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六話 『仮想世界』サーキュラー・コンスタント-4

「さて、準備はいいか?」


「はーい!」


 クラフトの言葉に、アゼルたちは元気よく手を挙げて返事をした。


 その数実に、百と二十八体。


 しかしそのサイズは手の平に乗ってしまうほどに小さい。

 オリジナルのアゼルよりも比率的に手足は短く、かわりに頭が大きい。

 人形というより、ぬいぐるみのような愛らしさ。

 大胆にディフォルメを施した、アゼル省エネヴァージョンだった。


 アゼルはクラフトたち現実世界の人間と違い、その義体に人工意識としてのアゼルが「乗っている」状態だ。故に、ある程度自由に義体を乗り換えることが出来る。


 本来はアゼルの本体である指輪を付けた義体だけしか操作できない所をミケーネに改造して貰い、ある種の媒体を練り込んだ義体なら同様に動かせるように改良。

 クラフトがデザインしたディフォルメ・ミニアゼルを動かして、自分で自分の義体を作る。一体が二体、二体が四体、四体が八体といった調子で、あっという間に百二十八体まで作り上げた。


 流石にこれ以上多くなるとアゼルも動かしきれないという、ギリギリの数だ。


「じゃあ、割り当てを決めますね」


 ライカが机の上にバサリと街の地図を広げる。


「あの!」


 そこに、シグルドが口を挟んだ。


「俺も……俺にも、協力させてくれない、か」


 一同の視線が彼に注がれ、次いで自然とそれはクラフトへと向かった。

 この世界が崩れてしまう事をもっとも憂いているのは、恐らく彼だ。


「……お前は」


 その意思を受け止め、クラフトはおもむろに尋ねる。


「アゼルの事をどう思う?」


「は?」


 意外な問いにシグルドは目を瞬かせたが、クラフトの目は冗談を言っているようには思えなかった。


「えと、かわ……いや、綺麗だって思うけど……いや、えっと、そうじゃなくって」


 彼が何を求めているのかわからぬまま、とにかく答えなければと焦って出てきたのはそんな言葉だった。


「いや」


 あたふたとする彼に、しかしクラフトは笑みを浮かべる。


「それでいい。有難く手を借りよう」


「ま、わたしも大丈夫だと思いますよー」


「そうだな。裏切ったりしたらどうなるかはわかってるだろうし」


 クラフトの決断を、ライカとバルクホルンがそう請け負う。

 他の者たちも異議を挟むことはしなかった。


「ありがとうございます!」


「いや、別に礼を言われるほどのことじゃ……」


 嬉しそうに顔を綻ばせながら礼をいうアゼルに、シグルドは頬を染めてそっぽを向く。


「アゼルも可愛いとか綺麗とか言われたら嬉しいの?」


「はい、勿論です」


 ミケーネの素朴な問いに、アゼルは元気よく頷いた。


「だって、クラフトの作品が褒められてるって事ですから」


 表情を輝かせるアゼルを、クラフトは無言で撫でる。


「じゃあ、改めて配置を決めますねー」


 ごほん、と咳払いし、ライカが地図に印をつけていく。


 ミニアゼルも一応歩くくらいは出来る。

 だがその速度は大きさにあわせた極々遅いものだし、全員を同時に別々の方向に歩かせるのも難しい。手早く街の中に配置するには、人手を使うしかなかった。

 ライカの見立てで怪しい場所を重点的に押さえ、百二十八のミニアゼルを配置するのだ。


「……この子」


 小さなアゼルたちを鞄に詰め込みながら、シグルドがぽつりと言う。


「全部終わったら、こっそり一体くらい貰っても……」


「良い訳ないだろう」


 地獄の底から響くかのような声に、シグルドのみならずバルクホルンとシルウェスまでもがびくりと身体を震わせた。






「後は釣れるのを待つだけですねー」


 椅子に深く腰掛けて、眠り込んだかのようにぴくりともしないアゼルを見つめながら、一同はまんじりともせずに待っていた。


 ミニアゼルたちの配置は終わり、アゼルの意識は小さな端末を操って魔術を使う事に集中しており、自分の身体を動かす事は出来ないのだ。


「かかってくれればいいけどね……」


 ミケーネの言葉に、全員が頷いた。

 百余りのアゼルたちではアーティアの街全体をカバーする事は出来ない。


「数日待って見つからないようなら、配置を変えてみましょう」


 そもそもこの街にチーターたちがいるという事自体、確証のない話だ。

 藁にもすがる思いで、クラフトはじっとアゼルを見つめる。


「……まあ、こうして待っていても仕方ねえ。順番を決めて見張りを……」


 バルクホルンが言いかけた、その時。


「いました」


 アゼルはその空色の大きな瞳をパチリと開いた。


「どこかわかりますかー?」


 ライカの手によってすぐさま広げられる地図の一点を、アゼルは指差す。

 それは街の郊外にほど近い建造物の一つだった。


「なるほどー……多分ここは、空き家ですねー」


「空き家? そんなものがあるのか?」


 ライカの言葉に、クラフトは首を傾げる。


「はい。街の外縁部にはこうした空き家がたくさんあるんです」


「あー、そういや、やたらあるな。ありゃ何なんだ?」


「そうですねー。いうなれば夢の後……でしょうかー?」


 バルクホルンの問いに、ライカはこてんと首を傾ける。


「CCには土地代って概念がないですからねー。家も小さいのなら、誰でも簡単に建てられるんですよー。で、この街なら成り上がれると思ってやってきて家を建てて……結局、駄目だった人たちのものです。CCに来なくなっても、作ったものは残りますからねー」


