異世界トリップってこれで合ってるのか!?
異世界へトリップとか、流行じゃん。俺だってそういうのには憧れる。
デスゲーム? 死ねば死ぬような、ゲームの世界に入り込む? 好きなゲームに入れるって言うなら、ぜひとも体験してみたいよ。
現実なんて、大人になったところで勉強から仕事に面倒事がシフトチェンジするだけで、単調な人生が待っているのは変わりないんだ。どうせ。
だったらいっそ、異世界にでも、ゲームの中にでも飛ばされて、そりゃ、親兄弟に会えないのは寂しいかもしれないけど、でも、ファンタジーな、剣と魔法の世界で、モンスターを倒せばアイテムを落とし、それを売るなりすればそれだけで一丁前にその日暮らしはできそうじゃないか。どうせならゲームの世界が、世界観としてはユルユルそうだからいいかもしれないな。ステータスだって、確認できるなんて夢のようじゃないか。知ってるゲームでも、十分楽しめるだろ。帰ってこなくたって、いいじゃないか。
ああ、でも、異世界に勇者として召還されるのも魅力的だ。だって、チート能力を存分に生かして戦えるんだろう? 嫌ならその力を駆使してバッくれちまおうぜ。魔王側に組みしたりしてさ。意外にアリかもしれないし。他にも、転生なんかでもいいかな。どうせこの世に未練はないし。
そんな風に夢見ていた時期が俺にもありました。
たった今、俺は起動したパソコンから、ゲームの世界へ迷い込んでしまったみたいだった。
誰もが知っているあのゲームに。
ステータス画面は表示される。――だからなんだというようなステータスだったが。
メニューも開ける。オプションだって選べるみたいだ。――もう絶望しか見えないが。
ついでに言えば、ヘルプだって健在だ。――発狂しそうだ。
もう一度言おう。俺は誰もが知っているゲームの中に入り込んでしまったようなのだ。
いわゆる、VRMMOが一般的になった設定のライトノベルなんかや小説が横行している現在、こう言ったところで「知るか!」と言いたくなる時はあるが、これはもう、本当に誰でも知っているはずだ。パソコンを持っているなら。いやもうガチで。
俺は、ゲームの中に入れるものなら入ってみたいとは思った。だが……
「何もマインスイーパーの中じゃなくたっていいじゃないか!!」
見渡す限り、真っ青なこの大地! メタリックに表示されたデジタル時計!
勝率、敗率ともに0の、初めてプレイする初心者な俺の成績表。
ご親切にもモードだって選べる。初心者向け、中級者向け、上級者向け。俺は断然初心者だ。
そしてルールがイマイチピンときていない俺に、追い討ちをかけるようなヘルプがあった。
『マインスイーパーのルールは簡単です。
・地雷のあるマス目を開けてしまうと、そこでゲームは終了です。
・空のマス目をあけ続けている限り、ゲームを続けることができます。
・表示される数字は、周囲の8個のマス目に隠れている地雷の数を示します。
この情報から、どのマス目が安全かを推測します。
※ここで言うゲーム終了とは、プレイヤーの死を意味します。
※ゲームをクリアするには、それぞれの難易度で100勝することが条件です。』
「マインスイーパー初心者に酷過ぎねぇかこの鬼畜ぅぅぅーーー!!!」
泣こうが喚こうがいっこうに何も起こらないこの頭のおかしくなりそうな青い大地。
気が狂いそうだ。
「んで、さすがに一発目に地雷引き当てるような鬼畜ゲーじゃあないとは聞いてるから、気楽に選ぶか。ほいっと」
ひとしきり喚き散らすと、まあ人間なんてものは現金なもので、俺だって例外じゃない。
「やるっきゃないぜ、完全クリア、300勝! ポチッとな! はっはっは!!」
若干テンションがおかしい気がしなくもないが、気にしない。だだっ広い青の大地の中、せっかくなので中央を選ぶ。どうすればいいものか、ヘルプを確認すると、なんてことはない。選んだマス目に左手を添えればよいらしい。また、右手を添えればフラッグを立てられたりと、つまりは手がマウスの右クリック左クリックの役割を果たしているというわけか。
