あああああ
「うむ、見事な船だ。余には負けるがなかなか美しい船ではないか」
船と美しさで張り合うバカを無視してKOSMOSが跳躍する。
完全な機械で構成されているKOSMOSの筐体は見た目からはかけ離れた身体能力を有している。
それだけに、せいぜい数十メートルの距離を跳ぶ程度は容易い事であり、軽々と艦の甲板へと飛び乗っていた。
「ああ、待て!」
遅れて王女王が艦へと飛び乗る。
王女王は人間だが、各種のナノマシンを投与されて体質が改善されているため、見た目以上の身体能力がある……と言う設定だ。
universe onlineで人間種族が異常な力を持つのは全てナノマシンのおかげと言う事になっている。さすがナノマシン、何でもできる。
「ふむ、確かにかなり近代的な船のようだな。これならばまぁ問題ないかもしれんが、1隻だけで大丈夫か?」
「私が演算代行をします。この艦の能力ならば、航空母艦が相手ならば負けはしません」
よほど大和RMSに自信があるのか、KOSMOSが誇らしげに言う。
言葉自体は無味乾燥なので錯覚かもしれないが、王女王には少なくともそう見えた。
「そなたがそう言うのであればそうなのであろうな。それに、そなたが演算代行をするのならば問題あるまい」
KOSMOSの処理能力があればたいていの艦は電子設備に関してはフルスペックで活動する事が出来る。
レーダー類がない船であっても、KOSMOSの観測したデータを用いればある程度は正確な射撃が出来るだろう。
言ってみればKOSMOSはレーダー替わりが出来るのである。まぁ、せいぜい筐体に積める電子機器なので、ちゃんとしたレーダーには負けるが。
「では、大和RMS、出撃」
大和RMSが重低音の不可思議な響きを立てて動き出す。
主動力はレーザー核融合、副動力は抗重力機関と言う凄まじく贅沢なツインドライブにより、大和RMSはその巨体に反して通常速力38ノットと言う桁違いの機動力を有している。
更に、停止状態から最大速力まで25秒と言う桁違いの加速力も有している。
「なかなか速い船だな。KOSMOSよ、この艦は何ノット出るのだ?」
「通常速力で38ノット。最大速力は72ノットです」
「72!? パワーボートかこれは!?」
「戦艦ですが」
72ノット。時速に直すと130キロと少しだ。水上艦で普通は出せる速度ではない。
それも、戦艦と言う超重量艦がまかり間違っても出していい速度ではない。
「水中速力はいくらか落ちて50ノットです」
「ちょっと待て。水中速力? 今、水中速力と言うたか?」
「はい」
「つまり、これはなにか? 潜水能力を有しているのか?」
「はい。大和RMSは可潜艦です」
こんな馬鹿げた巨体を有する艦が可潜艦って……と王女王は眩暈を覚える気分だった。
そもそも、可潜艦にする意味があるのかどうか。
KOSMOSに聞けば、潜航能力を有しているのは他の用途の副産物でしかないとわかるのだが、王女王はそんなことを聞く余裕はなかった。
「ま、まぁいい。速力があるのはいい事だ。たぶんな」
「そうでしょう」
早い事はいい事だ。そう言わんばかりの態度でKOSMOSがうんうんと頷く。
実はこやつ、割と感情豊かなのか? と王女王が疑問に思った直後、KOSMOSが艦の前方に視線を移す。
「レーダー照射を受けました」
「む、接敵か。余はCICに向かう。マップをくれ」
「転送しました」
言われた直後には送られてきた艦内構造のデータを見ながら王女王が艦の内部へと向かう。
そしてKOSMOSは跳躍すると、艦の規模からすればだいぶ小さい艦橋へと飛び乗り、その頂点へと向かう。
フェーズドアレイレーダーが設置されたそれより上部、細いアンテナに、神がかったバランス感覚でKOSMOSが立つ。
正真正銘の艦の最上部で、KOSMOSの視線の先にはレーダー照射を行った艦載機たちの姿が見えていた。
既に艦載機は発艦しており、空母周辺を旋回しているのだろう。動きからして、何らかの中心点を持った円運動だ。
