七話 『創造主』ゼノン-8
「やった……かな」
ペネロペは崩れ落ちた天井からひょこりと顔を出した。
出てくる際に警戒する必要すらない。彼女に与えられたチートは最強無敵だ。
それを彼女に与えたゼノンすら、ペネロペを害する事は出来ないのだ。
「念には念を入れておこっと」
積み上がった瓦礫に向かって、ペネロペは無造作に剣を振るう。
バラバラに切り落とした天井の残骸ごと、アゼルを切り刻む。
なんだか玉ねぎでも微塵切りにしてる気分だ、とペネロペは思った。
とは言え、本当に粉微塵にしてしまうわけにもいかない。
適度に刻んだ辺りで彼女は確認のために瓦礫の中に顔を突っ込んだ。
目の前が黒く塗りつぶされる。
彼女に与えられた『幽霊』はありとあらゆるものをすり抜け、空中だろうが地中だろうが自由自在に動けるチートだ。だが、別にものを透視できるわけではなかった。
ペネロペは瓦礫の中を泳ぐようにしてかきわけ、アゼルの死体を探す。
その眉間に、杖の先端が突き立った。
「わっ」
突然頭を貫かれてペネロペは驚くが、当然ながらダメージなどあるわけがない。
自分の体の中に異物が入り込む様は何度経験しても慣れないが、本来彼女は相手の攻撃を警戒する必要など全くないのだ。
しかもそれは悪足掻きの攻撃ですらなかった。単に埋もれた杖にペネロペの方から頭を突っ込んでしまったというだけのことだ。
「これがあるってことは傍に死体もあるはず……」
杖を起点とする様に、ペネロペはアゼルの身体を探す。
「あ、あったあった」
すぐに彼女はそれを見つけ出した。
「さてと」
アゼルの死体を回収しようとして、ペネロペはピタリと動きを止める。
『幽霊』は無敵のチートだが、たった一つだけ弱点と呼んでいいものがある。
それは同じ『幽霊』だ。
ペネロペは触れているもの全てを任意にゴースト化できる。
ゴースト化しているものは他のものから全く影響を受けないが、ゴースト化しているもの同士は普通に触れあい、干渉し合う。
そうでなければペネロペは何も持つことができないし、服さえ彼女の身体をすり抜けて全裸で歩き回る羽目になってしまう。
そして他人を攻撃する際は自分のゴースト化を解くのではなく、相手の身体を一部だけ、一瞬ゴースト化させるのだ。剣を相手の身体に重ねた状態でゴースト化させれば、肉体は剣の影響を受けて断ち切られる。
そのタイミングに合わせて攻撃されてもこちらのゴースト化は解けていないので無意味だし、どんなに強固な防具を着ていても関係ない。アゼルもその仕組みには全く気付いていなかった。
だが、最後の最後でそれに気付いていたら?
アゼルはがれきに埋もれてピクリともせず、完全に死んでいるように見える。
しかしこれが擬態であったら。運ぶためにゴースト化した瞬間、殺されてしまうかもしれない。
それは困る。
葵の話では、アゼルはプレイヤーではなくCC内で作られた人工生命だという。フィールドでみられるモンスターなんかと一緒だ。プレイヤーなら死ねばその身体は消えるが、モンスターは消えない。
だから、死んだかどうかは見た目ではわからない。そもそも人工生命というのは、人間と同じように心臓を潰したり首を刎ねたりすれば死ぬんだろうか?
悩んだ結果、ペネロペは首だけを持っていくことにした。
流石に首を刎ねれば死ぬだろうし、もし死ななかったとしても頭だけでは何もできないだろう、と考えたからだ。
瓦礫に埋まったアゼルの首元に剣を差し込み、その断面だけを一瞬ゴースト化。剣の腹に押し出されるようにして、アゼルの首はスパリと切れた。
そして頭だけをゴースト化して、髪を引っ張り引きずり出す。
美しく整った生首はいっそう不気味な気がして、ペネロペはなるべくアゼルの顔を見ないようにそれを持った。
首だけでも噛み付いてきたりしたらどうしよう、と思ったが大丈夫だ。生きている様子は全くない。
これを持ってゼノンに嘆願すれば、葵は許してもらえるかもしれない。
倒せたのは葵がしっかりと情報をくれたおかげだと言おう。
「……あれ?」
そんな事を思いながら歩き、彼女は首を傾げた。
進んでいたはずなのに、何故かアゼルと戦った広間に戻ってきてしまったのだ。
「ええと、さっき左に行ったから……右、だよね」
アジトに戻る手順を思い返しながら、ペネロペは道を行く。
もう何度も通った道だ。間違えるわけなどない。
「……え?」
にも拘らず、彼女は再び元の広間に戻ってきていた。
そんな、馬鹿な。
ペネロペは踵を返し、アジトではなく入口の方を目指して足早に進んだ。
だが辿り着いたのはまたしても、元の広間。
アゼルの首から下の死体がある場所だった。
「ひ……」
思わず、喉の奥から声が漏れる。
「何で……何でよ!」
ペネロペは半狂乱になって駆けた。しかし、何度行っても、どの方向に向かっても、彼女はアゼルの死体に辿り着く。
「きゃぁあっ!」
思わず手に持ったアゼルの首を見て、彼女は悲鳴を上げそれを投げ捨てた。
端正な人形の様だったその顔が、にんまりと笑みを浮かべていたのだ。
「い、生きてるんでしょ、そうなんでしょ?」
ガクガクと脚を震わせながら、彼女はアゼルの頭を両断する。
生首はパカンと軽い音を立てて真っ二つに割れた。
もはや手柄なんてどうでも良い。
更にペネロペは地面に埋まった死体も粉微塵に刻む。
流石にこれで、生きているわけがない。仮想とはいえ生命なのだ。
ましてや。
ましてや、『本物の幽霊』なんているわけがない。
なのに。
「なのに、なんで、ここに出るのよ!」
またしても大広間に辿り着いて、ペネロペは悲鳴を上げた。
その視界に、崩れ落ちた天井が映る。
「……そうだ!」
すぐさま彼女は真上に向かって飛んだ。
とにかく上に向かえばいい。そうすれば地上に、空に出る。
最初からそうすればよかった。
胸を撫で下ろしながら、天井を突き抜けてペネロペは飛ぶ。
密に詰まった岩の中は真っ暗だ。しかし、流石に上下を間違える事はない。
何も見えない漆黒の中をひたすらに飛び、彼女は岩を突き抜けた。
「ぷはっ」
止めていた息を吐きだし、顔を出したその目の前に。
折り重なった瓦礫と、半分に割れて血を流すアゼルの虚ろな顔があった。




