第九話 魔法少女と人間関係
エレベーターに乗った感覚、が近いだろうか。
一瞬感じる浮遊感、微かに平衡感覚が狂ったような……こう、微妙なカンジに一瞬ぎゅっと目を瞑り、次に目を開けた時には既に服が一杯のウォークインクローゼットの姿は無かった。
「……なんというか……」
視界に入るのは応接セットにソファ。『魔法少女の秘密結社感』がこれっぽちも無いそんな場所に、思わず私は隣のアルフに視線を送る。
「……ようこそ全世界魔法少女協会本部へ、キョウコさん。私達は貴方を歓迎します」
「今更感が半端ない挨拶ね、それ」
「初めて本部に訪れた人にはこう声を掛けるのがルールなんですよ。それで、どうです? 協会の本部は」
「ドラマとかで見る会社の応接室ってカンジ。魔法少女感はゼロね、ゼロ」
「まあ、ココは本部ですしね。言ってみれば、魔法少女達の事務所みたいなモノですし、究極椅子と事務机だけあれば問題ありませんので」
「……そう」
なんとなく……こう、若干残念なモノがある。そんな私の気持ちが顔に出ていたか、アルフがクスリと笑みを漏らした。
「そんなにがっかりされずに。今日は難しいですが……そうですね、今度時間がある時に『工房』の方も案内しますよ」
「工房?」
「魔法少女のマジックアイテムを作ったり、魔法の練習をしていたり……後はまあ、舞台セットがあったりします」
「なによ、舞台セットって」
「先程のキョウコさんの様に『がっかり』感を出される方もおられますのでBSSがスカウトした際に、期待感をあまり強く出しておられる方だと思ったら、魔法少女『っぽい』演出をするんですよ。よくあるでしょ? 異世界の女王様に『世界を救って下さい!』って言われるパターンのやつ。王宮を模したセットに、女王様役の女優さんもスタンバイしておりますので」
「……その土地の魔法少女に解決して貰う、って言って無かった?」
地産地消は何処行ったんだ、おい。
「サイズ的に難しかったりしますので、その辺りは流動的ですね。ともかく、工房は一度案内させて頂きます。興味ありませんか?」
「……無いとは言わない」
少しだけ期待に高鳴る鼓動を誤魔化してソッポを向く私に、アルフが面白そうな視線を向けて来やがる。カンジ悪い。
「……なによ?」
「なんでもありませんよ。さて、それでは中川鈴音さんをお呼び致しましょうか」
そう言って、アルフは応接室のドアまで歩いてそのドアを開けた。ドアの端からちらっと見える景色は待合室の様なモノか、そちらに向かって『お待たせしました』などと声を掛けている。しばし後、アルフに付き従われた少女が遠慮がちに顔を出して頭を下げた。
「あ……は、初めまして! わ、私、高天原市で魔法少女をしています、『魔法少女フラワーガールズ』のフラワーブルー、中川鈴音です!」
「あ、これはご丁寧に。私、鹿島恭子です。えっと……中川さん?」
「はい」
「……」
「……」
ち、沈黙が痛い。なにか話さなければと思いながら、それでもそもそも相談事なんて、『ちょっと聞いてよ、恭子ぉー』ぐらいの友達の愚痴ぐらいしか聞いたことのない私に、こんな重苦しい空気は流石に荷が重い。溜まらず私は視線をアルフに向ける。
「ちょ、ちょっとアルフ?」
テンパり具合を察したか、私の声に小さく頷くとアルフは言葉を続けて見せた。
「彼女は最近流行りの『戦隊系魔法少女』ですよ」
「……戦隊系?」
「ええ。ご存じかとは思いますが、一昔前は魔法少女と言ったら唯一無二の存在で、一人で戦う事が多かったでしょ? 時代の流れですかね? 最近は五人組ぐらいの魔法少女が多くって」
