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空母打撃軍の殲滅が完了し、王女王はCIC、戦闘指揮所で唸っていた。
いや、王女王の役目は艦長ではなく、艦隊司令官。そして、大和はその巨体と堅牢さに見合うだけの旗艦機能も備えており、大和のCICは、正確にはCIC以上の指揮統制能力を持ったOICと言うべきかもしれないが、些末な問題だろう。どうせ指揮統制するべき隷下の艦なんかないのだから。
さて、王女王が唸る理由は単純だった。
王女王は非常に強力な、それこそ稀代の名称と言っていいだけの艦隊指揮能力を有している。
戦列艦を率いた艦隊戦から最新鋭の空母打撃軍、護衛艦隊までなんでも率いれるほどのだ。
が、しかし、だ。いくら指揮能力が高くとも艦1隻では役に立たない。艦1隻で運用される場合、必要となるのは指揮能力ではなく、操艦能力である。
砲撃戦闘およびに魚雷戦闘は根本的にマンパワーがさしたる意味を成さないほど高度に自動化されているので、操艦能力だけが必須となる。
そして、王女王はそれに相応しいだけの操艦能力も持っている。被雷するようなヘボな操艦はしないし、急降下爆撃を完全回避して見せるだけの自信もある。まぁ、急降下爆撃なんか仕掛けられても操艦で回避する前に対空火器で撃墜してしまうだろうが。
さておき、今回王女王は指揮能力を発揮できなかった。
まぁ、最初に戦艦しかなかった時点で何をかいわんやだったので諦めては居たのだが、見事な操艦で華麗に敵艦隊を撃滅してやろうと考えていたのだ。
ところがどっこい、我らが総司令官KOSMOSが出張ってきて、とんでもなく荒っぽい操艦で敵をボコボコに叩きのめしてしまったのである。
つまり、王女王はCICでレーダーを眺める事しかできなかったので拗ねているのである。
せっかく、せっかく、せっかく! 艦隊戦が出来ると思ったのにである。
かつて、艦隊戦と言えばネストの華であった。
なにしろネストはメガフロート。海上に位置するが故に強襲揚陸艦でも持ち込まなければ制圧が出来ない。
が、強襲揚陸艦を持ち込んだとしても、ネストの有する艦艇がその強襲揚陸艦を撃滅する。
それ故に、ネストに戦闘が仕掛けられる場合、繰り広げられるのは艦隊戦闘なのだ。ネストと戦争をするなら、制空権と制海権を確保しないと何も始まらないのである。
さて、ネストとの戦争でまず第一に行われるのは制空権奪取のための航空戦闘であり、その後に大火力で以て、ネストの有する防衛能力を破壊するべく敵艦艇が攻め寄せる事となる。この敵艦隊と戦う事こそが艦隊の役目だ。
ネストの戦闘において航空機は制空権の完全確保をもって相対的不沈基地となるべく使われるもので、あまり花形と言える役職ではない。
と言うのも、多数の航空機で集団戦闘を行うため、戦果が部隊単位、下手をすれば全体でいくらになってしまうため、いまいち戦果が分かりにくいのだ。
加えて言えば、常時配備される航空機の数は2000を超えているため、そもそも発進すら滅多にない。
敵が攻めてきても出撃できるかもわからず、出撃出来ても敵に攻撃を加える事すら出来ない場合もあり、退屈で退屈でしょうがない部署なのだ。
一方で艦隊戦闘はまさに花形。
なにしろネストは海洋に位置するために殊更海軍力を誇示しており、ネストにおいては海軍力こそ顔と言ってもいい。
その艦隊指揮官の座は、ネストの社員全員の憧れの座なのだ。代表取締役より艦隊指揮官の座に着きたい! と思う者が最も多いほどだ。
しかし、その夢は決して叶わない。
なにしろ今までは艦隊の指揮を執っていたのは自身らの創造主や、その創造主の仲間。ネスト内においては役員や幹部と規定されるプレイヤーたちだ。
ゲームだった頃にはいくら屈指の指揮能力と言うスキルがあってもNPCなだけに搭載できるAIに限界があり、高度な判断能力を必要とする艦隊戦を任せられるようなものではなかったのだ。
それが現実に変わった事で王女王は人間と変わらないだけの判断能力を備えて艦隊戦を任せられるようになり、KOSMOSは王女王に艦隊指揮官の座を与えた。
突如として与えられた最高の憧れの座に着いて、王女王はとても張り切っていたのだ。
言ってみれば、昇進したと思ったら窓際だった、という感じだろうか。
