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七話 『創造主』ゼノン-5

「……なるほど」


 身体を起こしながら、葵は表情を歪めた。


「ミケーネさんが作った心に、シルウェスさんの技。そして、クラフトさんの身体……心技体、これ全て超一流ってわけか」


 語る葵は殆どその真逆だ。

 チートで強化した肉体に、加速させた思考能力。唯一、技だけが彼女の持つ地力。


「つまり今の君を倒せば、この世界の全てを凌駕したって事になるわけだ」


 堪え切れない笑みが顔に現れ、葵は満面の笑みを浮かべた。

 チートといういわば反則を使いながら、後ろ暗さの全くない屈託のない笑顔。

 しかしそれを読み取るには、アゼルの心はまだ若すぎた。


「まずはその技、本当に使いこなせてるか試させてもらうよ!」


 停滞した世界で、葵は歩く。

 百倍に引き伸ばされた世界では空気さえ粘り気を持ち、まるで液体のような重さがあった。そんな世界を、心持ちゆっくりと歩く。

 アゼルの瞳がコマ送りの様にゆっくりと閉じられ、そして再び開かれるより早く葵は彼女の眼前にあった。


 剣を、最短で彼女の首へと滑らせる。ゆっくり空気を切り裂く剣の速度は体感で秒速50センチ言ったところだろうか?


 つまり、実際には秒速500メートル、時速1800キロ。

 地球が自転する速度より速い。


 しかし、その剣がアゼルに触れるか触れないかと言ったところで、葵の視界はくるりと宙を舞っていた。何度投げられても仕組みがいまいちわからない。だが、収穫はあった。


 宙を揺れる、アゼルの髪だ。


 タマではわからなかったその身体の動きが、アゼルの長い紫水晶のような髪によって僅かに明らかになっていた。


 少なくとも、近づけば問答無用で弾かれる原理不明の魔法、などという代物ではない。勿論何らかの魔術は複合して使われてはいるだろうが、その大元は明らかに何らかの『技術』だ。


 そして、そうである以上は幾ら観察しようと格闘技に関しては素人である葵にその仕組みが理解できるわけがない。


 だが、それは同時に一つの弱点を露呈させていた。


「さて、じゃあこっちはどう防ぐ?」


 一旦時間を戻した後そう言って、葵は剣を無造作に横に振った。

 タマを両断した技。と言ってもこちらには技術も何もあったわけではない。

 単にチートによって極限まで攻撃力を上げられた剣が、風を裂いて遠距離まで切り裂くというだけの話だ。


 しかし、現実にそんな『飛ぶ斬撃』などという代物はない。

 故に、それに対応する技術もなく、タマはなす術もなくそれに切り裂かれた。


 アゼルは目を見開き、立ち竦む。

 タマと同様に避けることも出来ずに斬撃を受け……


「それは、通用しません」


 傷一つなく、彼女はその場に立ったまま、そう宣言した。


 仮にチートで肉体を最大限まで強化していても、それは単に普通の剣と体の関係に戻るだけだ。彼女は防具どころかドレスのような薄い服しか着ていない。そんなもので剣を防げるわけがないのだが……


 と、そこで葵は気が付いた。

 アゼルが着ているのは純白のドレスだ。斬撃を受け止めて、傷一つない。

 それどころか、一点の汚れすらなかった。


 さっきまで、土に埋まっていたのに、だ。


「『仕立て屋』ジーナの服は、良くわからないけど無敵です」


 シグルドを捕えるときに使った、けして切れない紐。

 それを為す糸で服を編めばどうなるか。その答えが、今ここにあった。


 絶対不壊、外部からの影響を全て無に還す服。

 どんな鎧よりも堅牢。それがアゼルのオシャレ着だ。


「……原点(オリジン)ってチートなんかよりよっぽどチートだよね」


 引き攣った笑みを浮かべてボヤく葵に、アゼルも心の中で同意する。


 だが、隙がないわけではなかった。どれだけ強力だろうが服は服だ。身体を覆っていない部分までは守る事は出来ない。


 首から上はもとより、大きく開いてその双丘を艶やかに誇示する胸元と、短めのスカートとニーハイソックスの隙間……いわゆる、絶対領域。


 その三点は服に覆われることなくアゼルの白い肌が見えている。理論上は、そこを突けば勝てるはずだ。


 とは言え、遠距離からの斬撃では駄目だ。

 葵本人がどれだけ速く動こうとも、その剣が生む衝撃までは加速できない。

 ほんの僅かな防御の隙間を抜くには遅すぎるのだ。


 かといって接近戦を挑めばシルウェスの技で投げられてしまう。

 勝つ目があるとすればその中間……


 投げられる程近くなく、しかし避けられる程遠くもないギリギリの線で、斬るしかない。


「そうこなくっちゃね」


 ぺろりと唇を舐めあげて、葵は剣を構える。


 一方でアゼルも、葵の加速の弱点に気付いていた。


 流石に百倍加速は負担が大きいのだろう。

 それを保つことが出来るのは、ほんの少しの間のようだった。

 それこそ一撃加える程度の時間だけだ。


 ずっと百倍で動けるのであれば、アゼルはとっくに殺されている。

 そして、葵が加速する前には、ほんの一瞬だがタイムラグがあった。

 本人が気付いているかどうかはわからないが、彼女が加速しようとする瞬間、一瞬だけ彼女の動きが完全に止まるのだ。


 加速した彼女が放つ一撃を凌いで、動きが元に戻ったところを打つ。

 アゼルが勝つにはそれしかない。シルウェスの技は殆ど完全に防御してくれるが、投げ飛ばしてしまう為にアゼル本人も追撃できないのだ。


 互いに互いの視線を探りながら、じりじりと間合いを詰める。


 葵がアゼルの動きを読み、その葵の動きをアゼルが読み返す。

 幾千、幾万の声なき会話があった。


 ゆっくりと、ゆっくりと、二人は回る。

 神経が張り詰め、徐々に周りの情報が脳裏から抜け落ちていく。



 そして、たった二人になった世界の中で、葵の身体がほんの一瞬、止まった。



 刹那。


 数メートルの間合いなど、あって無きが如し。

 瞬く間の更に百分の一、間合いを詰めて突き出された斬撃を、アゼルの杖が弾く。

 ミスリルで出来た至高の武器を、凡愚の鉄が削りながら火花を散らし、



 しかし、反れる。



「ごめんね」


 勝利を確信するアゼルに、葵は言う。


「これ、二十倍速なんだ」


 光速の世界で放たれる言葉を、アゼルは確かに聞いた。



 百倍速。



 更に五倍の速度で、剣が閃く。

 剣を弾くために身体を開いたアゼルはそれに反応できない。

 辛うじて防御の為に構えられた杖を真っ二つに両断し、そのまま葵はアゼルの額を割った。


 鉄塊が頭蓋にめり込み、血が吹きだす。


『ああ、そうそう』


 だが。


 その刃はアゼルの顔を断ち割ることなく、そこで留まった。


『幾らなんだってただの棒じゃあ芸がねえ』


 アゼルの脳裏に、バルクホルンの声が響く。


『一つだけ、小細工を仕込んでおいた』


 中央から両断された杖は、煌めく細い紐で繋がれていた。

 その紐がピンと伸び、ギリギリで葵の剣を受け止める。


『これは杖であると同時に、多節根だ。上手く使いな』


 ばらりと四つに分かれた杖の左端が、葵の横面を思い切り叩き飛ばした。

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