出撃前に確認できた空母の数は4。その周辺には無数の艦が展開しており、その中にはいわゆるイージス艦と言われる艦隊防空を担う種別の艦も含まれているのだろう。
現在の海上戦力が戦艦1隻しかないネストとしては、かなり絶望的な戦力と言えるだろう。
「問題はないな」
そうKOSMOSが呟くと同時、艦の運行システムに介入し、艦の開口部を全て閉鎖する。
それと同時に艦内部のバラストタンクに大量の海水が注入される。
ただでさ喫水の深い戦艦、重武装が施され装甲の厚い大和は意図的と言えるほどに喫水が深く造られている。
バラストタンクへの注水によって大和の喫水は更に深まり、甲板までもが水中へと没し、マストまでもが潜航してゆく。
大和は可潜艦である――――それを如実に示す姿となって、大和は完全に水中へと潜航した。
数十メートルの高さを持つ艦橋までもが水中に没し、残されているのは長大なアンテナ上部に立つKOSMOSのみ。
まるで海上に人間が立っているような奇怪な光景がそこにはある。
そして、造波抵抗を受けることのない水中において、大和がその真の速力を発揮する。
水上速力と水中速力。その双方を考えれば、造波抵抗を受ける事のない水中の方がさらなる速度を手にする事が出来る。
水中での抵抗が多い艦体をしていれば水中速力が下がる事もあろう。だが、大和にはそれを回避する手段が存在している。
大和の周辺を覆い囲む重力偏向によって造られる特殊力場。
それによって大和周辺の水流は周辺水流から隔絶される。
後部のみ解放された特殊力場は推進力を一点に集中し、周囲に張り巡らされた重力偏向力場は擬似的に涙滴型の艦形を有するかのような水中特性を発揮する。
そして、そこにKOSMOSの超絶の処理能力が加わる事によって、重力偏向フィールドが細かな形状変化を行う。
外面上はさほど変わらないが、ミクロ的な視点まで行けばそれは途方もない変化をしていた。
そして、機関出力が最大にまで高められ、大和の動力が有する最大速力が解放される。
それと同時、大和周辺で大量の気泡が発生した。
キャビテーションと言われる効果によって発生する無数のマイクロサイズの泡。それが艦周辺を覆い――――大和は水中速力110ノットを叩き出す。
キャビテーション効果を積極的に利用したスーパーキャビテーション艦形。
抗重力機関の発する重力偏向力場と、KOSMOSの超絶の処理能力によって適宜調整されながら造られるキャビテーション効果を生み出すのに適した重力偏向力場の形状。
大和RMSと言う超大和と、特級AIの有する他の追随を許さない処理能力。
その2つがあってようやく実現する、常識外れの速力。
元来、大和RMSの有する水中速力が50ノットであることを考えればまさに桁違いの数値。
水上速力72ノットとて、抗重力機関による艦重量の抑制と、後方への重力偏向、スクリューの生み出す推進力、機関出力過負荷、それらが組み合わさってようやく発揮される速力なのに、だ。
その規格外の速力を以て、大和RMSは水中を潜航し一挙に空母群へと接近していく。
空母群を巣として旋回するかのごとく飛び回っていた艦載機群が動きを変え、編隊を構成すると一挙に大和へと襲い掛かっていく。
「よくわからん戦法だな。なんだこれは」
周辺の艦がミサイルを発射するわけでもなく、艦載機群のみが一斉に襲い掛かる。全く持って意味不明である。
CICにてなんで水中に潜航したんだとか騒いでいる王女王も、レーダーの返す反応から困惑気味だった。
『KOSMOSよ、レーダーを見る限り艦載機群が襲い掛かっておるようだが……』
大和のCICからの通信がKOSMOSへと届く。
「はい。艦載機群のみがこちらへと襲い掛かって来ています。ミサイル発射確認、着弾まで7秒」
艦載機が一斉にミサイルを放つ。それを確認すると同時、大和RMSが更に潜航する。
既に最深部では推進80メートルに達し、KOSMOSも完全に水中に没している。
別に酸素が必要な筐体を使っているわけでもないのでさしたる問題も無いが。