とは言え、今後もこのような事があれば、いずれは自分が艦隊を率いる事もあろうと王女王は気を取り直す。
今回KOSMOSが同乗したのは、私物の戦艦を出したからだ。
沈没しなくとも損傷するだけで巨額の金が吹っ飛んでいく戦艦を他者の手に委ねるのは忍びなかったのだろう。
今後、ネストの保有する艦のモスボール処理が解かれて行けば、大和RMSを出す必要もなくなる。
そうなれば、今度こそKOSMOSに横車を押されることなく存分に艦隊を率いて戦闘が出来るのだ。
その日を夢見て王女王は顔を綻ばせた。
さて、空母打撃軍の撃滅に成功し、大和RMSが帰投する。
そしてそのまま乾ドックに入れられる。さすがの大和RMSと言えども、空母打撃軍と単身戦えば損傷は出る。
と言っても、砲弾やミサイルの迎撃が必要ないと判断したように、その重力偏向力場と重装甲による防御によってさしたる損傷は無かった。
それでいながら入渠して修復を施そうというのだからKOSMOSの大和RMSへの感情移入度と資金力が伺えた。
そうしてドックに大和RMSが入居された後、突貫工事でモスボール処理が解かれていくこととなる。
1か月後には往時のネスト機動艦隊が復活する事となる。世界最強の機動艦隊の再誕である。
「――――というわけですので、1か月後には空母打撃軍が3、戦艦を中核とした戦隊が1、並びにそれらに必須のイージス艦、ミサイルフリゲート、原子力潜水艦群が使用可能になります」
そう言った諸々の事情を王女王に口頭で説明し終えたKOSMOSが大きく息を吐く。が、呼吸なぞしていないので身動ぎ一つ無く、傍目からは何も分からなかった。
「しかし、その間の防衛はどうするのだ?」
「大和RMS以外の私物の艦を出します」
「まだあるのか。今度はなんだ?」
「フリゲートが4隻ありますが論外なので使いません。ノースカロライナRMS、ヨークタウンRMS級2隻がありますので、それらを。艦載機はネストの有するものが使えるので」
「なるほど、中々豪勢な艦隊だ。しかしフリゲートが論外とは?」
「ミサイルフリゲートじゃなくてフリゲートです。そのまま、正真正銘のフリゲートです」
「なんでそなた帆船なんぞ持っとるんだ」
「木工技術の習得のために建造しましたが、使い道も無いので浮かばせています」
世界によっては木造船しか使えないように設定された、大航海時代の海戦をするための世界があり、そう言った世界で使うためのものだ。
ネストはそう言った部分にはノータッチだったが、木工製作スキル向上のためにフリゲートが建造されるのはよくある事だった。
そのフリゲートを作ったまま放置し続けていたため近代的な海軍の中にフリゲートがぽつんとあるのだ。
「ふむ。しかし空母が2、か。艦載機は余が決めてもよいのか?」
「構いませんが、どうするつもりですか」
「ノースカロライナRMSがどれほどのものかわからぬが、大和RMS相当のものなのだろう?」
「いえ。残念ながら、ノースカロライナRMSは大和RMSの一世代前の戦艦です。ですので、防御能力や主機出力が多少劣ります。大和RMSは重力機関とレーザー核融合ですが、ノースカロライナRMSは重力機関のみです」
「となると、大和RMSほどの速力は出せないという事か。防空能力は?」
「そちらに関しては問題ありません」
「ならばいい。となると、空母は制空権を確保するのに専念した方がよさそうだな。あの程度の軍相手ならば、その方が被害は少なく出来る。もうちょっとうまい事やる軍ならばこちらも対艦攻撃を仕掛けて護衛戦闘機を掻きまわす必要があるのだが……あれではな」
「そうですか」
「そういうわけで、WF-4183を満載しておいてくれ」
「分かりました」
「しかし……あの戦闘機、名前はどうにかならんのか?」
「残念ながら、私が殺意と誠意を持って交渉に当たったのですが、改名は受け入れられませんでした。と言うより、俺は作ってない、とすっとぼけた事を言うばかりで作った事すら認めませんでした」
「そうか……まぁ、名前がいいからと言ってマルチロールのFA-Zelatorを積むのもアレだしな。WF-4183でも対艦攻撃は出来んわけではないし……」
「内容が決まりましたら最上級定義で書類を提出しておいてください。低級ですと処理が後回しになるので」
