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七話 『創造主』ゼノン-3

「……なぜ」


 何故、チーターたちの一員となっているのか。

 何故、クラフトの動向を知っているのか。

 何故、わざわざアゼルに勝負を挑むのか。


「さて、なぜだろうね」


 様々な意味を含むその問いかけを過たず受け取り、しかしまともには答えず葵はアゼルから距離を取る。


 一足一刀の間合い。そこからほんの数センチ離れたところで、葵は足を止めた。


「普通の剣は大体、100って所かな」


 それはアゼルが、一瞬で攻撃できる範囲の僅かに外。彼女を打とうとするなら二拍が必要になる遠さだ。


「攻撃力の話だよ」


 不思議そうな顔をするアゼルに、葵はそう言った。


「ゲームじゃないからあんまり綺麗な数字にはならないし、劇的にあげる事も出来ない。でもまあ、普通の剣は100くらいなんだ」


 殊更にゆっくりと剣を引き抜き、葵は構える。


「一流の剣で、120、130って所か。まあ威力が高ければいいってものでもないんだけどね。これは単純なエネルギーだから、単に重くすれば数値は上がる。だけどそんな事をすれば当然、取り回しは悪くなる。同じ重さで出来る限り数値をあげるのが職人の腕の見せ所、なんだろうね」


 葵の身長はアゼルより僅かに高いが、手足の長さはさほど変わらない。一歩で踏み込める長さはほぼ同等。


「魔物と戦う所を見てたけど、アゼルちゃんの杖は凄く面白い。普段は50くらいなのに、振る瞬間だけ300を超える。流石は超一流、原点の作品だ」


 じりじりと間合いを詰めれば、葵はそれと同じだけ引く。逆に引けば、押し返すように間合いは詰められた。


「で、僕の剣。まあ超一流には程遠い、それなりの物だけど……数値で表すなら幾つくらいだと思う?」


 どうやら一通り喋るまでは戦う気がないらしい。

 葵の動作から注意は逸らさぬまま、アゼルは少し考えた。


「110……くらい」


「なるほど、確かな目だ」


 葵は笑った。彼女の持つツールでの表示は112。ほぼ正解と言っていいだろう。


 だが。


「正解はね。


 999999だよ」


 まるで子供が言い出すような、滅茶苦茶な数値。

 だがそれがハッタリでも何でもない事を、アゼルは知っている。


「だから」


 凄まじい速度で、葵の剣が振り下ろされた。


「そこはとっくに、間合いの外なんかじゃないんだよ」


 破壊の奔流を、アゼルは辛うじて躱した。

 床に真っ直ぐ線が走り、壁までが真っ二つに両断される。シグルドがシルウェスとの戦いで見せたという、遠くまで飛ぶ斬撃だ。


「さっすが!」


 しかしシグルドとの違いが二つ。


 続けざまに斬撃を放つ葵の懐に、アゼルは潜り込んで突きを放つ。だが葵はそれを易々と躱して、彼女を横から蹴りつけた。


 葵の剣技はシグルドのそれに比べて恐ろしく破綻が少ない。様々な魔物を対処するために磨かれたその技は対人間用に特化こそされていないが、それでも殆ど隙というものがない。