呼吸を意識する人間が居ないように、今の今までKOSMOSも呼吸を意識などしていなかったが、それでも自分が呼吸をしていない事に気付くと不思議な気分だった。
それでも違和感がないのは、呼吸など最初から必要のないAIだからこそなのだろう。
汚染されている雰囲気も特に感じられない水中を目にしているKOSMOSの上方でミサイルが起爆した。
対潜能力のないミサイルが海面に着弾して起爆したのだろう。
それにさしたる感慨も抱いた様子も無く、KOSMOSが王女王へと声を向ける。
「さて、王女王。空母を相手に距離を取るのは完全なる愚策。可能な限りの接敵が必要でしょう」
『うむ……主砲の射程は?』
「到達距離で言えば50キロを超えますが、命中率80%以上を維持するのであれば、射程は25キロメートル前後と言ったところでしょう」
『それはKOSMOSが弾道計算をしても、か?』
「砲身状態如何で弾道に変化も生まれますし、敵の機動次第で回避されますので、100%保障できません。しかし、10キロメートル圏内ならば命中率95%を約束しましょう」
『となれば、アウトレンジ戦法が取れないほど至近にまで接近する必要がある、か』
元々、空母と戦艦では射程が違い過ぎる。
空母そのものの攻撃能力は皆無だが、空母が搭載する艦載機たちを攻撃能力と考えれば、その到達距離は他の戦闘艦とは文字通りに桁が違う。
その空母と、どれだけあがいたところで主砲の射程が50キロメートルを超えない戦艦では、どうあってもインレンジに持ち込むしかない。
『一応聞くが、ミサイルは当然あるな?』
「本体セルのみで対空ミサイルが126基、対艦ミサイルが24基、対潜ミサイルが16基あります。本来は箱型発射筒などを追加装備するのですが、半モスボール状態でしたので」
『やたら偏っとるな……と言うか、なんぼなんでも積み過ぎであろう』
「大和RMSの設計思想は、対空攻撃によって敵の制空権を破壊し、砲撃戦闘によって敵を制圧すると言うものです。そのための抗重力機関による重力偏向力場であり、そのための大口径主砲であり、そのための装甲であり、そのための対空装備です」
完全に時代に逆行したと言ってもいいコンセプトだが、この大和RMSが誕生した世界においては、それ以外に選択肢が存在していなかった。
空母の有用性が実証された後の戦艦たち。それをそのまま発展させたかのような大和RMS。
空母相手への切り札とはなり得ない。だが、空母に対し抗しえる存在ではあった。
『であれば、突貫するほかにあるまいな。浮上地点はそなたに任せる。最適な位置を頼む』
「諒解しました。方向、よろし。最大速力、続けます」
豪快に大量の気泡を発しながら大和RMSは海中を往く。
隠密性など欠片も無いその姿は、ここにこそ海の女王は居るのだと喧伝しているかのようだった。
遥かなる時代を経て甦りし海の女王、鋼鉄の怪物は、この海を我が物顔で往くのだ。
そして、水中を往く大和RMSは、傷一つないままに目標地点へと辿り着き、浮上する。
「さあ――――甦れ、海の女王よ。美しき鋼鉄の怪物、超戦艦大和よ」
そして、彼の言葉に呼応するかのように、それは水面を切り裂いて現れた。
水面下に潜んでいたそれは、全長にして332メートルを誇る超々弩級戦艦。
抗重力航行機関を備え、水上速力72ノット、水中速力50ノットを発揮し、搭載する51センチ3連装砲は比類なき大口径砲であった。
それはある世界にて生み出された人類の牙だった。人類が生み出した最期の抵抗の産物。大和級戦艦1番艦。
かつてuniverse onlineが、とあるアニメとコラボレーションした際に実装された設計図から造り出される海上艦。
KOSMOSの一番のお気に入りであり……ゲームにおいては産廃として日の目を全く見る事がなかった戦艦。
その戦艦が、速度を緩める事も無いままに、敵空母の横っ腹へと激突した。
『のわああぁぁぁぁぁっ!? こ、攻撃か!? いや、これは、な、な、何を考えているのだそなた! 正気か!?』
「正気です」
『この時代に衝角戦術など、ありえるか!』