「ああ、分かった。あ、そうだ。そなたの作っていた奴はどうだ? あれは確かWF-4183を超えるべく作っていただろう?」
「FA-Practicusは所定の目標は達成できましたが、ステルス性の問題でアクティブステルスを積む必要があって調達コストが高騰したため、2機をテスト建造してお蔵入りになりました」
「そうか。残念だ」
「そうですね、私も残念です」
実際、KOSMOSとしても残念なのだ。自分の設計・建造したものが組織として運用するには問題があって採用できないというのは。
ネストと言う巨大企業を運営し、戦闘力を維持し続けるにはコスト問題も決して無視できないのだ。
ネットゲームなだけあって、多少趣味を入れても問題ないのだが、さすがに1機当たりの調達費用が800万COMMも跳ね上がるとなれば頷く事は出来ない。
なにしろネストの有する航空機は数が多い。同様の運用をする既存の機から更新し、維持するのに途方もない金銭がかかるとなれば趣味を押し通すのは難しいのだ。
なんでもできるuniverse online。FPSも出来れば戦略シミュレーション、フライトシミュレーターとしても遊べるし、マリンスポーツゲームとして遊ぶことだって出来る。とても虚しいが、自分でNPCを製造して恋愛ゲームも出来る。とても虚しいが。
企業運営は戦略シミュレーションの分類に入る。
戦略シミュレーションともなれば、戦略級、戦術級と組み変わって来るが、ネストほどの企業運営となると戦略級になる。
そうすると大事になって来るのは資源。資源はお金に置き換えられるし、同時にコストとも言える。
巨大企業の運営者は何時だってコストに頭を悩ませるもので、KOSMOSも同様にコストに悩まされた結果として自身の作った航空機は採用を見送ったのだ。
楽しむためのゲームなのに苦しんでどうすんのよ、と突っ込まれるかもしれないが、それ以上にKOSMOSはuniverse onlineが好きで、ネストが好きだったのだ。
まぁ、要するに戦略シミュレーションを楽しめるような人間だったという事だ。
世の中にはコストに頭を悩ませつつも、会社の業績にニヘラニヘラ笑う種別の変態も居るのである。
つまりKOSMOSも変態である。まぁ、美女にも美青年にも見えるような筐体を使ってる時点で十分変態の誹りは免れないのだが、ちょっと方向性が違う。
「しかしコストの高騰か……それを言ったらそなたのRMSはどうなのだ。あれはコストが凄まじいのではないか?」
「確かに目玉が飛び出そうなほどに高額な維持費と補修費が必要ですが、私物にいくら金をかけようが私の勝手です。RMSの補修代金に悲鳴を上げたとしても、それはむしろ嬌声です」
「そ、そうか。まぁ、そなたがそう言うのならばそうなのだろうな……」
やっぱKOSMOSは変人なのだな、と王女王が納得する。
まぁ、私費で戦艦と空母を2隻ずつ保有するような酔狂な輩が変人でないわけもないのだが。
「さて……では、余は少しミーティングルームに篭らせてもらうとする。そなたの空母の諸元を貰ってもいいか?」
「転送しました」
確かに空母の諸元を知らないでは搭載する機の選定もままならない。
忘れていた自分の手落ちだな、と思いつつもKOSMOSはデータを転送し終える。
「うむ、確かに。空母の方はそれほど異様ではないな。電磁カタパルトの最大速度が2400キロと言うのは気になるが。パイロット死ぬぞ」
「死なないパイロットを使えばいいのです」
「アンドロイドなら確かに乗せられるが……まぁ、電磁式は加速度をコントロールできるしな。2400キロも出せねばいいだけか」
「そうですね」
「では、余はそろそろ行くとしよう。あ、そうそう。そなた料理がうまいそうだな。ネットワークでマーマレードが自慢しまくっていたぞ。今度、余にも振る舞ってくれ」
「わかりました」
立ち去っていく王女王を見送ると、KOSMOSは苦笑する。
思うがまま戦略シミュレーションに没頭し続けられる状況。AIであるが故に睡眠も休息も不要。
人間でいう疲労に当たる、メモリの占有やレジストリの過剰保管も解放したり削除したりでなんとでもなってしまう。
更には、それが仕事である、という事だ。やりたいからやる、ではなく、やるべきことだからやっている、という名目をつけて、好きなだけ没頭できる。
自分は今、とてもいい空気を吸っているな、と、彼は苦笑したのだった。