六話 『仮想世界』サーキュラー・コンスタント-3
メキメキと、何かを砕くような嫌な音が鳴り響く。
その場にいる誰もが理解した。
これは、世界が壊れる音だ。
バチバチと火花がはぜて、木製の椅子は二つになる。
「うわあ」
それを見てライカは、うんざりとした声をあげた。
「これは……酷いですね」
二つの椅子は、寸分違わず同じ。
それはCCに慣れた彼らにとっては、酷く気味の悪い光景だった。
「現実では見慣れた光景だが……ここまで違和感があるとはな」
クラフトの呟きに、一同頷く。
まるで自分そっくりのクローンにばったり出会ってしまった気分だった。
「そんなもん?」
それを作ったシグルドだけが、不思議そうに首を捻った。
職人たちが作るものは基本的にここまで同じ姿をしていない。
微妙なりとも差異があるのが普通なのだ。
全く同じものを作る事が出来ないというわけではない。
だが、職人たちは本質的に芸術家なのだ。
完全に全く同じ絵を延々描く画家がいないように、彼らもまた全く同じものを作る事を厭う。
「どうだ、ミケーネ」
「うん……複製品とオリジナルを見分ける事は、可能みたい。複製の瞬間も、近くにいれば捉えられるかな」
複雑な魔法のコードを更に修正しながら、ミケーネは難しい表情を浮かべた。
ミケーネもクラフトの超一流の魔法使いだが、人形作りに特化しているクラフトと違って彼女の魔法技術は汎用性が高い。
「近くってどのくらいだ?」
「……半径二キロくらい?」
「微妙だな」
その効果範囲に比して、CCはあまりにも広い。
実用性があるとはとても言えない数字だった。
「ただいま」
そこに、シルウェスが顔を出す。しかしこちらの表情も芳しくはない。
「どうだった、シル」
「駄目。もう、殆ど消えてる」
世界の果ての拡張が、一か所止まっているだけならそれほどは問題ない。
そんな楽観的な予想は彼女の報告によって覆された。
東西南北どちらの方向に進んでも、もはやこの世界に先はないのだ。
CCは、基本的に消費していく世界だ。
物資を消費する事はあっても、現実のように自然と増える事はない。
しかし世界が無限に広がるがゆえに、それで困る事はない。
……ない、はずだった。
現時点でのCCも、地球の数倍の大きさを誇っている。すぐにどうこうなる事はないだろうが、食い止めなければ遠からずCCは破綻してしまうだろう。
「あれ?」
ふと、何とか検知範囲を広げられないかと魔法を弄っていたミケーネが声をあげた。
「……アゼルから複製品の反応がある」
「なんだと?」
途端、クラフトは気色ばんで椅子から立ち上がる。
「待って待って、落ち着いて。アゼルくらい情報量の多い子が複製だったらこんな程度じゃ済まない。もっと小さいもの。単純なものよ」
そんな彼を、ミケーネは慌てて宥めた。
「……もしかして、これですか?」
アゼルはごそごそと服の中に手を突っ込むと、赤く輝く楕円形の板のようなものを取り出した。
「それは……初日の」
「はい。竜の鱗です」
それは、彼女が生まれた日に出会ったドラゴンの鱗だった。
初の獲物を倒した記念にと、クラフトが一枚剥いで彼女に渡したものだ。
「あの竜は複製だったのか」
怪物が街の中に入り込んでくるのは、そう珍しいことではない。
ドラゴンほどの巨大なものになると珍しいが、ありえないという程ではなかった為、全く見過ごしていた。
「これ、アンタが作ったわけじゃないよね?」
ミケーネの問いに、シグルドは慌ててぶんぶんと首を振った。
「じゃあ、チーターがこの街にいるって事?」
「その可能性は高いな」
「でも……それでも無理よ。この街だけで半径五十キロはあるのよ? 単純計算でも625人は必要って事じゃない。しかも、見つけられるのは複製を作る瞬間だけ。24時間体制で見張らないといけないの。とてもそんな人員は割けないでしょう」
「とりあえず知り合いに声をかけまくって、頭数を揃えるか?」
バルクホルンの提案に、シルウェスが首を振る。
「そこまで大事にすると、バレる可能性が高い」
チーターたちにまで話が伝わって逃げられてしまっては元も子もない。
「クラフト」
頭を捻る原点たちを見て、アゼルが声をあげた。
「私、そのちーと、で、たくさんになれないでしょうか?」
その提案に、その場の誰もが絶句する。
「なれるかどうかでいえば……おそらく、なれるが」
アゼルはその身全てが電子情報だ。
確かにチートで複製できるかも知れない。
「やめた方がいい」
シルウェスが硬い声色で言った。
「余計に円が歪む」
「そうね。それに、アゼルくらい大きな情報を複製したら、他の複製品が霞んで検知できなくなると思う」
その意見にミケーネも随従する。
しかし論理的に説得しつつも、彼女たちの本音は単にアゼルにそんな事をしてほしくない、という単純なものだ。
理屈ではなく、強い抵抗があった。
そんなことを許してしまえば、アゼルという人格を否定する事になってしまいそうで。
「……いや」
だからこそ。
「その案は悪くないな」
クラフトの言葉に、シルウェスとミケーネは目をむいた。
 




