第十一話 魔法少女と転校生
「それでは……教室までご案内しますね?」
担任教師である桜塚薫先生の言葉に小さく頷き、私は先生の後に続く。HRの時間だからか、廊下には生徒の姿が無い。
「……緊張してますか?」
「え、ええ。少し」
「大丈夫ですよ。私の受け持つクラスは皆仲が良いですから。貴方もすぐに打ち解ける事が出来ますよ、鹿島恭子さん?」
そう言って、口元に手を当てて上品に笑う桜塚先生。なんというか、育ちの良さが滲み出ている。なんだろう? 同じ女として、『こうなりたい』と思わせてくれるような、そんな素敵な笑顔だ。
「はい。着きましたよ」
益体の無い事を考えていた私に、教室の前でニコニコ笑いながら桜塚先生がそう言う。入口に掛かったプレートには『三年一組』の文字が躍っていた。
「それでは、私が先に皆さんに鹿島さんの事を紹介します。その後、入って来てくださいね?」
そう言い残し、教室内に姿を消す桜塚先生。中では日直らしい生徒の声が聞こえて来た。
『皆さん、御機嫌よう』
『『『御機嫌よう』』』
『今日は、皆さんに新しい仲間を紹介したいと思います』
先生の声に、室内から小さなざわめきが起こる。中学三年生、しかもこんな中途半端な時期に転校生が来るなんて、まあ確かにちょっと異常だよね。
『先生、少し宜しいでしょうか?』
『何でしょう、大道寺さん?』
『この時期の転校生、と言うのは多少珍しい気がしますが……何か御事情があって?』
『ええ。セントクリストファー・ネイビスで中学生活を送られていたそうで、手続きの関係で少し日本に帰って来るのが遅れたそうです。元々日本で暮らしておられたので、日本語にも問題はありません……と、言ってもセントクリストファー・ネイビスは英連邦の一角で公用語は英語ですので、皆さん問題無いとは思いますが』
聞きましたか、奥さん。英語が公用語だから問題が無い、ですよ? つまり、全員英語がペラペラって事ですよ? どうよ、この超高学歴集団。
『それではご紹介しましょう。鹿島さん、お入りになって?』
先生の声に、私は少しだけ緊張しながら教室の扉を開ける。教室内の明るい光に目を細めて、私は教室の中に足を踏み入れて。
「――っ!」
四十人、八十組の眼が、見知らぬ眼という眼が私に注がれる。一瞬たじろいでしまうも、まあ転校生に付き物の洗礼みたいなものだ。あまり気にして――
「――っ! かし――」
いや……違う。正確には三十九人、七十八組ね。一人は良く……でもないが、見知った顔だ。私のこの突然の『登場』に驚いた様な顔で声を上げかけ、慌ててその口を両の手で塞いだ彼女に小さく目配せ。と同時、桜塚先生が私に声を掛けて来た。
「……さあ、鹿島さん。自己紹介をして?」
桜塚先生に促され、教卓の前に立つ。
「……」
大きく深呼吸。そう、ここが重要。ファーストインパクトを大事に、目立ち過ぎぬよう、さりとて苛められないよう。
「……皆さん、はじめまして。セントクリストファー・ネイビスの中学校より転校してまいりまして、本日よりこちらで皆さんと一緒に勉学に励む事になりました」
一端、そこで息を継ぐ。
「……鹿島恭子です。どうぞよろしく」
こうして、私は数か月前に卒業した筈の『中学三年生』をもう一度体験する事になった。
◇◆◇◆
結論から言えば、私はアルフの提案を受け入れて『魔法少女フラワーガール』の面々が通う、この誠心女子大学付属中学校に通う事になった。いや、うん、分かる。『お前、あんだけ反対してたじゃないか』と言う意見は良く分かるが……まあ、待って欲しい。私も抵抗したのだ。最初の話ではそうそう危険な事は無いという話であったのに敵とガチでやり合うなんて契約違反じゃないか、そもそも私はパートタイムの魔法少女だ、自分の高校生活だってあるのに、今更中学校に通うなんて時間的に無理だ、と。
『私だって自分の学生生活があるの! 留年しちゃうじゃん!』
『まあ、仰る意味は分かります』
『でしょ? だったら――』
『ですが、大丈夫!』
『――無理に決まって……大丈夫?』
『キョウコさんの通う私立天英館高校ですが、実は全世界魔法少女協会から少しばかり『出資』をさせて頂いております。言ってみれば私共はスポンサーですね』
『……それが?』
『キョウコさんの『校外学習』を受け入れて下さいました!』
『は……はぁあーーー!? こ、校外学習? なによ、それ!』
『理事長は話が分かる方でして。『いや~、私共も困っているんですよ。本当に、困っているんですよ~』って言ったら快く受け入れて下さいましたよ?』
『せ、聖職者ぁ! 生徒を売るとかどうよ!』
『いやですね、キョウコさん。私立高校は立派なビジネスですよ?』
なんて会話があり、現在に至る。今なら売られていく可愛い仔牛の気分が分かり過ぎる程分かる。あのハゲ、生徒を売るとかトンデモないヤツだ。あー! 思い出したら腹が立ってきた。
「どうでした、キョウコさん? みなさんと打ち解けられそうですか? あ! 卵焼き食べます?」
私の『ザ・不機嫌』な顔もどこ吹く風、そう言ってアルフはニコニコ顔を浮かべて見せる。騙されない。私は騙されないぞ!