ん? なんかその説明、変じゃないか? その言葉に若干の違和感を覚え、アルフの方に視線を向けると――中川さんに気付かれない様に小さく目配せして見せるアルフと目があった。
「……ああ」
なるほど。初対面の人間に対して『私は戦隊系魔法少女派です、うひょー!』とは言えないか。
「『魔法少女フラワーガールズ』は主に高天原市の平和を守る魔法少女です。詳細は省きますが、高天原市に眠る『ソウルコア』と呼ばれる魔力の源を狙って侵攻する悪の組織『ツリー帝国』と戦っているんです」
「花の敵が木って事?」
「どちらも地面に根を張りますからね。此処は俺のシマだ、あちらはアイツのシマだという……まあ、縄張り争いみたいなモノですよ」
アルフの説明に頷きながら、チラリと中川さんに視線を飛ばすとスゲー微妙な表情をしていた。まあ、平和を守る街をヤクザの抗争みたいに言われればああいう顔にもなるか。
「フラワーガールズは高天原市の平和を良く守って下さっています。他の魔法少女に比べても戦績・被害率とも抜群の数字を残されております。担当のBSS――マスコットキャラに聞いても何の問題も無いのですが……どうやら、中川さんには何か問題がある様ですね?」
アルフの問い掛けに、遠慮がちに、でもしっかりと中川さんは首を縦に振ったあと、口を開いた。
「パッド……私と一緒に戦ってくれる魔法獣に相談したんです。そしたら此処の存在を教えて貰って。その、あの……『秘密で、魔法少女の『悩み』を解決してくれる』部署があるって。アルフレッドさんと鹿島さんがそうなんですよね?」
「は、はあ。えっと……まあ、そうですかね?」
チラリと視線をアルフに向ける。私の視線を受け、アルフは言葉を続けた。
「大丈夫ですよ、中川さん。今回のご相談についての秘密は厳守させて頂きます。また、『通報者の地位は全力でこれを保護する』事としておりますので、貴方が此処で話した事は一切他言致しませんし、人事上不利益を被る事も御座いません。貴方の場合少し難しいでしょうが……まだ魔法少女で在りたいと思って下さるならば、勤務地の変更も受け付けております」
そんなアルフの言葉に力を得たか、中川さんがぎゅっと結んでいた口を開いた。
「その……私達、『魔法少女フラワーガールズ』は五人組の魔法少女なんです。レッド、ブルー、グリーン、イエロー、ピンクの五人組で、各々に魔法獣と呼ばれるサポートしてくれる……なんていうんでしょう? マスコットキャラ? ともかく、私にはパッドと言う魔法獣が一緒に居てくれるんです」
「そのマスコットキャラクターと折り合いが付かない?」
先程、件のパッド氏から此処の事を聞いたと言っていたのだ。ある程度相談が出来る仲である事はアルフも承知済みだろう。確認以上の意味を持たないアルフの言葉に、中川さんは予想通りにフルフルと首を左右に振って見せた。
「パッドは良い子なんです。ウチの両親も弟も、私が拾って来た子犬だと思って可愛がっていますし……それに、私の事を本当に心配もしてくれるんです。さっきも言いましたけど、私の悩みも一緒に考えてくれて」
「なるほど。では……何が問題なんでしょうか?」
アルフの問い掛けに、中川さんはもう一度言い淀む。それでも、これでは話が進まないと思ったか、なんとか口を開いて見せた。
「巧く言えないんですけど……な、なんていうんでしょう? こう……」
「大丈夫。落ち着いて話して下さい」
にっこりと笑うアルフに力を得たか、意を決した様に中川さんが言葉を放つ。
「こう――――『温度差』が」
「……は?」
……は?