最初に選んだ場所は、公平を期すために地雷がない。まあ、最初から地雷にぶち当たるような運ゲーなら、俺は確実に死ねる。
当然のようにそのマス目は地雷がない。どういうシステムになっているのかと見つめていると、選んだマス目はボタンを押したように沈んでいき、同期して周りのマス目も沈んでいった。
気がついていなかったが、どうもガラスのようなものの上に乗っているらしい。足元が降りていったのだが、自分自身は降りていくことなくその場にとどまる。辺りを見回せば、沈んだ場所の一番外側に、数字の書かれたマス目が並んでいる。そうだ。ここからがマインスイーパーの醍醐味、謎解きだ。
……そう、俺が不得意とするものだ。
「えっと、1があって、1があって、で、えっと、この数字ってのが、周囲の8個のマス目に隠れてる地雷の数、だよな? だったら、えっと、この1の周りには開いてないのが一つしかないから、地雷がある、と。で、いいんだよな?」
推理したはいいが誤って左手をついてしまったらその時点でドカンだ。洒落にならん。慎重にしゃがむと右手を添える。旗の絵柄が浮かび上がり、恐る恐る左手を乗せるが反応はない。見れば地雷カウンターの数も減っている。まあ、正しいかどうかは地雷以外を全て下ろすしかないのだが、10から9に減ったというだけでも上々だ。何せ俺は、マインスイーパーの勝率が10%をきっていた男だ。威張れねぇ……。
「で、まあ、地雷なんて危険なもんやめといてほっときゃいいんだろうけど、ここ何にもないからなぁ。クリアするしか仕方ないんだな。これが」
地雷カウンターのほかに、手元のメニューにはタイマーが動いている。もちろん、所要時間を計るためのものであるからカウントダウンではない。制限時間なんてあったらやっぱりとうにドカンだ。
未だ地雷カウンターが6であるというのに、すでに10分が経過している俺である。そこ、時間かけすぎだとか言うな。フィールドがだだっ広くて訳わかんねぇ上にどこ見ても青なんだ。錯乱したっていいだろ。文句言うなら立場変われっての切実にッ!!
「つか、3って何だよふざけてんのか。開いてないマスばかりでああー、もうっ、どうしろってんだよっ!」
なんで俺はパソコンの中に入り込んでまでこんなチマチマした七面倒くさいことでイライラしないといけないんだ。しかもイライラしたまま適当に選べば死ぬかもしれないステキにスリルなワンダーランド! あー、死にたい。死にたくはないけど。
そんなこんなで、初級(そう、これで初級なのだ)をギリギリのところでクリアする。足元を光が駆け抜け、地雷の処理をしていくさまは壮観だ。ザマアミロ。
勝利を歓喜するのもそこそこに、マインスイーパーとしては異様な光景が広がる。待て、俺の知ってるマインスイーパーにこんな演出はない。
もともと地雷が埋まっていたマス目の青いブロックがせり出し、ゲームの盤上が再び青いマス目に覆われたのだ。地雷処理をされたと思ったのだが、違ったのだろうか?
10個の地雷のマス目があるため迂闊に動けず、仕方がなくヘルプを見る。するとそこには、「NEW!!」という文字の躍るヘルプが追加されていた。項目は……「食事」?
「えっと、何々? 『クリアすると地雷の埋まっていたマス目は食料となります。空腹による餓死も起こり得るので注意して下さい。』」
………………こんな真っ青な箱をを食えと!?
いや、地雷の埋まっていたものってのも相当キてるんだが、こんな世界を構築した電子の神様はイッちゃってるに違いない。全くもって、性質の悪い冗談だなぁ、オイ。
こんなもの食えるかぁッ! と叫び出したい気持ちを必死で沈め、『ブロック状アイスのブルーベリーソース掛け風 青いマス目(元地雷入り)』を見つめた。これは『ブロック状アイスのブルーベリーソース掛け』だ。そう、アイスだ。アイスったらアイスだ!!