 地面を転がるアゼルへ、更に三連続で斬撃が飛ぶ。更に転がり避けるアゼルの真正面に、葵はいつの間にか回り込んでいた。


 両手で構えた剣を、葵は真っ直ぐアゼルに突き立てる。逃げ道は、ない。


「そうこなくっちゃ」


 しかし次の瞬間、アゼルは彼女から離れた位置に移動していた。


 葵には殆ど隙がない。言い換えれば、ほんの僅かではあるが、隙はある。少なくとも彼女はシルウェスよりも遥かに弱い。


「じゃ、こっちももう一段アゲていくね」


 その『加速(クロックアップ)』のチートさえなければ。


 葵の動きはもはや人間のそれではない。全力で走れば風より早いアゼルと同等か、それ以上の速さで動く。


「クロックアップ、十倍」


 それは人間の思考能力をコンピュータの補助で倍加させ、この世界での時間そのものを加速させるチートだ。


 葵の目から見れば、自分が早くなったというより、周りの世界自体が遅くなったように見える。


 そんな世界の中で、アゼルの姿が掻き消えた。


 音で判断は出来ない。なぜなら、互いの速度はとうに音など超えているからだ。

 勘を頼りに腕を構え、鎧で受ける。アゼルの杖にもまたチートがかかっていて、防御力の上昇は役に立たない。杖と鎧のチートは打ち消し合って、普通の武具の戦いとなる。


 だが、アゼルの防御はそうではない。彼女は防具らしい防具すら着込んでおらず、チートもかかってない。葵の剣が触れれば切れる。


 つまりは、圧倒的な有利だ。


 ……が。


「『回転床』」


 目の前から、アゼルの姿が掻き消える。


 アゼルが移動したのではなく、自分の身体が回ったのだと理解する頃には攻撃を避けきれない体勢になっていて、葵はぐっと身体を丸めアゼルの一撃を受ける。背中の厚い装甲があっけなくスパリと裂かれ、しかし葵の身体自体は守り切る。


 そのままくるりと身体を回転させて横に一閃。アゼルの身体は胴の半ばから真っ二つに断ち切られた。


「『鶏小屋』」


 そう思った瞬間に、アゼルの身体は真っ白な羽の塊に変化してそこらじゅうに飛び散った。コケコケとけたたましく鶏たちの声が響く。無数に散らばる気配の中、杖の突きが横合いから葵のこめかみを狙った。


「十二倍!」


 その動きが止まったように遅くなる。仰け反って躱す杖が、突きの途中で軌道を変えて横に払われた。


「十五倍!」


 加速の脅威は、あらゆる速度を倍加させることだ。単に素早く動くのとは根本的に異なる。反応する時間も、ものを考える時間も、地面に向かって落ちる早さも倍になる。


 葵はわざとその場に転んで杖を躱し、後ろにころりと転がった。


「『バネ床』」


 その地面が、ぐっと押しあがって葵を宙に飛ばす。十五倍の速さで射出される葵の動きに完全に対応した、アゼルの一撃が待ち受けた。


「一倍!」


 その斬撃は、突如として動きを元に戻したことにより空を切る。が、その一撃はすぐに葵を打ち上げる切り上げに変化した。


 両腕を交差させて防ぐ葵の身体が宙に浮き、天井にぶつかる。


「『四連トラバサミ』」


 その両腕両足が天井から現れたトラバサミによってがっしりと固定され、葵は天井に張り付けられる。


「ははは……」


 乾いた笑いが漏れた。


 自分の作ったダンジョンの中であれば無敵。

 そう豪語していたという迷宮主、ミケーネの技をアゼルは完全に引き継いでいる。その上あの杖は厄介極まりない。何のてらいもないシンプルなつくりだが、だからこそ縦横無尽に変化する。


 その長さから剣を相手にするつもりで戦っていたら、とんでもなかった。


「クラフト達の事を教えてください」


 葵を見上げ、アゼルは言う。


「わかった、わかった」


 笑いが止まらなかった。まさか、これほどまでの力量差があるとは。


 これで心置きなく……


「本気を出すよ」


「え」


 トラバサミを力づくで破壊し、床に降り立ち、そして上を見上げたまま棒立ちになるアゼルの腹を拳で打つ。


 その一連の動作の間、アゼルは瞬きを一つだけ、出来た。


「っ?」


 彼女の声の余韻だけを残し、その身体は迷宮の壁を突き破って埋もれる。


「百倍」


 葵の言葉はもはや誰にも聞こえない。音速を超えた発音は声にならないからだ。


「これが僕の全力だ」


 それでも葵は、そう宣言した。

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