衝角。それは艦首に取り付けられた突起物。激突によって、敵艦の喫水下を突き破るための構造。
大和は、バルバス・バウと呼ばれる艦首形状を採用している。そのバルバス・バウを可能な限り尖らせ、衝角として用いたのだ、KOSMOSは。
「この大和においてはあり得るのです。趣味が含まれるのは認めますがね」
それでも、空母に対し可能な限り接敵するのに際し、衝角戦術を用いて1隻の横っ腹に穴を開ける意味は確かにあった。
強烈な速力によって穴の開いた空母の横っ腹。それを更に押し広げるように、機関出力は限界まで振り絞られる。
そして、めきめきと音を立てて空母が断裂してゆく。
それを見逃せぬと言わんばかりに、無数の艦載機たちが空から大和へと襲い掛かる。
その猛然と襲い掛かる航空機たちを目にして、KOSMOSがそれを嘲る。
この大和RMSに対し、空対艦攻撃など無意味だと。
おっとり刀で駆け付けた周辺の敵艦たちを見渡しながら、KOSMOSは大和RMSへと新たなる命令を下す。
「なんだったかな。漫画では、確か、アルマゲドンモード、だったか。全自動での迎撃がそんな名前だった。アルマゲドンモード、移行」
大和に搭載された高度な防空システム。イージスシステムの発展改良型とも言えるそれは、KOSMOSの有する処理能力の後押しを受けて最高の性能を発揮する。
1200もの同時追尾能力によって、大和は空を往くすべての対艦ミサイルと航空機を捕捉していた。
そして、指揮決定システムが武器管制システムに攻撃命令を下し、射撃管制システムが正確な攻撃を行う。
それらの最中に行われる処理の全てをKOSMOSが代行し、結果として数コンマミリ秒と言う規格外の速さで攻撃が行われる。
この時、KOSMOSは自分が処理を代行するならアルマゲドンモードとは言えないのではないかと思ったが、判断は大和側のシステムが下しているので問題ないだろうと自分をごまかした。
54口径127ミリ単装速射砲18基が航空機に射撃を開始する。
対空フッ化重水素レーザーが敵対艦ミサイルを迎撃する。
艦対空スタンダードミサイルが敵砲弾を迎撃する。
空を往く鋼の鳥たちが次々と落とされてゆく。
ただの一発で艦を沈める事が可能なミサイルが放たれる光条によって次々と空中で起爆していく。
弧を描き空を往く砲弾が、何の成果も出さずにミサイルによって蹴散らされ、大和に掠りもせずに海面へと着弾していく。
「なるほど。この程度であれば迎撃など不要か」
空中で次々と爆発し、あるいは吹き散らされる砲弾を視認したKOSMOSが内心で嘲笑った。
この程度の攻撃では大和に傷一つつける事が出来ない。
大和は自身の主砲弾の直撃を受けようと沈没することのない重装甲が施されている。
800㎜を超える複合素材による超重装甲は、この場において行われるすべての攻撃に対し十二分に耐え切ると目されている。
そして、それと同時に、本来の大和にはない、近代化改修によって追加された機能群は、それらを超える防御能力を発揮する。
KOSMOSは迎撃行為を一部除き取りやめた。する必要がなかったからだ。
行われ続けているのはただ一つ、航空機の迎撃であり、理由は空をブンブン飛び回っているのが目障りだから。
そんな理由で、1機で数十億円のそれらが次々と撃墜されていく。
大和。100年に渡る異星人との戦争が繰り広げられる世界に生まれ落ちた海の女王。
敵勢力の高度に過ぎる対空能力と大艦巨砲が、現代に時代遅れの鋼鉄の怪物を甦らせた。
最後の希望として生まれ落ちた美しき鋼鉄の怪物は、化け物たちへの牙として海を往くはずだった。
だというのに、今ここにある大和が牙を剥くのは恐らくは人類。何ともまた皮肉な話であった。
「さあ、大和。お前の力を見せつけてやれ」
51センチ3連装砲塔が悲鳴を上げるかのような音を立てながら、敵空母へと照準を行う。
砲身仰角0度。距離にしてわずかに400メートル。まごう事なきゼロ距離射撃。
なお、ゼロ距離とは砲身が水平となる距離の事であって、射撃目標と砲口の距離がゼロであるのは接射である。