「隠れるには打ってつけというわけか」


 クラフトの言葉にライカは頷く。


「で、突入するメンツなんですけどー……」


 ちらりと視線をシルウェスへと向け、


「私、ミケ、クラフト、アゼル、シグルド」


「それが妥当でしょうね」


 返ってきた答えにライカは賛同した。


「俺は留守番か……まあ、仕方ねえな」


 バルクホルンは少しだけ残念そうにつぶやいた。

 彼も並みの冒険者に比べれば遥かに強いが、流石に今回は相手が悪いと言わざるを得ない。

 他の原点たちはそもそも戦闘自体に向いていない。


「え、っていうか、俺も?」


「当然」


 目を白黒させるシグルドに、シルウェスは短く言って頷く。


「いや、でも、俺じゃあ役になんて……」


「チート使って良いに決まってるでしょ」


 呆れたように、ミケーネ。


「え、いいの?」


「良いも何も、相手がお前と同じように防御力を強化していたら、お前がこちらの武器を強化してくれないと勝負にならん」


「あ、そうか……」


 クラフトの言葉に、シグルドは遅まきながら納得した。


「世界は更に歪むだろうけど、後で戻せばいいでしょ。戻せないんなら、チーターを捕まえても無駄だしね」


「わかった。頑張るよ」


 ふっくらとした幼い顔を引き締める彼に、ミケーネはニヤリと笑う。


「アンタ、そっちの姿の方が男前なんじゃないの」


 彼女の言葉に、笑い声があがった。






「……ここだね、間違いない」


 アゼルが見つけ出したポイントで、改めてミケーネが確認する。

 作り出された複製品は今も空き家の中にあるようだった。


「中には……女が一人、男が二人。うち一人は全身鎧を着こんでる」


 更にその壁に手を当てて、中の構造までを完璧に把握する。


「中の広さは見た目通り、地下もないからこの三人だけ」


「この世で一番信頼できる太鼓判だな」


 断言するミケーネにクラフトは軽口をたたく。


「ありがと。で、チートへの対処はどうするの? 時間を止めるアレって防げないんでしょ?」


「ああ。あれは動けるの、使った本人だけなんだ。俺も相手に使われたら、多分動けなくなる……と、思う……使われた事とかないから、わかんないけど」


 シグルドが言うには、ラグを故意に発生させて時間を止められるのは、体感でおよそ10秒ほどのことであるらしい。


 チートによる身体能力を合わせれば、シグルドがもたつきながら落とし穴から這い出した後でもシルウェスとミケーネを殺してしまうのに十分な時間だ。


「簡単」


 しかしシルウェスは気にした様子もなく、言った。


「使われる前に倒す」


「発想が脳筋過ぎる……」


 呆れるシグルドを捨て置いて軽く打ち合わせ、ミケーネが地面に手を当てる。


 彼女の管理下に置かれた地面がまるで蛇の様に隆起したかと思うと、空き家の壁を突き破った。