「もう。そんなに不機嫌そうな顔をしないで下さい。ホラ、卵焼きですよ」
誠心女子大学付属中学校の保健室。そこで、白衣姿の『保健の先生』ルックが意外に似合っているアルフがそう言ってお弁当を広げて見せる。一応、言っておくけどサボりじゃないわよ? 昼休みなだけ。ちなみに不法侵入でも無いわよ? ここは『アルフの部屋』だ。
「……いや、やっぱりおかしいでしょ?」
「何がです?」
「何で私が中学校に通ってるのよ! 高校生よ、私!」
「中三も高一もそんなに変わりませんよ。それより卵焼きは?」
「変わるわよ! この一年は結構大きいのよ!」
「私からして見ればそんなに大差ありませんって。それにキョウコさんはお若く見えますし中学生でも問題ないです。そんな事よりホラ、卵焼き!」
「取りあえず卵焼きから離れろ!」
どんだけ卵焼き好きなキャラだ、アンタは。そんな私の言葉にぷくっと頬を膨らませて無言の抗議を上げるアルフ。ちなみに無言なのは、口いっぱいに卵焼きが入っているからだ。マジでいい加減にしろ。
「んぐ、んぐ……ぷは! ふぅ……あ、お茶取って貰えます?」
視線だけで私の後方にあるペットボトルを指すアルフ。無言のまま、私はそのペットボトルを手に取って心持力を入れて投げて見せるも、それをやすやすと掴むアルフ。なんだかその姿も気に入らない。
「……まあ、キョウコさんのお気持ちも分からないでもないですが……でもね、キョウコさん? もう此処まで来ちゃったんですからそろそろ気持ちを切り替えて頂ければ嬉しいかなって思うんですよ」
「……」
「ホラ。むくれないで」
ね、と笑って見せるアルフ。毒気の抜かれる笑顔――という訳では無いが、私は小さく溜息を吐いて肩を竦めて見せた。
「……アルフの言う通り、此処でごねても仕方ないな~とは思うわよ。もう始まっちゃった訳だし、今更『やーめた』とも言えないってのも分かるわよ」
「……ほう」
「……なに?」
「いえ……私が言うのも何ですが、もうちょっと『ごね』られるかと思っていたので。少しだけ意外です」
嬉しい誤算ですと言わんばかりの笑顔を浮かべて見せるアルフ。あー……
「……まあね? 本当はごねたい処だけど……色々と不意打ちのだまし討ちに近い感じはするけど、最終的には自分がOK出した事だし、今から『イヤだ』とは言いたくないのよ、性格的に」
色々事情はあるが、それでも『良し』としたのは自分だ。なら、自分の言動には責任が持ちたい。
「……ふむ。良い心がけだと思います」
「まあ、アンタの騙し討ちについて許した訳じゃ無いけどね?」
そう言ってアルフを睨む。そんな私の視線に肩を竦めて見せて、アルフは言葉を継いだ。
「では、何が問題で?」
「まず一点。私が学生で此処に『転校』して来たのはまあイイとして……なんでアンタは保健の先生なんてやってるのよ?」
「キョウコさん一人では不安かと思いまして。BSSとして当然かと」
「……アンタ、二時間目と三時間目の間に来たとき寝てたでしょ?」
「……あ、あはは……済みません、少しばかり寝不足で」
「仕事?」
「いえ。そうですね……溜まっているアニメのDVDの消化ですかね?」
「地獄に落ちてしまえ。ともかく、私が頑張っている時にアンタがサボっているのが気に喰わない」
「サボっている訳ではありませんが……済みません、善処します」
「二つ。なんだ、『セントクリストファー・ネイビス』って」
「英連邦を構成する島国ですね。セントクリストファー島とネイビス島で構成されて――」
「そういう事を聞いているんじゃなくて!」
「……日本のどの都市からの転校生でも色々問題があるんですよ。こちらに通う学生の皆様は良家のお嬢様が多いですし……下手な場所を出すと、『まあ、そこにはお父様の会社の支社がありますわ!』みたいな感じで突っ込まれる可能性があるので、敢えて誰も関わりのないであろう国名を出させて頂きました」
「それだ!」
「……どれです?」
心底分からないという表情を浮かべるアルフ。そんなアルフに、私は大きく息を吸い込んで。
「――どんだけ『お嬢様学校』だ、此処!」
なんかとんでもねーんですよ、その『お嬢様』っぷりが。最初の『ごきげんよう』からある程度怪しいとは思っていたが……想像の斜め上を行きやがった!
