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六話 『仮想世界』サーキュラー・コンスタント-2

「違う、俺じゃない! 俺はやってない!」


 シグルドはまたしても天井から吊るされながら、手足をじたばたさせて叫んだ。


「やった奴は皆そういうんだ」


 彼の手足を縛った紐を天井の梁に引っ掛け、ぐいぐいと引っ張りながらバルクホルン。

 小さな宿だった昨日と違い、ライカの店の天井は高い。

 ぐんぐん遠のく床に、シグルドは青ざめた。


「だから本当に違うって!」


 世界の果てに、限りが出来てしまった。

 シルウェスから受けたその報告に、再び原点たちは集まってシグルドの周りを囲んでいた。


「原因がチートで増やした複製品だって言うのは、間違いないんだよ」


 彼を睨みつけながら、ミケーネは腕を組む。

 CCは、円周率の具現だ。無限で全てがあり、偏りが無い。

 しかし、特定のものを複製するということは、そこに偏りを作るということだ。


 結果として円が歪み、円周率が計算できなくなってしまった。

 そこまでは、シルウェスとミケーネの調査でわかっていた。


「俺が作った複製は、ちゃんと全部消したよ!」


「本当かあ?」


 バルクホルンは疑わしげに見つめる。


「そもそも今までに俺が複製したのは、モンスターだけなんだって! それもすぐに殺したし、死体だって処分した。複製以外のチートも、もう使ってないよ! そうじゃなきゃこんなことになってるわけ無いだろ、馬鹿!」


