする『カン』や、既にスイングに入っているバットを止める足腰……というか、体幹の強さに内心で舌を巻く。すげーな、美代子ちゃん。

「――貰った!」

 バットの軌道修正を済ませた美代子ちゃんの顔に満面の笑み。ホームラン……は無理でもヒットは確信したのだろう、ボールに合わせる様にバットを振りぬこうとして。


「え?」


 恐らく、美代子ちゃんの視界からはボールが消えた様に見えたのだろう、少しだけ間の抜けた声が聞こえて来た。同時、律子ちゃんが取り損ねた――ど真ん中から、ストライクゾーンを逃げる様に外角に逸れた球が、バックネットに当たってガシャっという音を立てた。


「「「……」」」


 本日何度目かの沈黙。ルールを知っているのか、慌てた様にボールを拾った律子ちゃんが美代子ちゃんにタッチ。本来であれば振り逃げ成立であるも、呆然とバッターボックスに立ち竦んだままで敢え無くアウトになった美代子ちゃんに満足げに笑みを浮かべて。



「――今のはストレートではない。スライダーだ」



 ……一遍、言ってみたかったんだ、コレ。


◇◆◇◆◇


「きょ、恭子!」

「ああ、美代子ちゃん。どうしたの?」

 体育の時間が終わり、用具を片付けていた私に美代子ちゃんが後ろから声を掛けてくる。ちなみに『転校生に片付けさせるか、フツウ?』とかは思わないで欲しい。今回は自ら志願したのだ。

「どうしたの?」

 私の言葉に、下を向いてモジモジして見せる美代子ちゃん。ある意味では可愛らしいその仕草になんだかホッコリしながら――同時に、胸中で『ワルイ』笑みを浮かべて言葉を継ぐ。


「もしかして……私に文句でも言いに来た?」


 そんな私の言葉に、弾かれたように顔を上げる美代子ちゃん。瞳が揺れ、明らかに動揺が見れるそんな美代子ちゃんを見やり、私は『にっこり』と微笑んで見せた。

「あら? 正解かしら?」

「そ、そんな事っ!」

「違うの? じゃあ、何の用かしら?」

 先程と違い、今度は困ったように下を向いて拳を握りしめる美代子ちゃん。その姿を見て、私は作戦の成功を確信する。


 ……まあ、作戦と云う程大した『策』でもないが。


 結局の所、この子は全く悪気がなく『自身の能力と同等を相手に求める』子なのだ。まあ、気持ちは分からんでもない。律子ちゃんの言葉通りなら、『大した努力もせずに何でもある程度こなす』人間なのだろう。加えて、どういう選考過程を経たのかは知らんが、魔法少女に選ばれた上にリーダー格のレッドで絶賛大活躍中なんでしょ? そら、『私は神に愛されてる!』と思っても仕方がないだろう。

「まあね? 美代子ちゃんも凄いとは思うよ? そりゃ、やった事もないのにアレだけのスピード出せるってトンデモない事だよ?」

 でも、と。

「――『経験者』を前にしたら、あんなのはハエが止まってるのと同じだから」

 ……嘘です。実際、『マジか!』とか思いましたから。県大会の一回戦ぐらいなら全然余裕で勝てるレベルだから。

「なんでも出来るって思っているかも知れないケド……貴方が思う程、世の中は貴方に優しい訳じゃないわよ?」

「……」

「まあ、上には上が居るって事。分かったかしら、美代子ちゃん?」

 下を向いたまま肩を震わす美代子ちゃんに内心で頭を下げながら、私は自身の作戦が巧く行っている事を――作戦名『その高い鼻っ柱を折ってやろう作戦』――祈る。

 まあ、あれだ。きっと美代子ちゃんは『挫折』の経験が無いのだろう。この辺りで一遍、ぺこんと凹ませてやって、『私はなんでも出来る訳じゃない――はうあ! それじゃ、鈴音にも出来ない事があるんじゃ……!』とでも思って貰えればめっけもん、というザルだらけの作戦だったりする。作戦と呼ぶにもおこがましいが、まあ、ある程度効果があるのでは無かろうかというのは未だにプルプル震える美代子ちゃんを見れば分かる。もうお分かりかと思うが、わざわざ用具の後片付けをかって出たのもこの辺りが理由だったりする。流石にみんなの前では美代子ちゃんも言い難いだろうし……私だって、いじめっ子の称号を授かるのはイヤだ。

「……わかり……」

「わかり?」

「……わかりました。私には……まだまだ、出来ない事があります。ちょっとだけ、調子に乗っていたかも知れません」

 お! 思ったより効き目があったのか? さっきまでのタメ口から敬語に切り替わったあたり、余程ショックを受けたのだろうと思って――


「――済みませんでした! 私が、私が間違っていました、師匠!」


 ――……は?

「……は?」

「自分、思いあがってました! 詳しくは話せないのですが……こう、『自分は選ばれた人間だ』って思ってたんです!」

「あ……う、うん。そ、それはダメだね」

 あ、いや、確かに美代子ちゃんは『選ばれた人間』だし、そう思っても仕方ないんだよ――って、そうじゃなくて!

「……え? え、えっと……師匠?」

「はい! 私の思い上がりを正して下さった恭子さんは私の『師匠』です! これからは『師匠』と呼ばせて下さい!」

「あ、いや、さん付けって。今まで通り『恭子』で――」

「滅相もないです! 恭子さんのお陰で私は目が覚めたんです! 今までの非礼、平にご容赦下さいっ!」

「あ、別にそれは……って……え? え、ええ?」

 言っている意味がこれっぽちも理解できない。そんな私の表情を見つめながら、美代子ちゃんはとてもイイ笑顔を浮かべて。


「――一生ついて行きます、師匠!」


 ……『薬』が効き過ぎた、と悟るのに大して時間は必要なかった。

 

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