七話 『創造主』ゼノン-6
「あははははは」
地面に転がったまま、葵は笑う。
「いやー、負けた負けた。負けちゃったなあ」
そんな彼女をアゼルは理解できず、怪訝そうに見つめた。
「ああ、大丈夫だよ。そんなに警戒しなくとも、もう襲い掛かったりしないから」
葵の笑顔は実に快活で、騙し討ちをしようとしている様にはとても見えない。
そもそも、単純に勝とうと思うのなら最初から百倍加速で戦えば良かった筈だ。
「とりあえず、君の知りたい事を教えてあげよう。クラフトさん達は元気だよ」
「本当ですか!?」
警戒などすっかり忘れて身を乗り出すアゼルに苦笑しながら、葵は頷く。
「うん。単にCCに入ってこれないだけで本人たちの身には何の問題もない」
葵の語るそれが本当である証拠はない。
しかしそれでも、アゼルはほっと胸を撫で下ろした。
「でも、なぜそれを知っているんですか?」
「そりゃもちろん、本人に会ったからだよ」
「どこで……現実で、ですか?」
葵は首を横に振った。
「いや。僕はクラフトさん達の連絡先は知らないしね。でも、多分ここなら会えるだろうって場所なら知ってた」
そこまで言われれば、アゼルにもピンと来る。
「マスター・オブ・ダンジョンですね」
ミケーネの作った、VRMMO。そこからなら少なくともミケーネには連絡が取れるし、CCに入れなくなったクラフトたちが拠点とする可能性も高い。葵のその読みは見事に当たった。
「そう。MoDでミケーネさん達に会ってきたんだ。そして、この最深部へ来る方法も教えてもらった」
ミケーネが自分のダンジョンの秘密を教えた。
それはある意味で、葵を信用するに足る最高の証拠だ。
「クラフトさん達も何とかCCに入ろうと頑張ってはいるけど、今の所上手くいってないね。まるで逆デス・ゲームだ」
「ぎゃくです……ゲーム?」
「知らない? デス・ゲーム。小説なんかだとよくあるんだけどね。ゲームに閉じ込められて出られなくなっちゃうって話。今は入りたくても入れないから、逆デス・ゲーム」
言いながら、アゼルはそう言えば生まれながらにしてデス・ゲームなんだな、と葵は思う。彼女が普通じゃない事には気づいていたが、まさか人形だなんてクラフトに聞くまで思ってもいなかった。
「とにかくそんなわけで……テオドロスって爺さんが持ってる『追放令』を何とかしないと、クラフトさん達は戻ってこれないんだ」
「テオドロスを倒せば、戻ってこれるんですか?」
「……多分、無理、だね」
期待させるような事を言ってしまった。
葵は少し悔みながらも、首を横に振る。
「やっぱりそうですか」
しかし、アゼルにはそれほど落胆した様子はなかった。
少なくとも、表面上は。
「ごめん。でも、設定は多分……本人がいなくなっても残るんだ。君のその杖にチートが残ってるのと同じで」
アゼルは頷く。恐らくそうだろうと思っていた。
だから彼女の望みはもはやクラフトにもう一度会う事ではない。
この世界そのものを、救う事だ。
「奴らの拠点はこれに書いておいた。僕に知らせてない場所も多分あるだろうけど、だからと言ってわざわざ逃げ隠れはしないはずだよ」
「そうなんですか?」
「ああ。……彼は、見下してるからね。自分以外の全てを」
葵からメモを受け取りながら、アゼルは首を傾げる。
わからない事がもう一つあった。
「葵は……何で」
アゼルは一瞬言葉を切り、言った。
「何で私に戦いを挑んできたんですか?」
何故味方をするのか。
何故敵対したのか。
悩んだ挙句に彼女が選んだのは、後者だった。
「そういう気分だったからだよ」
そんな彼女に微笑んで、葵は空惚ける。
「……いや、そんな顔をされても、実際そうなんだから仕方ない」
疑わしげに視線を向けるアゼルに、葵は頭をかいた。
「君は僕に勝った。だから、味方をするし、裏切らない。僕が勝ってればそれまでだった。……それじゃ納得してくれないかな?」
「納得しました」
いや、もうちょっと疑った方が良いんじゃないかな。
即答するアゼルに葵はそう思うが、納得してくれたのなら余計な事をいう事もない。
「では、私はゼノンの元に向かいます」
「うん。気をつけてね」
別れを告げ、アゼルの背を見送って葵は息をつく。
不思議な感覚だった。
彼女の胸に去来するのは悔しさと……それ以上の、強い歓び。
葵は全力を出した。チートを使ってまでの、本当の全力だ。
清濁併せたありとあらゆる手を使って……それでも、届かなかった。
届かないでいてくれた。
原点は。
アゼルは。
この世界は。
やはり、高く遠く険しい山だった。
だが、その根が地面に繋がっている場所を、ようやく彼女は見つける事が出来た。道が見つかったなら、歩くだけだ。
その先が遠ければ遠いほど、高ければ高いほどいい。
彼女もまた、冒険者の端くれなのだから。
「さて、と」
戦いの結果に深く笑みを浮かべつつ。
「それじゃあ、暗躍するとしますか」
彼女は七番目のチートを、オンにした。




