第十二話 魔法少女とソフトボール
ソフトボールという競技が生まれたのは自由の国、アメリカである。野球と酷似した競技内容から分かる通り、その競技が生まれた当初は『インドアベースボール』と呼ばれる野球の冬季練習メニューの一つであった。つまりまあ、何が言いたいかと言うと。
「セントクリストファー・ネイビスは英連邦の国だし、そんなにソフトボールって盛んじゃ無かったんでしょ? やっぱりクリケットの方が人気のスポーツだった?」
ボブカットの、少しだけ活発そうな女の子が掛ける声に微妙な笑顔を浮かべて曖昧に頷いて見せる。そんな私の姿に、ボブカットの女の子の隣にいた黒髪ロングの女の子が否定の意を込めて口を開いた。
「違いますわ、美代子さん。やはり英連邦の国ではサッカーが人気ですわよね、中川様?」
いや、英連邦の国にいた事ないから分かんない、と喉まで出かけた言葉を飲み込んで曖昧に頷いて見せる私。と、今度は私の隣にいた『ゆるふわ可愛い系』の女の子が両手を挙げて抗議の声を放った。
「えー! 違うよ、香澄ちゃん! 時代はラグビーだよ、ラグビー! ね、恭ちゃん!」
体育着に着替えた私を取り囲むよう、口々にぴーちくと喋る三人組。上から、フラワーレッドの美代子、ピンクの香澄、そしてイエローの凛だ。女の子とは基本『群れ』るイキモノだが、この幼馴染の三人組はそれ以上に仲が良い様子だ。つうか、イエロー。恭ちゃんってなんだ、恭ちゃんって。
「え、ええっと……それで? 片桐さん達は?」
「片桐さんって堅苦しいな~。いいよ、『美代子』で! 私も恭子って呼んでいい?」
「……おっけー。美代子ちゃんね」
「あ! 凛も凛も! 凛も凛の事は凛でいいよ! 凛も恭ちゃんって……にゃはは、もう呼んでるね~」
「凛がゲシュタルト崩壊。わかった、凛ちゃんね?」
「わたくしも香澄で結構ですので」
「はい、香澄ちゃん。それで? ソフトボールは? やった事あるの?」
中々にフレンドリーなかしまし娘たち。うん、悪い子じゃないんだろう、悪い子じゃ。
「ソフトボール、ですか? わたくしはそもそもスポーツがそんなに得意ではありませんので……」
「ううんっと……凛もそんなに得意じゃないかな~って」
眉根を寄せるピンクの香澄ちゃんと、にゃははと笑って見せるイエローの凛ちゃん。そんな二人を尻目に、胸を張って見せたのは美代子ちゃんだ。
「私、ソフトボールやった事あるんだ! 小学校の時にロスに短期留学してたから!」
おうふ。小学校で短期留学と来ましたか。
「まあ、美代子さんは運動神経抜群ですしね」
「そだよー! 恭ちゃん、美代子ちゃんは運動神経凄いんだよ! まるでお猿さんみたいな動きするんだ!」
「もう、凛! お猿さんは酷いよ!」
「あら? ですが確かに美代子さんの動きはお猿さんの様ですわね?」
「香澄まで酷い!」
恐らく此処までが『いつもの』パターンなのだろう、笑い合う三人娘。と、同時に体育教師の吹く笛の音が聞こえて来た。
「お! 授業が始まるみたいだね。恭子は鈴音と律子と一緒のチームだよね? じゃあ、私達とは敵同士だ! いい試合しようね!」
まるでスポ根漫画の様な事を言って手を差し出してくる美代子ちゃん。
「……まあ、お手柔らかに」
……うん、熱いね。温度差で風邪引きそうだよ。
◇◆◇◆
「えっと……鹿島さん?」
「なーに、中川さん?」
試合自体は一進一退の攻防を続けた5回の表。私達の攻撃だ。流石は……と言っていいのか悪いのか、イメージとして運動が不得意そうなお嬢様学校らしくスコアボードには綺麗に『0』が並んでいる。こちらのチームは言うに及ばずだが、美代子ちゃんチームにしても美代子ちゃんが一人で活躍をしているも後続の打線が続かない。変な話だが、エラーすら稀なのである。だってボールが前に飛ばないんだもん。
「いえ……その、鹿島さんは……」
目の前では丁度、ウチのチームのキャッチャーをしてくれているフラワーグリーンの奥井さんが美代子ちゃんの速球に見事に三振をかました場面が展開されている。流石は魔法少女、ある程度体力や運動神経には自信があるのか、少しだけ悔しそうに臍を噛んで帰って来た。
「……くっそ! 美代子のヤツ、マジで投げやがって!」
男勝りなその口調は、彼女のボーイッシュな髪型ともあってサマにはなっているも、これでも結構な名家な子女らしい。名家の子女的に大丈夫なのか、その喋り方は。
「ほれ、鈴音! 後は任せた! 美代子に一泡吹かせてやれよ!」
そう言ってバットを手渡され、バットと私の顔を行ったり来たりする中川さんの背中を押す。聞きたい事はあるのだろうが、今は試合だ、試合。