ゼロ距離射撃であれば、如何なる偶然が重なったところで命中しないわけがなかった。
そして、空前絶後の鉄量を放つ砲が、今ここに雄叫びを上げる。
400キログラムを超える高性能炸薬。
それが基点となる炸薬への着火によって、連鎖的に化学反応を起こす。
急激かつ連鎖的な化学反応、それは爆発と言えるものとなり、凄まじい衝撃力と爆圧を生み出す。
その爆圧こそが、2トンにも及ぶ大質量の砲弾に初速を与え、今まさに大和の牙として搭載される51センチ3連装砲が火を噴いた。
放たれた砲弾は空母の薄い横っ腹に直撃し、内部にて起爆。
現代戦向けの構造をしていたのだろう空母はその一撃でほぼ戦闘不能なほどの被害を蒙っていた。
ダメージコントロールをいくらしたところで無意味だろうと思えるほどの状態だった。
『ほほう、素晴らしいではないか、大和は。ところでKOSMOSよ、何を遊んでいるのだ?』
「問題ありません」
アンテナ部に右手だけでぶら下がっていたKOSMOSが懸垂の要領で体を持ち上げて上に跳ぶと、再びアンテナに着地する。
51センチ砲の炸薬の爆圧、すなわちブラスト圧。それは毎平方センチ当たりにして13㎏と言う馬鹿げた値だ。
41センチ砲が3.5㎏、46センチ砲が7.0㎏であることを思えば妥当かもしれないその数値、だがそのブラスト圧は、下手をすれば艦そのものに損傷を与えるほどの圧力だ。
まして、人間が甲板に居れば挽肉になるか、圧力で内臓が破裂するか。
それが人間でないのだとしても、その圧力は平等に襲い掛かる。
KOSMOSの筐体は機能がさほど多くないために堅牢な機構を有しており破損はしなかったが、ブラスト圧で吹き飛ばされてしまったのである。
咄嗟にアンテナを掴んでいなければ今頃KOSMOSは水底めがけて沈んでいたところだ。筐体は金属製なので水に浮かないのである。
『そんなところで遊んでいないで艦橋かCICに入って来たらどうだ?』
「艦の操舵には必要ですので」
『まぁいいが……とゆーか、ふつーは艦長が操舵を指示するものでは?』
「私が操舵手です」
それとは別に、大和RMSの雄姿をまだ見て居たかった……そんな理由もあるが。
『しかしまぁ、圧倒的だな。こんなつまらん艦隊決戦も無いぞ?』
「相手が空母では仕方無いでしょう」
本来の大和型、つまりは第二次世界大戦当時の大和型は航空機によって制空権を確保した上での相対的不沈艦を目指して造り上げられた。
つまり針鼠のように取り付けられた対空火器を以てしても制空権を確保し得なかったということだ。
対するに、この大和の対空能力はイージス艦のそれに匹敵している。艦対空ミサイルの搭載数は桁外れの一言に尽きるし、対空火砲も充実。挙句の果てにはレーザー核融合に支えられた潤沢なエネルギーによって艦対空レーザーまで搭載している。
つまり、大和RMSはその強力な対空能力によって制空権を確保し得る。
要するに、単体での不沈艦と言える能力を大和RMSは有しているのだ。
その対空能力によって、相手が空母ならば攻撃手段が艦載機に限定されるので、大和は無類の強さを発揮できるのである。
そしてその桁外れの足の速さで相手に追いつく事も容易く、空母など容易く撃沈出来るのだ。
さすがに何十隻も同時投入されれば航空機の数は1000を超え、打ち込まれるミサイルも秒間数発の領域になってしまい大和RMS一隻では砲の数が足らず対応しきれないが、そもそも戦艦を単体で運用しているこの状況が間違っているというだけだ。
そして現在ここにある空母は4隻。どんなに艦載機が小型で、露天駐機と言う狂気の沙汰をやらかしても100機積むのが限界だ。
つまり4隻で400機。400機全てが対艦ミサイルを積める機種で、全機が一斉に仕掛けてくれば大和RMSの撃墜能力と言えども飽和させる事は不可能ではなかったかもしれない。
が、実際は攻撃を仕掛ける以前の段階で大和RMSが次々と航空機を撃墜してしまい、更に言えば自動操縦なのか、それともパイロットがよほどのヘボなのか、航空機の連携はあってなきようなもの。飽和攻撃など仕掛けるのはもう不可能だった。
