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二話 『迷宮主』ミケーネ-2

「クラフト、その人は……」


「何この美少女!」


 アゼルの言葉を遮って、女はかぶりつくように身を乗り出した。

 フードの下から現れたのは、赤と金、オレンジの三色メッシュに染められた派手な髪。

 しかしそれを乗せた顔は、意外と幼げなものだった。背も小柄で、アゼルよりも頭半分ほど小さい。釣り目気味の大きな瞳が爛々と光り、アゼルを見つめていた。


 アゼルは怯える様にクラフトの腕を抱いて隠れる。


「アゼルと名付けた。ミケーネ、お前の娘だ」


 もう人見知りするようになったか、と嬉しく思いつつ、クラフトはそう説明した。


「へ? ……あーあーあー、あの指輪の子ね。じゃあ何、この子、義体な訳?」


 ミケーネと呼ばれた女はマジマジとアゼルを見つめ、アゼルはますますクラフトの肩に顔を隠す。


「そうだ」


「うっそマジで……完全に人間にしか見えない。すっごいね、クラフト、ホントあんた天才だわ!」


 驚きを隠そうともせず、ミケーネは声を上げた。


「アゼル。お前は覚えていないかもしれないが、彼女はお前の親の一人だ」


「親……ですか?」


 アゼルは戸惑うように、二人の顔を見比べる。


「かっわいいなあ!」


 そんな彼女を見て堪えきれず、ミケーネは叫んだ。

 まるで獲物を狙い定める猫のように、じりじりとアゼルとの間合いをはかっている。


「お前の身体を作ったのは俺だ。しかし、心の方……人工意識としてのお前を作ったのは、ミケだ」


「と言っても、あたしは基本的な学習ルーチンを作っただけだけどね。しかし、アゼルか。クラフトにしちゃいい名前じゃないの」


 機嫌良く笑いながら、ミケーネはアゼルを手招きする。


「ミケーネよ。よろしくね、アゼル」


 差し出される右手を、アゼルは左手でそっと握った。


「いや、それは握手だから、同じ手でいいんだ」


「良いじゃない。アタシたちの子供なんだから。ほら、こうするとまるであたしたち夫婦みたいじゃない?」


 アゼルの右手はクラフトの左手を掴んだままだったので、自然とアゼルを挟んで三人で手をつなぐ形になる。子供にしてはアゼルの見た目が大きすぎることを除けば、確かに子供とその両親のようであった。


「誤解を招く様な事を言うな」


「つれないなあ」


 擦りよるミケーネに、クラフトは冷たく言い放つ。

 そんな彼に、ミケーネはケラケラと笑った。


「ま、こんな所で立ち話もなんだし、おいでおいで」


 そして何事もなかったかのように、ミケーネは玉座の裏にある隠し扉を開いて二人を手招きする。


「タマー。クラフトきたからお茶入れて! 三人分ね」


「かしこまりました~」


 彼女が奥に向かってそう叫ぶと、どこからか間延びした声が聞こえてきた。


「こっち」


 複雑な迷宮の中を、ミケーネはずんずんと進んでいく。

 左右の手を両親に握られながら、アゼルはあちらこちらに視線を飛ばす。


「ミケーネはここに住んでいるんですか?」


「まあ、基本的にはね」


「迷子にはならないんですか?」


「あはははは」


 幾重にも枝分かれした迷宮は、とても道順を覚えられそうにない。

 アゼルがそう思って尋ねると、ミケーネは高らかに笑った。


「ミケーネは『迷宮主(ダンジョンマスター)』の称号を持つ、迷宮職人の第一人者だ。少なくとも自分の作ったダンジョンの中で迷うことはない」


 何故笑われたのか分からないアゼルに、クラフトは説明してやる。


「よせやい、照れるぜ」


 言葉とは裏腹にどこか誇らしげに、ミケーネはそう答えた。

 そうするうちに、アゼル達は客室へと到着する。


「わあ……」


 そこに広がる光景に、アゼルは思わず声をあげた。


 ふわふわの真っ赤なカーペットに、品のいい調度品。壁は今まで通ってきた通路とは違って剥き出しのレンガではなく、白い壁紙によって覆われている。天井から吊り下げられたシャンデリアが煌々と辺りを照らし、微かな花の匂いがふわりと漂う。