「は、はあ? えっと……?」
「訳分かんないって顔してるね? 私だって訳分かんないわよ! 私がセントクリストファー・ネイビス? の中学校行ってたって紹介したら全員英語で話しかけて来やがりましたよ! しかも、ネイティブかってぐらいの流暢な英語でね! 私、英語は中学三年間で3しか取った事ないんだよ? 分かるかっ!」
「……ええっと」
「中川さんが助けてくれて事なきを得たけどね! 『鹿島様はまだ転校して来られたばかりですので、慣れておられないのですわ』とか言ってね! 私の人生で『様』付けされたのは初めてだ! しかも、そんな私の姿を見て皆『申し訳御座いません。つい、興奮してしまって』なんて頭下げられたわ! 良い人か! どんだけお嬢様、良い人なんだ!」
「あー……まあ……本当の『お嬢様』って結構、人間出来ている人が多いんですよ」
「金持ち喧嘩せずの意味が分かったわよ! どうも有難うね! そしてどーしてくれる! あんな環境で暮らしてたら直ぐにボロが出るわ!」
肩でぜーぜーと息をする私。アレだ。良くアニメとかである『おーっほほほ』みたいなステレオタイプのお嬢様ってやつは、違う意味で幻想だ。本物は器が違うし……きっと、私とは住む世界も違う。
「……あー……ええ、まあね」
「レッドの子? ええっと……片桐美代子ちゃん、だっけ? あの子だって確かに他のお嬢様に比べれば快活だし活発だと思うけど……それでも、がっつりお嬢様だったわよ」
趣味、ピアノだってさ。スキーとテニスもしますって言ってたから、その辺りが運動神経の源泉にはなっているのかも知れないケド。
「……コメントのしようが無いのですが」
「授業の進み具合も凄い速いし……私、高校生なのに授業に完全に置いてけぼりになってるし……分かる? 皆、『仕方ありませんわ。授業の進度が違いますから』って気を使ってくれて逆に居た堪れないし……相談に来たらアルフは寝てるし」
「す、済みません!」
年下に優しくされたら泣きたくなるのだ、人は。若干ブルー入った私に、慌てた様にアルフが両手をわたわたと振って見せる。
「そ、それはご愁傷さまでした。で、ですがキョウコさん! 午後の一番目の授業! 午後の一番目の授業で挽回しましょう!」
「……午後一?」
「ええ! 今日のキョウコさんのクラスの午後の授業は体育です! 得意でしょ、体育!」
「得意だけど……でも、それってなんだか脳筋キャラっぽくない?」
「そ、そんな事ありません! ホラ! 女子高と言えば女の園です! こう、ヅカッぽい人気を獲得しましょう! 運の良い事に今日はソフトボールです!」
「……ソフトとかやんの、お嬢様学校なのに?」
テニスとか……ダンスとかだと思っていたが。そんな私の問いに、アルフが少しだけ気まずそうにポリポリと頬を掻いて見せた。
「まあ……ちょっと無理言って組み込んで貰いました。息抜きにでもなれば、と」
……あ、アルフ……
「……年下じゃなくても、優しくされたら、泣く」
「泣かないで下さい! と、とにかく! 午後はソフトボールですよ! さあ、頑張っていきましょう!」
若干、頬を引き攣らせながらそう言うアルフに、私はコクンと小さく頷いて見せた。




