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二話 『迷宮主』ミケーネ-1

「ところでクラフト、ここはなんですか?」


「ダンジョンだ」


 小高い丘の麓にぽっかり空いた暗い入り口を覗くアゼルに、クラフトはスレイを元の置物に戻しながら端的にそう答えた。


「だんじょん……」


「いいか。絶対にはぐれないようにしろ」


「はいっ」


 元気よく返事をし、アゼルはすっと手を差し出す。

 クラフトはその手を握り返した。


「コードキャスト、『光明』、二十歩、陽径」


 クラフトの呪文と共に魔術が発動し、小さな光の玉が浮かび上がって辺りを照らす。

 アゼルは目をぱちぱちと瞬かせて、躊躇なくそこに手を突っ込んだ。


「アゼル。あまり無闇に触るな」


「ごめんなさい」


 いつになく厳しいクラフトの言葉に、アゼルはびくりと身を震わせ、手を引っ込めた。


「これはただの明かりで無害だが、この世界には有害なものも多数存在する。安全が確認されてない物には出来るだけ触れないようにしろ」


「はい……」


 しゅんとするアゼルの表情に、クラフトはうっと呻く。

 言い方が厳しかったか、と後悔するが、舌の上に乗せた言葉はもう戻せない。


「コマ」


 気まずい雰囲気を誤魔化すように彼は懐から小さな赤い宝石を取り出し、名を呼んだ。

 すると宝石の中から炎が吹き出して、それは瞬く間に小さな犬の形をとる。


「わあ」


 新しいクラフトの人形に、アゼルはぱっと表情を変え、瞳を輝かせた。


「これは触っても大丈夫なものですか?」


 アゼルは空色の瞳で、炎の犬を興味深げにじっと見つめる。


「そうだな……触ってみろ」


 クラフトがそう言うや否や、彼女は躊躇なくコマに触れた。

 しかしすぐに手を引っ込める。


「クラフト」


 泣きそうな表情で顔をしかめながら、アゼルはクラフトを見つめた。


「それが、痛みだ」


 コマの身体は見た目の通り、動く炎そのものだ。普通なら触れれば火傷では済まない。しかし、クラフト渾身の作であるアゼルの義体はちょっとやそっとの熱など物ともしない強靭さも兼ね備えていた。非戦闘状態のコマに一瞬触っただけなら、冬場の静電気くらいの痛みしかない筈だ。


「わかったか? 危険なものに不用意に触ると、そういう事になる」


 アゼルの髪を撫でてやると、彼女はコクコクと頷き、ぎゅっとクラフトの手を握りしめた。


「よし。ではコマ、行くぞ」


 クラフトが命じると、コマは彼らを先導するようにぴょこぴょこと駆ける。

 すると、空中からぽこん、ぽこんと音を立て、アゼルの頭よりも大きな一つ目のコウモリが二匹、姿を現した。


「わっ」


 アゼルが声を上げると同時にコマがぶわっと毛を逆立ててコウモリに飛びかかり、あっという間に噛み千切る。コウモリ達はじゅっと音を立てて燃え、灰になって地面に落ちた。


「今のは、なんですか?」


「魔物だ」


「まもの……」


 やはり端的に答えるクラフトに、アゼルは首を傾げた。そうする間にも彼らの前には次々と魔物が飛び出してきては、コマに焼き滅ぼされていく。


「魔物は、どこから出てきてるんですか?」


 何もない空中から突然生まれ出るのが不思議で、アゼルは尋ねた。


「いや、これは元々ここにいるんだ。それを俺たちが発見しているだけに過ぎない」


 アゼルはもう一度、首を傾げる。


「この世界が円周率で出来ている事は、アゼルも知っているな?」


 これにはこくりと頷いた。


「この世界には理論上、全てがある。だがそれは、そのままではただの数字に過ぎない。そこから意味を見出し、何かを発見するのは常に我々の知性だ」


 クラフトが演説の様にそう呟きながら、迷宮の暗闇へと目を向ける。

 その視線の先で闇からにじみ出るように、頭の二つある蛇が現れた。


 コマの炎に照らされ、あっという間に灰になる蛇を見てアゼルはハッと気づく。


「見えてないだけなんですね」


「そうだ」


 満面の笑みを浮かべて、クラフトはアゼルの頭を撫でた。

 魔物たちは空中から突然現れたのではなく、単に発見されるまで目には見えなかっただけなのだ。


 それは雪原にたたずむ白狐や、木の葉に擬態する虫、騙し絵に隠されたもう一つの絵柄のようなものだ。一度気付けばそこにあることははっきりとわかるが、そうなるまでは意識の外にある。