「ホラ、行け! ホームランかまして来い、鈴音!」
「ふえぇ! ほ、ホームランなんて無理よ!」
かかる声に情けない声を返してバットを引きずりながら歩く中川さん。なんだろう、物凄く『お嬢様』っぽいその姿がなんだか逆に安心させられる。
「その次は鹿島さんか……打てそう?」
「んー……どうだろうね。結構速いしね、美代子ちゃん」
「お! 美代子の事名前呼び? いいな~……ねえ、私の事も名前で呼んでよ」
「……なに? お嬢様学校では名前読みが文化なの?」
「その方が仲良くなった気がするじゃん!」
そう言ってニカっと笑って見せる奥井――律子ちゃん。うん、流石は美少女。そうやって笑えば可愛いじゃん。
「そうだね。それじゃ、私の事も恭子でイイよ」
「サンキュ。それじゃ、恭子。さあ、次のバッターは君だ!」
芝居がかった風にバッターボックスを指差す律子ちゃん。その指に視線を合わせて……バッターボックスで尻餅ついてる中川さんの姿が目に入った。
「……もう?」
「瞬殺だったな。まあ、鈴音は仕方ないけど」
……大丈夫か、魔法少女。
「恭子! ホームランかまして来い!」
「……ははは。まあ、頑張るよ」
ツーアウトで五回の表。時間的にも最終回であろうバッターボックスに向かう私。その姿を認めた美代子ちゃんが、ピッチャーサークルから元気に手を振ってきた。
「お! 最後は恭子だね! 打ち取って見せるよ!」
「お手柔らかにね」
「なーに言ってるのよ! 勝負よ、勝負! 本気出すに決まってるじゃん! 私の剛速球、打てるモノなら打ってみろ!」
漫画か何かなら、鼻から『むふー!』と息を吐き出しそうな美代子ちゃんに苦笑を浮かべながらバッターボックスに入り――
「……いやー、それにしてもソフトボール、結構簡単だね! 私、プロ目指そうかな!」
――かけて、その足を止める。
「美代子さん、ソフトボールに『プロ』はありませんわよ? 目指すならオリンピックですわ」
「およ? プロないの? なーんだ。じゃあやーめた!」
ピッチャー、キャッチャー間で繰り広げられる会話劇に両チームから仄かな笑いが生まれる。『また、美代子さんの冗談が始まりましたわ』と言わんばかりの和やかなムードの中、私もにこやかに自軍のベンチを振り返り。
「おーい、律子ちゃん」
「ん? どうした、恭子?」
「ホームラン、打って来るわ~」
沈黙は、一瞬。
「おー! 頑張れ! 打ちかませー!」
後、こちらのベンチも笑いに包まれる。お嬢様学校、爆笑とはいかないまでも口に手を当ててお上品に笑っていらっしゃる。なるほど、こういう雰囲気か。
「お! 恭子もやる気だね! そう来なくちゃ!」
こちらもピッチャーサークルで笑顔の美代子ちゃんに軽く一礼し、バッターボックスに足を踏み入れる。緊張は微塵もない、そんな私の姿にキャッチャーマスクを被った香澄ちゃんが苦笑交じりに話掛けて来た。
「美代子さんの球は中々速いですわよ?」
「うん、知ってる。凄いね、美代子ちゃん」
「では、もう少し気合を入れてバッターボックスに入って頂かないと。その様な力の抜け具合では……」
バシン、とキャッチャーミットが音を立てる。一瞬遅れて体育教師の『ストライク!』の声が響いた。
「……三振、してしまいますわよ? ホームランを打つのではなくて?」
美代子ちゃんにボールを投げ返しながらそういう香澄ちゃんに、今度はこちらが苦笑を浮かべる番。
「……うん、美代子ちゃんの球は速いね。ソフト経験無いのにも関わらずあの球を投げるのは凄いと思う」
「では、もう少し――」
「でもね、香澄ちゃん?」
「――はい?」
美代子ちゃんが投球モーションへ。そのまま、ボールは美代子ちゃんの手から離れて一直線に香澄ちゃんの待つキャッチャーミットへ。確かにスピードは速い。速いが。
「この『程度』のスピードでオリンピックなんて……ちゃんちゃらおかしいね」
カキーン、という音と共にボールが天高く宙を舞う。慌てた様にセンターを守る凛ちゃんが追いかけ様として……直ぐに諦めた。
「………………え?」
自身の放ったボールが空に吸い込まれる様に舞い上がり、校舎すら超えた事が信じられないのだろう。呆然とそちらを見つめる美代子ちゃんの目の前で、ダイアモンドを悠然と一周する私と目があった。
「美代子ちゃん?」
「…………え? あ、は、はい!」
不意な問い掛けに敬語になる美代子ちゃん。その姿が可笑しくて、少しだけ顔に微笑を浮かべて。
「――ソフトボール、ナめんな」
あれ? スポ根モノになった……?




