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七話 『創造主』ゼノン-7

 葵から教えてもらったチーターたちの住処は、前に彼らを捉えた場所。以前ミケーネが川から水を引き込んで流した洞窟だった。


 場所さえ変えないその対応に怒りを覚えながらも、アゼルは舗装すらされていない天然の洞窟を歩く。


 ただの洞窟をダンジョンと呼ぶな。

 口癖のようにミケーネが言っていた理由が、今の彼女にならわかる。


 漫然と伸びる道。無秩序に広がる通路。


 そこには何の意思もなく、意味もない。

 勿論、作られた迷宮がアゼルの様に自我を持っているわけではない。だが、それを作ったものの意思は、確実に表れる。


 ミケーネのダンジョンを見た後で通る洞窟は、まるで物言わぬ死骸の様だった。

 そんな通路をアゼルは一人歩く。


「左……右。中央。左。右」


 葵のメモを頼りに、幾重にも枝分かれした通路を進んでいく。正解の道以外がどんな構造をしているかは、チーターたちも把握していないという事だった。葵が嘘をついているとも思わないが、アゼルは慎重に歩を進める。


 ふとその脚が止まり、彼女は素早く後ろに跳び退いた。


「あっ」


 同時に壁の中からたたらを踏むように現れたのは、桃色の髪の女だった。その姿を見るのはこれで三度目になる。『幽霊(ゴースト)』のチートを持つペネロペだ。


「ひっ」


 アゼルが反射的に杖を振るうと、ペネロペは自分の身体を庇うように背を丸め、悲鳴を上げた。アゼルは何の抵抗もなく、杖を真横に振りぬく。


 だが、ペネロペには傷一つついていなかった。

 アゼルの一撃はペネロペの身体をすり抜け、ただ空を斬る。

 はっとして息を飲むアゼルと対照的に、ペネロペはほっと胸を撫で下ろして息を吐いた。


「よくも、葵君を」


 そう言ってアゼルを睨み付けるペネロペの声は、震えていた。

 その立ち居振る舞いはお世辞にも強そうには見えず、両手で剣を構える様もまるでなっていない。素人そのものだ。


 だが、アゼルの放った無数の斬撃は全て空を切った。

 避けるどころかペネロペはその場に棒立ちなのに、その身体にも手にする剣にも攻撃が一切当たらない。


「食らえ!」


 剣を腰だめに構えながら、ペネロペはアゼルに突進した。

 目に見えない程の速さで動く葵に比べれば、あくびが出るほど遅い速度だ。


 だがその一撃は岩を割り、洞窟の壁を深く切り裂いた。

 彼女の攻撃も葵と同じく、チートで最大限まで強化されているのだ。


 しかし攻撃力は同じでも、防御力は比べ物にならない。

 葵でさえ攻撃を当てる事は殆ど不可能に近かったのに、ペネロペのそれは更に上だ。何せ、当ててもすり抜けてしまうのだから。


 アゼルは観念したかのように身体から力を抜き、自然体で立った。

 それを好機と見て、ペネロペは剣を振りかぶってアゼルへと振り下ろす。


 チャンスは一瞬だ。


「ええいっ!」


 その刃がアゼルの身体に触れる瞬間、彼女はそれを紙一重で躱しながら杖を一閃させた。何にも触れられないなら、彼女もまたこちらに攻撃できない。ならば、攻撃する瞬間だけは実体化しているはずだ。



 しかし、血を流したのはアゼルの方だった。



 無敵のはずのジーナの服すら貫通して、ペネロペの刃は浅くではあるがアゼルの腕を切り裂く。その一方で、完全に攻撃のタイミングを捉えた筈のアゼルの一撃は、ペネロペに全くダメージを与えていない。


「無駄よ」


 ペネロペが吐き捨てる様に言った。

 彼女には恐らく、殆ど戦闘の経験がない。

 これだけ無敵の力を持っているにも関わらず、攻撃に反応して悲鳴をあげていた事からもそれは明らかだ。


 しかしそれはアゼルの有利を示してはくれなかった。

 むしろ、逆だ。


 そんなに戦いに向いていない彼女なのに倒す糸口が見つからない程、幽霊(ゴースト)には隙がない。


 ペネロペの身体が、ずぶずぶと壁に埋まっていく。

 しんと静まりかえった洞窟の中、アゼルは神経を集中させた。


 まさか見逃してくれたわけではないだろう。

 この隙に多少強引にも進むか、何とか倒す方法を考えるか。


 そんな彼女の思考を、音もなく壁から突き出した剣が遮った。


「っ!」


 ギリギリで致命傷を避ける事が出来たのは、僥倖と言っていい。

 アゼルの肩口を切り裂いていったペネロペは、カウンターで振られる杖を避けもせずに再び壁の中に沈み込んだ。


 ごぼりと血の溢れる傷口を押さえながら、アゼルは焦りを覚えた。


 ペネロペは全く強くはない。だが、無敵だ。


 全てをすり抜けるから足音さえせず、空気も揺らさないから気配さえない。

 なるほど、幽霊と呼ぶに相応しい能力だった。


 アゼルは壁から距離を取り、油断なく周りを見回す。


 勝てないのなら、逃げるしかない。

 だが闇雲に走っている所を迎え撃たれては幾らペネロペの攻撃でも避けられない。


 相手の攻撃を誘い、その場所を把握した状態で逃げる。

 アゼルに残された手はそれしかなかった。


 壁を警戒するアゼルの脚に、激痛が走る。

 視線を向ければ剣の切っ先が彼女の爪先を貫いていた。

 咄嗟の判断で足を引き抜き、数歩跳び退く。剣はすぐに地中に引っ込んだ。


 壁にばかり気を取られ、地中からの奇襲を完全に失念していた。

 アゼルは痛む脚に顔を顰めながら、床に手を突く。

 即興で作り上げた魔法が岩肌をぐっと伸ばして、アゼルはその上に乗った。


 それは言わば、網目状に形を変えた岩で編まれたテーブルだ。


 こうすれば少なくとも真下から奇襲される事はないし、網目の隙間から地面も見えるから剣が出てくればすぐにわかる。


 脚の傷を治療しながら、アゼルは自分の油断を悔いた。


 葵を倒し、後はゼノンを倒せば終わり。そのくらいのつもりでいた。

 クラフトたちからただ逃げる事しか出来なかった『幽霊』が、これほどまでに強いとは思わなかったのだ。


 歯を食いしばる彼女の耳に、ギギン、と嫌な音が届いた。


 しまった、と思った時にはもう遅い。

 そもそも脚を斬られた時点で、彼女は詰んでいたのだ。


 剣で直接こちらを狙う必要すらない。


 サイの目状に切り裂かれた天井が、アゼルに向かって落下してきた。

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