「魔物だけではない。この世界にあるものの殆どは、元はと言えばそうして発見されたものだ」


 この世界は円周率そのものだ。

 何もないように見える空間にも無数の情報が漂っている。

 そこから、人は無意識に形を想像し、『発見』する。

 そうして、世界自体が形作られたのだ。


「とはいえ、普通はこんなに歩く度に生き物が『発見』されたりはしない。実際ここに来るまではスレイに乗っていたとはいえ、新しいものを発見することはなかっただろう?」


「はい」


 身体を手に入れてから今までの記憶を反芻しながら、こくりとアゼルは頷く。


「この迷宮の中では、魔法によって普通の場所より遥かに人に危害を加える存在が発見されやすいようになっている。そのような生き物を、魔法によって生み出された物。魔物と呼ぶ」


「……私は、魔物なのでしょうか?」


 少し考えた後、アゼルはそう尋ねた。


「いいや、違う。お前は発見されたわけではなく、俺達によって作られたものだ。そういうのは魔物とは呼ばれない」


 即座に否定するクラフトに、アゼルはほっと胸を撫で下ろす。


「さて、ついたぞ。コマ、戻れ」


 目的地。入り口から十分ほど歩いた所にある扉の前で、クラフトはそう命じた。

 コマの吸い込まれた宝石を懐に収め、クラフトは扉を開けてアゼルと共に中に入る。


 そこは人が四人も入れば一杯になってしまいそうな、小さな小さな部屋だった。

 入ってきた扉以外には出入り口らしきものはなく、壁からレバーが突き出している。

 その他には何もない部屋だ。


「クラフト、これは?」


 思わずレバーに触れそうになるのを我慢して、アゼルは尋ねた。


「いい子だ。それには触るなよ」


 クラフトはアゼルに小さく笑いかけた後、レバーは無視して壁面を指で探る。

 しばらくそうした後、彼は不意に指を止めた。


「アゼル、わかるか、ここ。触ってみろ」


「そこ、少しだけ、色が違いますね。これは……蓋?」


 アゼルがそこの壁を触ってみると、レンガの一部がぱかりと開いた。

 巧妙にレンガに偽装されたその蓋の裏には、小さなボタンがついている。


「色の違いまでわかるか……普通人間の目には感じ取れない程度の差のはずなんだが、流石だな。押していいぞ」


「はいっ」


 自らの作った義体の性能に頷きつつそう促すと、妙に嬉しそうにアゼルはボタンをぽちりと押した。途端、辺りの景色がぐにゃりと歪む。


「これは……?」


 小さな部屋の中にいたはずなのに、いつの間にか二人は大広間のただなかに立っていた。


「ここは迷宮の最奥部。階層で言うなら、地下十階に当たる場所だ。さっきの場所から歩いてくれば、まあ三日はかかる距離だな」


「はー」


 アゼルは感嘆の息をつき、辺りをきょろきょろと見回した。


「さっきのは客専用の転移罠……まあ要するに裏口だな。あのレバーを引かずに、隠しボタンを押さなければいけない。ボタンの場所は毎日変わるが」


「レバーを引くとどうなるんですか?」


「魔物だらけの部屋に転移される」


 えげつない罠だ、とクラフトは呟く。


「よくぞここまで来た、愚かなるものよ……」


 そんな彼らを歓迎するかのように、しわがれた声が響いた。

 同時にクラフトの掲げていた魔法の光が消えて、辺りが闇に包まれる。


「我が難攻不落の迷宮をここまで乗り越えてきたこと、まずは褒めてやろう」


 真っ暗になったその空間に、ぽっ、ぽっ、と音を立てて炎が灯った。

 両端に並んで道を作る炎の奥。ローブを身に纏い、フードを目深に被った怪しげな姿が見えた。アゼルは思わず、ぎゅっとクラフトの手を握りしめる。


「だがそれもここまでだ。迷宮を総べる魔王の真の恐ろしさ、しかとその身で思い知るが良い!」


 叫ぶような声とともに、ぼん、と炎が破裂した。

 しかしクラフトはそれを気にも留めず、ローブに向かってつかつかと歩み寄る。


「ククク……臆せず来るか。しかし勇気と蛮勇の違いが分からぬようでは……待て、あまり近寄るでない。待て、ちょ、ちょっと待ってってば!」


「アゼルが怖がってるだろ、馬鹿」


「いでっ!」


 そしてクラフトが拳骨を落とすと同時、辺りをぱっと光が包み込んだ。


「久しぶりだな、ミケ」


「もー。ちょっとした冗談なんだから、付き合ってくれてもいいじゃないのさー」


 ミケと呼ばれた女性は涙目でじんじんと痛む頭を押さえながら、先程までとは似ても似つかない可愛らしい声でそう訴えた。

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