六話 『仮想世界』サーキュラー・コンスタント-5
「いや……多分、今のは本人だと思うが」
自信なさげにクラフト。
「言われてみれば、声も一緒だったと思う」
ミケーネがそれに頷き、
「剣筋も」
ぽつりと、シルウェスが更に補足した。
「え、でも、葵は友達ですよ?」
一切の疑いのない瞳で言うアゼルに、クラフト達は思わず押し黙る。
「……あれ?」
最初に気付いたのは、ミケーネだった。
「シグルドどこいった?」
一緒についてきていたはずの太った少年が、いつの間にか見当たらない。
「そう言えば、いないな」
「まさか、あいつ……」
「逃げて、ねーよ」
ぜえぜえと息を吐きつつ、シグルドはふらつきながら現れて、ミケーネの言葉を遮った。
「アンタどこ行ってたの?」
「俺、何が出来るかって、考えたんだ」
息を整えながら、彼は言う。
「俺さ。運動も出来ねーし、勉強も、苦手なんだ。チートがあってもあんな戦いについていける気がしねーし、魔法とかも、金で買った雷撃くらいしか使えない。でも、一個だけ、得意なことあるんだ」
「得意なこと?」
「その。引かないでくれよ……」
シグルドは少し気まずげに、小声で言う。
「その……人に気付かれないように、ついていくこと……ス、ストーカーじゃないからな!? ただ、前を人が歩いてると抜かせなくって、気付かれるのもなんか嫌で、そんなことしてるうちに自然と……」
「そんな話はどうでも良い! つまり、お前は……」
「ああ。あの幽霊みたいに壁抜けする女。ばっちり後を付けて、どこに逃げたか見てきたよ」
「でかしたーっ!」
ミケーネはシグルドの頭を乱暴にわしゃわしゃと撫でる。
「ちょ、おい、やめろよ」
彼は嫌そうに声を上げつつも、満更でも無さそうだ。
「次からはさっさと結論から言いなさい」
そんな彼を蹴り倒し、シルウェスは冷たくそう言い放つ。
「でも、よくやった」
冷淡に、しかしどこか優しさを持って、彼女はシグルドを見下ろす。
ヤバい。何かに目覚めそうだ。
その冷たい眼差しに刺し突かれながら、シグルドはそんなことを思った。
「良かった、無事だったんだね」
がちゃがちゃと音を鳴らしながら歩いてくる甲冑の姿に、ペネと呼ばれた女……ペネロペは、ほっと胸を撫で下ろした。
「うん。クシーは?」
「まだ接続切れてるみたい」
ぐったりと倒れ伏す男を見て、彼女は首を横に振った。
俗に、気絶と呼ばれる現象だ。
強い衝撃を受けると安全のため、一時強制的に接続が切断されてアバターだけが残る。
「一体どんな馬鹿力で叩かれたんだろ」
彼らは皆、ちょっとやそっとの攻撃では傷つきもしないくらい肉体を強化している。
気絶まで追い込まれるようなことがあるとは、夢にも思っていなかった。
「リーダーたちは?」
「まだみたい」
彼女たちが逃げ込んだのは、アーティアのそばにある小さな洞窟の奥だった。
CC世界にはいくつもこういった洞窟が存在しているが、ゲームと違って別に奥に宝物があるわけではない。好んで立ち寄るものも殆どいないから、居住性を別にすれば秘密の隠れ家としては絶好の場所だ。
「いや、今帰ったよ」
声とともに空間に青い炎が立ち上り、そこから三つの影が姿を現した。
地面にまで届きそうな長さの白い髭を蓄えた老人。
きゅっと括れた腰に、豊かな胸を持つ艶めかしい女性。
そして何の変哲もない、ごく平凡な顔立ちの男だった。
「一体何があったんだ?」
「襲撃です」
「いつもみたいにアーティアで品物を増やしてたら、四、五人襲いかかってきたの」
平凡な男の問いに葵が答え、ペネロペが補足する。
「強盗か?」
「違うと思います」
葵は兜に包まれた首を横に振った。
「多分……チートのことがバレたんじゃないでしょうか」
「何故そう思うんだ?」
「知った顔がいました。超一流と呼ばれる職人です。物取りとは思えません」
「超一流……まさか、原点か?」
頷く葵に、老人と美女は顔色を変えた。
「ふむ……どこから漏れたんだろうな」
そんな中、平凡な顔の男だけが落ち着いた様子で首を捻る。
「外部に漏れないよう、十分注意して立ち回ってきたつもりだったんだが」
「Dupeではないでしょうか」
「Dupe?」
彼の視線が、未だ気絶したままの男へと向く。
Dupeとは、ゲーム内でアイテムを不正に増殖させる行為を指す。CCが生まれる前から、ネットゲーム全般で使われてきた用語だ。それと同時に、気絶した男に与えられた能力であり、コードネームでもあった。
「以前、小鬼が大量発生しているのを見かけました。彼らが気付くとすればあれが原因ではないかと」
「なるほど。それについては後で問いただすとして、しばらく場所を……」
不意に、男の言葉が途切れた。
「何の音だ?」
彼は小声で呟き、耳を澄ます。
何か、ごうごうという音が遠くに聞こえていた。
「なんだか、近くなってきてるような……」
ペネロペが言う間にも、その音は少しずつ大きく、はっきりとしていく。
「なんか、どこかで聞いたことがあるような」
美女の言葉に、一同頷く。
「あ、わかった」
ペネロペが無邪気な仕草で、パンと手を合わせた。
「おトイレで、水が流れるときの音だ」
「……なんだって!?」
直後、彼らの身体は濁流に飲み込まれた。
 