「な……」


「え、なに!?」


 中の男女が口々に声をあげる。

 その瞬間には、原点たちは既に彼らに肉薄していた。


 シルウェスの剣が鎧の男に向けて振られ、アゼルの杖がもう一人の男に。

 そしてミケーネの指の動きに従い、土の蛇が女へと突き進む。


 男達は完全に混乱していて、対応する気配もない。


 だが、そこで二つ、誤算が生じた。


 ミケーネの飛ばした土の蛇が、女を飲み込み完全に押しつぶす。

 そこまでするつもりはなかったミケーネが息を飲むその前で、鋭い金属音が響いた。


 シルウェスの一撃を、鎧の男が剣を抜いて受け止めたのだ。


 これが鎧で受けたのであれば、シルウェスもそこまで驚かなかっただろう。

 だが、完全に奇襲されながらも鞘に納めた状態の剣を引き抜き、一撃を見事に防いで見せたのだ。それは驚くよりほかになかった。


「ちょっと、なに、何なの?」


 そればかりか、潰されたはずの女が土の中からまるで幽霊の様に顔を出す。


 ただ一人、アゼルに杖で殴られた男だけが普通に吹き飛び、壁にぶつかってぐったりとしていた。


「アゼル、鎧を! ミケ、女を何とか捕えろ!」


「ペネ、クシーさん連れて逃げて! ここは僕が食い止める」


 敵味方共に混乱に陥る中、クラフトと鎧の男が叫んだ。


「う、うん」


 ペネと呼ばれた女が頷き、倒れ伏す男へと近づく。


「どうなってんの、あれ!」


 ミケーネが小屋全体を縦横無尽に操ってその行く手を阻む。

 だがペネはそれを全てすり抜けると、クシーと呼ばれた男を担ぎ上げて逃げ出した。


 その一方で、鎧の男はアゼルとシルウェス二人を相手にしながら、その攻撃を全て捌き切っている。恐ろしいまでの動きだった。


「カタナ」


 クラフトが一歩進み出て、短くその名を口にする。


 彼の袖口からするりと飛び出した刀の模型が一瞬にして巨大化し、一振りの日本刀となって鞘走った。


 武器ではない。武器の形をした、人形だ。

 それはクラフトの身体を操って、宙を滑るようにして鎧の男に向かった。


 雷光の如き一閃。

 クラフトの参戦はないと踏んでいた鎧の男はそれを受け切れず、しかし咄嗟に身を引いて躱す。首を刎ねんと振られた刃はその面頬を掠め、兜を二つに叩き斬る。


「っ……!」


 その下から現れたのは、男ではなかった。


 シルウェスとアゼルが思わず一瞬手を止めたその隙に、彼女は剣を地面に叩きつける。

 まるで爆弾でも爆発させたかのような衝撃が小屋中を包み、砂煙が盛大に巻き起こる。


「くそっ……!」


 煙が晴れた後には、三人ともその姿を完全に消してしまっていた。


「今の人」


 アゼルが目をパチクリさせながら言った。


「葵にすっごく似てませんでしたか?」


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