「それもそうか」


 流石にシグルドだって、二回も騙されたりはしない。

 真っ向から堂々と捕らえたのだが、チート能力を使ったのなら流石にここまであっさりと捕まりはしなかっただろう。


「だいたい、これは人から貰ったものなんだから、俺にくれた奴も使ってるに決まってるだろ!」


「……貰った?」


 思わずクラフト達は口をそろえる。


 考えてみれば当たり前の事だった。

 チートで物を複製したり変性させたりすること自体には技術が要らなくとも、そもそも外部からCC内に干渉するのにはかなり高度な技術が必要だ。

 とてもシグルドに出来そうにはない。


 それを彼らは完全に見落としていた。

 何故なら、その気になればそのくらい出来る者ばかりだったからだ。


「貰ったって誰からだ?」


 とりあえずシグルドを下ろしてやってから、クラフトは彼に問い質した。


「わかんないよ」


 そっぽを向き、不貞腐れたように答えるシグルド。


「いい加減な事を言うと……」


 バルクホルンが、己のベルトに手をかけた。


「いや、本当に知らないんだって! そもそも貰ったのはCCでじゃない、マスターオブダンジョンってゲームでなんだよ!」


「なんですって?」


 慌てて言い募るシグルドに、ミケーネが思いっきり嫌そうな顔をした。


「向こうではサイラスってユーザーネームだったけど、こっちには居るかどうかもわからない。そもそも、CCじゃ名前登録すらないだろ」


「ユーザーネーム?」


「ああ、普通のMMOって始める時に名前を登録すんの。他のプレイヤーと被らない様につけるから、逆に言うと名前さえわかればそいつが誰なのか特定できるんだけど……」


 首をひねるクラフトに、ミケーネが説明する。


「自分と同じ名前の人間がいたらどうするんだ?」


「別の名前使ったり、どうしても使いたきゃ名前の前後に(ダガー)って記号を入れたり……」


「ダガーミケーネダガー、とかになるのか? 呼びにくくないか?」


「いや、別に呼ぶときに発音する必要は……って、そんな話はどうでもいいの!」


 どんどん脱線していく話に、ミケーネは両腕を振り上げた。


「しかし、そうなると厄介ですね。私も気付かなかったって事は、相当巧妙に隠れているって事だと思います」


 幼い顔を深刻に歪め、ライカが呟く。


「こいつみたいな間抜けな方法では捕まらんだろうなあ」


 シグルドを見やりながら、バルクホルンは顎を撫でる。


「間抜けで悪かったな。っていうか、さっさとGMに通報すればいいだろ?」


 そんな彼らを不思議そうに見ながら、シグルドはそう言った。


「ゲームマスター? そんな称号の原点は聞いたことないが……何の職人なんだ?」


「いえ、ゲームマスターというのは、MMOを運営する管理者の事ですね」


「あのなあ坊主。CCはゲームじゃねえんだ」


 頻出するゲーム用語に首を捻りっぱなしのクラフトを捨て置き、バルクホルンは諭す。


「何だよ、ガチ廃人かよ……」


 MMOは遊びじゃない。

 そう言い放ち、人生のすべてを賭けた廃人の噂は聞いた事があった。

 まさかこんな所にいたとは、とシグルドは身体を引く。


「そういう意味じゃねえ。この世界を開発した人間はいても、管理者なんてもんはいねえ。例え誰がチーターかわかったとしても、それを問答無用で排除できる人間はいないんだ」


「はあ? なんでだよ、おかしいだろそんなの」


「考えてもみろ」


 ようやく自分の理解できる話になってきて、クラフトは口を挟む。


「この世界は円周率の具現で、そこからあらゆるものを見出す。……だが、本当に円周率そのものだったら、その世界の中を動いたり、変化させたりできるわけないだろう?」


「そりゃあ、まあ……」


 円周率の具現。それを、シグルドは単なる世界観の設定だと思っていた。

 世界を象が支えてるとか、巨人の死体で出来ているとか、そう言った『ただの設定』だと。


「だが実際にはそうじゃない。なら、その変化した情報をどこかに記録する必要がある。それは膨大なデータで、しかも無限に広がっていく。出来たものをどこに保存する? 何が法則を処理している? どれだけの処理装置があればこれだけのものを維持できると思う?」


「わかんねーよ、そんなの……」


「馬鹿ね。アンタの首の上にもついてるでしょ」


「首?」


 シグルドは思わず自分の太い首を触る。


「人間の、脳味噌だ」


 未だにピンと来ないらしい彼に、クラフトは言った。


「この世界は俺たちが認識することで存在している。逆にいやあ、認識してない部分は存在しないって事だ。一応サーバも多少は補助してるらしいが、機械が維持しているのはほんの一部分だな」


 それが、この世界で工業革命が起きない理由だ。

 誰も見ていない時、その場所は存在しない。

 あらゆる物事は、自動化する事が出来ないのだ。


「管理者がいない理由がわかったか? 誰も、人間の脳の中身まで管理なんて出来ない」


「じゃあ……じゃあ、どうするんだよ」


 ようやく事態を飲みこみ、シグルドは慄いた。


「俺たちの手で何とかするんだ」


「何人いるかもわからないチーターを?」


「そうだ」


「馬鹿げてる……」


 不正者の取締なんて、絶対的な権限を持ったGMがいてさえ手を焼いている問題だ。

 それをただの一参加者達でどうにかしようなんて、正気の沙汰とは思えなかった。


「確かにな。だが、やらなきゃいけない」


 クラフトはシグルドに、深く頭を下げた。


「頼む。協力してくれ」


「なんで頭なんか下げるんだよ。俺のこと、馬鹿にしてたんだろ?」


「ああ」


 クラフトは真正直にそう答えた。


「だがお前の協力が無ければ、娘が死ぬ」


「娘?」


「アゼルだ」


 突然視線を向けられてパチパチと目を瞬かせる愛娘を、クラフトは愛おしげに見やる。


「彼女は、現実には存在しない。俺とミケーネが作った、この世界でだけ生きる人工知性だ」


「何、冗談を……」


 言っているんだ。と、その言葉は最後まで口に出せなかった。

 周りを囲む原点たちの。

 そして誰より、クラフトの目が、あまりにも真剣だったから。


「この世界が壊れれば、彼女も死ぬ」


 シグルドがごくりとつばを飲み込む音が、いやに大きく響いた。

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