六話 『仮想世界』サーキュラー・コンスタント-6
「エグいことするなあ……」
どうどうと音を立てて洞窟の内部に流れ込む河を遠い目で眺めながら、シグルドはぽつりと呟いた。
ペネロペたちが逃げ込んだ洞窟へと案内するや否や、ミケーネが物凄い速度で水路を引き、河と繋げて引き込んだのだ。
「水攻めはダンジョン攻めの基本中の基本だよ」
また地図を書き換えないといけない、と渋い顔をするシルウェスをよそに、ミケーネは得意げにそう言った。
「何だよダンジョン攻めって……」
ミケーネは城攻めみたいなノリで口にするが、ダンジョン探索ならともかく外からダンジョンそのものを攻撃する発想は完全にシグルドの想像の埒外にあった。
「ミケのダンジョンは、大丈夫なんですか?」
「もっちろん。うちはちゃんと水はけるように設計してるからね」
「誰がお前のダンジョンに河なんか引き込むと言うんだ」
アゼルに胸を張るミケーネに、呆れ声でクラフト。
「でも、本当にこんな乱暴な作戦で良いのか? 相手は壁もすり抜けてくるのに、水攻めなんて効果あるのか?」
「まあ、壁がすり抜けられるんだから、水だってすり抜けるでしょうね」
心配そうに問うシグルドに、ミケーネはあっさりと答えた。
「じゃあ……」
「壁抜けできるんなら、どうして真下。地下に逃げなかったと思う?」
「えっ」
ミケーネの質問に虚を突かれ、シグルドは口ごもる。
確かに言われてみればその通りだ。
「呼吸できないからだな」
「ぴんぽんぴんぽーん。クラフト大正解! ご褒美にあたしの熱いキスを……」
「だ、だめです!」
両腕を広げるミケーネの前に立ちはだかる様にして、アゼルがぎゅっとクラフトに抱きつく。相好を崩す彼の頬を、シルウェスが無言でぎゅっと摘まんで引っ張った。
「爆発しねえかな……」
そんな光景を、シグルドはこの上なく荒んだ表情で見つめる。
「ともかくだ」
咳払いを一つして、クラフトは話題を戻した。
「例え水に押し流されることがなくても、洞窟の内部を水で埋めれば呼吸できない。ここは仮想世界だ。呼吸できなくとも死ぬわけではないが……」
閃光が走り、大地が割れる。
「それでも人は、呼吸できない苦しみを忘れることは出来ない」
彼が言う通りに、地面に出来た亀裂からずぶ濡れの一団が這い出てくる。
たったあれだけの戦いで相手の能力と弱点を的確に見抜き、そこを突く鮮やかさにシグルドは思わず感嘆の息を漏らした。
「はい確保ー」
演奏の指揮をするかのように揮われるミケーネの指先に従って、ガチャガチャと金属音を鳴らしながら鉄格子が彼らを包み込む。
シグルドがチートで極限まで強度を高めた檻だ。
「随分手荒いご招待だな」
檻の中で、先頭に立つ男が落ち着き払った態度でそう言った。
全員がずぶ濡れになっている中、彼だけは服が濡れてさえいない。
「お前が首謀者か」
「人聞きが悪いな」
クラフトに、男は肩をすくめる。
「CC内の法律に、外部ツールを用いて世界を改変してはならない、などというものはない。逆に、強制的に監禁するのは明らかな犯罪だ。罪人はそちらの方だろう」
「……詭弁を。この世界そのものを崩壊させるような行為が、罪でない筈がないだろう」
吐き捨てる様に口にするクラフトに、男が『おや』と言うように眉をあげた。
「世界を崩壊させる? それはどういう事だ?」
意外な言葉に、クラフトたちは思わず顔を見合わせた。
「アンタたちがチートを使ってるせいで、CC自体が崩れかかってんの。まさか知らないとは――」
「いや、知らなかった。それは申し訳ないことをした」
ミケーネの言葉を遮る様に、男は深く頭を下げる。
「どう対処すればいい?」
「複製品の破棄、及び全チートの使用禁止。配布先の対処」
彼を睨むように見つめながら、シルウェスが簡潔に述べる。
「わかった。すぐに対処しよう。使用を許したのはここにいるメンバーだけのはずだが、漏れているかもしれない。それも厳重に調査し、わかり次第そちらに連絡しよう。……それでよろしいかね?」
「……ああ」
男の奇妙なまでの物分りの良さに薄気味の悪さを感じつつも、クラフトは頷いた。
「重ねて言うが、こちらとしてはこの世界そのものを破壊する意図などなかったんだ。当然だろう? 世界を壊したりしたら、ビジネスにならない。複製品だって、経済に深刻な影響を与えたりはしないよう厳密に管理していた。わかって頂けるか?」
そう訴える男の瞳は真摯そのものだ。少なくとも、クラフトの目にはそう見えた。
「……信じるかどうかは、今後の行動で判断させてもらう」
「勿論それで結構だ。では、この檻を解いてもらえるかね?」
そう言われてしまっては拒否しようがない。
少なくとも現行法上、クラフトたちの方が罪を犯しているのも確かな事だった。
死というものが不可逆ではないこの世界において、監禁は殺人よりも罪が重い。
クラフトが目を向けると、ミケーネは渋々と檻を解いた。
「少し、待て」
クラフトは袖口からざらざらと金属の塊を取り出すと、数秒で細い腕輪を六つ、作り上げる。
「悪いがこれをつけてもらえるか」
「ああ、構わない。先ほど言った対処をしたら外してもらえるんだろう?」
「勿論だ」
チーターたちに渡し、その腕へと嵌めたその輪は位置を特定する為のものだ。
バルクホルンが作った武器と同様、着けているものの位置を知らせ、変質させたり、壊したり、外したりすればそれはすぐにクラフトに伝わるように仕組んである。
一人一人に渡すその間、クラフトと葵の目がかち合った。
兜の奥のその瞳と視線をかわすのは一瞬の事。
クラフトは何も言わずに彼女に腕輪を渡し、葵もまた無言でそれをつける。
「なるほど。これだけのものを瞬時に作り出すとは、噂通り大した腕だ、『人形師』」
リーダーの男が腕輪を一撫でし、そう言った。
「……俺を知ってるのか?」
「勿論、ご高名はかねがね伺っているよ。そう言えば、まだ名乗っていなかったな」
平凡な顔立ちの男は薄く笑みを浮かべる。
「私は『創造主』ゼノンだ。はじめまして、皆さん」
 