どう考えても無茶苦茶な自己暗示をかけながら、『アイス』に向かい合う。
「って、今はお腹はすいてない。うん。食べるのは後にしよう。そうだ、そうしよう!」
レッツ現実逃避。
そもそも非現実的とか言うな。
まあ、何はともあれこの状況下、現実逃避以外にすることなど、ゲームクリアしかないだろ!? 地雷と向き合うなんて、真っ平だぜ! 逃避ついでに寝ちまうぜ!
疲れてるな。うん、寝よう。
体力を回復できるとは思えない。こんな、地雷に囲まれた状況でゆったりと寝られる人間なんて信じられない。
だが俺は寝る。
一夜明け、なんて言っても夜など来ないが気分だ。目が覚めれば現実に帰る。ここでの現実とは、もう諦め切ったマインスイーパーだ。まだ、一勝しかしていない。泣きそうだ。
まあ、それはもう諦めた。諦めたよ。諦めたが。
「打倒、『青いアイス』ッ!!」
地雷マスとは思わない。
問題は、今俺が空腹だという事だ。青色、ブルーベリー。そう、ブルーベリー。目を閉じ、不味いことも覚悟し、ブロックを掴む。クッションのような感触にパンのようなものかと少々期待する。
甘かった。
「口の中にジュワっと広がる果汁、口どけ柔らか、まるで果実のようなその触感。そして、そして……、味が、味がねぇぇぇえぇぇぇぇえぇぇぇっぇぇぇぇぇえええぇぇええ!!」
きっと水分補給もかねているのだと思う。それはわかる。だが、こんなに味気ない食事など、かつて俺は経験したことがあっただろうか? いや、ないッ!
どうしようもないこの味。口いっぱいに広がるひんやりと気持ちいい。だが水だ。
ふんわりとした表面に、シャクリと果実のような触感であることは楽しめるが、どうしてこうも美味しくないのか。というか、味がないのか。
だって、そうだろう? ゲームの世界に入って、初めて食べる料理、見たこともない食材、そして感動するほどのすばらしい料理との出会い。それも一つの醍醐味のはずだ。であるのに。どうしてこんな目に合わねばならんのだッ!
叫ぶしかない絶望。空腹でようやく実感した時の流れ。そう、この世界は時の止まった場所じゃないんだ。お腹も減れば、疲れも溜まる。眠気だって存在する。
老化は? 外の世界は?
分からないことだらけ。マインスイーパーの癖に。
俺はここで、長い時間を過ごすわけにはいかない。だって俺には、ゲームが待っている!!
そういえば。
メニューを開く。
オプション、難易度、『上級者向け』。
好奇心だ。いつかはやらなければならないんだ。
チェックを入れて、『OK』の文字に触れる。
途端、音もなく、何もなかったはずの地面から、一つずつせり上がってくるのが見えた。一周、二周、三周、四周、…………おい、もう止めてくれ。見たくない。
全てが上がりきる前に初級に戻しましたよ。ええ。
こんな、俺にとっては鬼畜プレイ、どうすりゃいいんだ。
プレイ動画なら見たことあるぜ。廃人だろ。俺に真似できるとは思えない。
他にすることもなく、一つのマス目に左手を乗せる。やべ、しくった。数字かよ。どうしようもねぇな。
「ゲーム内失踪とか、マジありえねぇ。インターネットつながればいいのに。誰か代わってくんないかなぁ……。せめてヒントでも…………」
早くも詰みか。半ば諦め気味にメニューを開く。
メニューの一番上にある、『スタート』の文字。『スタート』? なぜにスタート? すでに始まってるだろ?
さあて、マインスイーパーをよくプレイする人間ならお分かりいただけるだろうか。俺が見たメニューを。
『プレイ中のゲームをどのように処理しますか。
1.新しいゲーム
プレイ中のゲームは、成績表では負けとなります。』
成績表? 知ったことか。
俺はすぐさま新しいゲームへと移る。
足元は青白く発光し、沈んだマス目はせり上がる。
「了解、攻略方法がわかったよ」
ある種悟りを開いた心地がした。
俺はどうしようもない虚無感を抱きながら、推理という名の、無駄に屈伸運動の多い作業ゲーをしている。まだまだ先は長い。相変わらず飯もマズイ。
いつかゲームクリアするそのときまでに、さて、俺の足にはどれほどの筋肉がついているのだろうか。