既に航空機は7割がた撃墜されてしまい、今から対艦ミサイルを全部ぶっ放しても大和RMSのやたら整った対空兵器で撃墜してしまえる。
既に、大和RMSの勝利は絶対的に揺らがなかった。
装甲空母ギャラクシー級。ルナ、ネプチューン、ウラヌス、タイタン。
防空駆逐艦レイテ級。レイテ、フィリピン、パナマ。
ミサイルフリゲート6隻。
原子力潜水艦1隻。
それらで構成される空母機動艦隊の長、マーカス・セルゲイ・Jrは恐慌状態に陥っていた。
彼の祖国、帝国の誇る空母打撃軍は世界最強と言っても過言ではない。
そも、まともな軍備を運用し得るだけ整った国家を有しているのは帝国だけなのだ。
たとえ練度がどれほどにお粗末であろうと、艦載機の放つミサイルから逃れる艦艇はおらず、どれだけ航空機を飛ばそうが強力な対空能力持った駆逐艦は自動であらゆる飛翔体の優先順位を決定し脅威度の高い順に撃墜してくれた。
乗る人間がどれだけ無能であろうとも、機械は優秀な力を発揮してくれる。
それ故に、此度の作戦目標も、容易く達成出来るとそう考えていた。
目標は突如として現れた巨大海上建造物。俗にメガフロートと呼ばれる構造物だった。
この世界で人類を駆逐すべく稼働している機械群が罠として造り出したか、あるいは海上基地として造ったか。
それとも、どこかの国家が総力を結集して造り出したか。
いずれにせよ、敵ならば叩き潰し、帝国の礎とするべく回収するつもりだった。
それ故に帝国の誇る最強の空母打撃軍が派遣されたのだ。
世界最強のマルチロール機、Fighter-76を満載した排水量7万8000トンを誇る通常動力空母、ギャラクシー級。
帝国が文明崩壊後に建造した、帝国の力量を誇示する世界最強の空母だ。これに対抗できる戦力を有している国はこの世のどこにも無かった。
そして、既に人類が製造する術を失った虎の子の原子力潜水艦、そして搭載された核兵器。
これほどの軍備をもってすれば、如何なる敵であろうとも打倒し得る。
今まさに人類を攻め滅ぼさんと虎視眈々と機会を窺う機械群とて、この空母打撃軍が2つも揃えば十分に殲滅し得るだろうと誰もが自信と誇りを持っていた。
それが、今、たった1隻の戦艦に蹂躙されているのだ。
確かに、その戦艦は凄まじい威容を持った巨艦であった。
大艦巨砲主義の極地とすら言える巨砲を有し、その巌の如き装甲はいかなる砲弾をもはねのけるだろう。
だが、4隻の空母によって行われる航空攻撃をもってすれば、たとえどんな巨艦であろうとも突き崩せるはずだった。
喫水下を魚雷で狙い、艦上構造物をミサイルで薙ぎ払えば、どんな戦艦だろうとも、撃沈出来るはずだった。
そう、はずだった。
それは不可能だった。
その巨艦の放つ砲やレーザー、そのすべてが次々と航空機を撃ち落とし、放たれるミサイルを迎撃する。
帝国の誇る空母打撃軍は、その巨艦に一切の痛痒を与える事すらも叶わなかった。
それどころか、空母打撃軍は逆に壊滅の危機に瀕していた。
既にミサイルフリゲートは全て敵の放った対艦ミサイルで撃沈され海の藻屑と消え、防空駆逐艦は副砲で穴あきチーズとなって沈没を待つのみ。。
空を覆い尽さんばかりに飛んでいた世界最強のマルチロール機はダックハントもかくやの勢いで撃ち落とされていく。
原子力潜水艦は対潜ミサイルの助力を得て潜水時間の世界記録を樹立すべく海底へと旅立っていった。
そして、空母打撃軍の中核を担うギャラクシー級空母は既に3隻が水底で魚礁に様変わりし、4隻目のルナは主砲弾でどてっぱらに風穴を開けられて今まさに轟沈するところだった。
そして、マーカス・セルゲイ・Jrは、自身の率いる空母打撃軍がズタボロに打ちのめされてゴミクズに変貌していく現実に耐え切れず、発狂した。
そして彼は幸福なままに死んだ。
彼は現実を否定し、発狂する事で自らの精神を護ったのだ。
自らの信ずる最強の空母打撃軍が打ちのめされる姿を知る事無く。
そして、これから先、帝国が直面する最大の国難に身を削られる事無く、幸福なまま水底への永遠の旅路へと向かったのだ。