 ダンジョンの中だというのに、そこはまるで城の一室のようだった。


 ふかふかしたソファーにアゼルが身体を埋めると、良い香りの紅茶が差し出される。

 いつの間にか、メイド服を着た女性が盆を持って控えていた。


「タマ、この子アンタの妹。アゼル、こっちはアンタのお姉ちゃん」


「お姉ちゃん?」


 アゼルは目を瞬かせ、タマを見つめる。

 その姿はアゼルとは似ても似つかない。

 それどころかそもそも、人ではなかった。


 猫。

 ミケーネもどこか猫っぽい雰囲気を持ってはいるが、それどころではない。

 直立した真っ白な猫が、メイド服を着込み、盆を持っていた。


 ピンと尖った耳に、頬の辺りから伸びたヒゲ。桃色の鼻に、縦長の瞳孔。

 アゼルは猫を見たことがないが、知識としては知っている。

 どこからどう見ても、猫だった。


 ぼんやりとタマを見つめていたアゼルはハッとして、自分の頭や頬を押さえた。

 しかし、手のひらはふんわりとした髪の毛と頬の感触を返すだけだ。


「あはは、安心しな。アンタは猫じゃないから」


 そんな彼女をミケーネは笑う。


「お姉ちゃんといっても、身体をクラフトが作って、心をあたしが作ったってだけさ。タマはアンタと違って人工知能ではあっても、人工意識じゃない」


「どう違うのですか?」


「そうだね……クオリアを持たないとか、学習機能がないとか、色々細かい差はあるんだけど……」


 素朴な疑問に、ミケーネはどう説明すべきか少し考えた。


「ま、簡単に説明するなら、アンタはこの世界で『発見』できる。タマには出来ない」


「発見……魔物をですか?」


「魔物だけじゃない。全部をさ」


 全部と言われてもピンとこないらしく、アゼルは首を傾げる。


「この世界を広げられるのは人間だけ。だからそういう意味じゃ、アンタも人間なのさ」


 アゼルにはミケーネが言う言葉の意味は良くわからなかった。

 しかし、クラフトと同じ人間であると言ってもらえた事だけは理解が出来て、彼女の胸は不思議と暖かくなった。


「しっかし、ホントに本物の女の子みたいだねえ」


 音を立てて紅茶を啜りながら、ミケーネは改めてまじまじとアゼルを見つめる。

 人形というのは、ただ表面上を取り繕えばいいというものではない。見た目だけをなぞった代物は、動けばすぐに人形だとわかる。しかし、アゼルは本物の人間とまるで見分けがつかなかった。


 つまりは骨格や筋肉に至るまで、完全に人間を模倣しているという事だ。


「この子いつできたの?」


「昨日だ」


「あら、じゃあ、あたしにすぐ見せに来てくれたんだ。やあん、愛を感じるなあ」


 頬に手を当て、ミケーネは身体をくねらせる。


「一応共同制作のようなものだからな。義理を通しただけだ」


「共同制作。つまりあたしたちの愛の結晶ね」


 冷たいクラフトの言葉に、しかしミケーネはへこたれない。


「ところで、この子はこれからどうするの?」


「どうする、とは?」


「いや、何のために作ったの?」


 ミケーネの素朴な問いに、クラフトはしかしピタリと動きを止めた。


「……もしかして、何も考えてない?」


「違う。お前の無知蒙昧、皮相浅薄、暗愚魯鈍さに呆れただけだ」


「アングロドン?」


 何それ怪獣? と、ミケーネは首を捻る。


「いいか。よく見ろ」


 クラフトは実に幸せそうに茶菓子を頬張るアゼルを指差した。


「可愛いだろう?」


「お、おう」


 どう反応していいものか、ミケーネは曖昧に頷く。

 彼女は続きを待ったが、クラフトはそう言ったきりアゼルの方を見つめ、今まで見た事のないような幸せな表情で、暖かな眼差しを愛娘に向けた。


「……え、それだけ?」


「まさか。そんなわけはないだろ」


 自信満々に言い切るクラフトに、ミケーネはほっと胸を撫で下ろす。


「可愛いだけでなく、愛らしく、しかも美しいんだ」


「いやいやいやいや、そうじゃなくてさ!」


 しかし続く言葉に、ミケーネは頭を抱えた。


「とにかく、何かの目的があって作ったわけじゃないのね」


「まあそうだな。だが、この後の予定が全くないわけじゃないぞ」


 突然正気を取り戻したかのようなクラフトの言葉に、ミケーネはパチパチと目を瞬かせる。


「ハードは最高のものを用意した。ソフトも、お前が作ったものだから問題ないだろう。だが彼女にはひとつ、足りないものがある」


「経験ね」


 迷いなく答えるミケーネに、クラフトは頷いた。


「折角最高の心身を持って生まれてきたんだ。どうせなら、それも最高のものを用意してやるべきだとは思わないか?」


「それ、とっても楽しそうね」


 ミケーネはにんまりと笑みを浮かべた。


「随分、やりがいのある仕事になるだろうな」


 アゼルの口元についた茶菓子の欠片を拭ってやりながら、クラフトは苦笑する。


「生まれたばかりだから仕方ないが、色々と教えてやることは多そうだ」


 クッキーの甘さに夢中になっていたアゼルは、モグモグと咀嚼しながら、首を傾げた。

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