「その、私達のリーダー格である『フラワーレッド』の美代子は良い子なんです。良い子なんですけど……『アツく』なるタイプなんです。そもそも、私たちが魔法少女になったのも美代子が空き家になっている廃屋に忍び込んだのが原因なんですが……ああ、それはイイんです! 私だって、育った街ですし、やっぱり大好きな街なんで愛着はあります。高天原が平和だったら良いなっていう気持ちもあるんです。あるんですけど……その、美代子は少し『やり過ぎ』でして」
「やり過ぎ、ですか? えっと……具体的にどんな感じです?」
「私たちの敵はツリー帝国なんですが、概ね敵は植物になるんです。花とは違い、人間に愛でられることのない雑草とか、排気ガスに塗れて苦しむ草とか、開発で伐採された樹木とか……そういう、『人間が憎い』って感情が大きくなると、『ソウル』と呼ばれる塊が出来るんです。そして、私達フラワーガールズはツリー帝国が生み出した怪人たちの悪意を浄化し、その後にその浄化した『ソウル』と呼ばれる宝石を回収する事が仕事になるんです」
「……自然破壊のツケが敵になるって……社会派のドラマみたいね」
「……私も思う所はあるのですが……だからといって、好き勝手させる訳にも行きませんし……」
「ごめん、話の腰を折った。続けて」
「……ともかく、その場に倒した後の『ソウル』があればイイんですけど、こう……敵が爆発するような倒し方をしたら、ソウルが何処かに飛んで行ってしまうんですよ。悪意は浄化しているので、敵を倒した後のソウルには害は無いんです。再利用も出来ませんし、そもそも物自体、魔法少女以外には見えない様になっているので、放置してもなんの問題も無いんですが……」
一息。
「『何言ってるのよ! ソウルを回収するまでが魔法少女の仕事よ!』って……美代子が言うんです……」
「……」
「ああ、いえ、美代子の言っている事も間違ってはいないんですよ? 家に帰るまでが遠足では無いですが、やっぱり最後まできちんと片付けた方が良いのは良いんです。でも、ですね? ツリー帝国と戦うのって……その、結構体力を使うんです。それにその、一応私『ブルー』なんで頭脳担当、みたいな所があってですね? 戦略とか、敵の弱点を見つけるのに特化した能力を貰ってるんで……」
「頭使うのって疲れるわよね……」
「……です。加えて私、どちらかと言うと運動は苦手でして……本当に、戦闘が終わるとくたくたに疲れてるんです。でも、『さあ、鈴音! 行くわよ』って……実は昨日も深夜の三時までソウルを探してまして」
「……断る事は出来ないの?」
「レッドの美代子とピンクの香澄、それにイエローの凛は幼馴染なんです。ですので、結構美代子にも結構言いたい事を言うのですが……私とグリーンの律子は中学からの友人なので……こう……なんて言うか……少しだけ気を使うと言いましょうか……」
「……ああ。なるほど」
友人付き合いは長さじゃない! と言う意見を否定はしないが、どうしたって長い付き合いの方が深い付き合いになりがちだ。特に、幼馴染で魔法少女っていう『秘密』を共有しているのなら特に。
「そりゃ、うまーく言わなきゃハブられるって事?」
「いえ、美代子はそういう事はしない子です」
「あれ?」
違うの?
「きっと『ごめん、鈴音! 私、鈴音がそんなに大変なの分かって無かった』って言いますし、反省もしてくれると思います」
「イイ子じゃん。それじゃさっさと言えば? ぶっちゃけ、『きつい』って。そりゃ、気も遣うでしょうけど、言わなきゃ――」
「……でもその後、『分かった! それじゃ私と一緒に特訓しよ!』っていうタイプなんです。100%、何の悪気もなく……善意で」
「――……おうふ」
な、なるほど。脳筋のパターンか。
「勿論、嫌いな訳じゃ無いですし、それ以上に得難い友人だと言うのもあります。私も、あの街を守る事に痛痒を感じてはいませんし……ちょっぴり、魔法少女に憧れていた所もありますので、嬉しいのは嬉しいんです。あまり良い言い方ではないでしょうが、お、お小遣いも増えますし……真面目にやれって怒られそうですが、皆と力を合わせて戦っていると、『部活』の感覚もあるんです。ですが、その……私も今年中学三年生でして……受験もあるんです。成績も落ちて来ていますし、出来ればもう少し勤務時間の方を考慮して頂ければ……」
そう言って中川さんは切実に――殆ど、鬼気迫る勢いで頭を下げた。




