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五話 『鍛冶師』バルクホルン-9

 シグルドは上機嫌で酒を飲んでいた。

 アルコールが喉を焼き、心地よい酩酊感が脳を震わせる。

 この世界では年齢がどうだとか煩わしい事を聞かれる心配もなければ、飲みすぎて泥酔する事もない。


 最高だ、と思った。


 なんだか妙な連中に絡まれた時はどうしようかと思ったが、勝負にもならなかった。

 生意気な女の鼻っ柱を折ってやるのは、思った以上に爽快な事だった。

 もっともあまりに圧倒的すぎて、相手が悔しがる様を見る事が出来なかったのは残念だったが。


 しかし、と彼は腰に下げた剣に目をやる。


 それを補って余りある報酬が、彼の元に転がり込んだ。


 この剣が高く売れるだろう、というのは彼の目にも明らかだった。

 ゲームで遊ぶ上、簡単に金を稼げるというのは最高だ。


 これだけの剣なら、売らずに自分で使ったっていい。

 彼の力であればどんな剣を使ったって同じ事だが、見た目装備は華やかなものに限る。

 売るか、使うか……そんな事を思って、すぐに彼はその愚かさに気付いた。


 これも増やしてしまえば、悩む必要なんかないじゃないか。


 そうと決まれば早速増やしてしまおう、と彼が椅子から腰を浮かしかけた時のことだった。


「すみません」


 鈴の転がるような、可愛らしい声。


「もしかしてあなたは、勇者様では……?」


 黒髪黒目の美女が、そこにいた。


 真っ直ぐ伸びる艶やかな髪に、やや小柄な身体つき。

 整っているもののどこか控えめで、奥ゆかしさを感じる顔立ち。

 大和撫子、という言葉を体現したかのような女性だった。


「え、と、はぃ、そ、です」


 突然の不意打ちに、シグルドはしどろもどろになって答える。

 事前に用意しておいたならともかく、こんな美人に突然話しかけられて流暢に返せるほど舌の回る方ではなかった。


 しかも、黒髪黒目だ。明らかに偽物だとわかる銀だの赤だのといった色じゃない。

 明らかに原型(ネイキッド)。つまり、現実と同じ姿の人間だ。


「前は別の姿をしていたから、お分かりにならないでしょうが……現実の姿で、お礼に来たんです」


 恥ずかしげに、彼女はそう言った。


「現実、の」


 予想に裏付けが取れて、シグルドはごくりと唾を飲み込む。


「どうしてもお礼をしたくって」


「いえ、大丈夫、です。そんな、当然……当然の、こと、ですから」


 そう答えつつも彼は内心、全力でガッツポーズをとる。


「いえ、そういうわけにはいきません。すごくお世話になったんですから」


 女性は少しだけ強い調子でそう言った。


「わかりました、そこまで言うなら、応えないのも逆に失礼ですね」


 大分落ち着いてきたシグルドは、キリリと表情を引き締める。


「こんな所ではなんですから……ついてきてくださいますか?」


 一も二もなく、シグルドは彼女の後をついていく。

 連れられて行ったのは、宿の一室だった。


 仮想世界において、睡眠というのは殆ど意味がない。

 CCの中でどれだけ心地よいベッドを用意しようと、その肉体にかかる負担は結局CCC(キューブ)次第だ。


 だから、CCの中にある宿というのは、ただの宿泊施設とは別の意味合いを持っている。

 つまりは、そう言うことだ。


「はしたない女と、思わないで下さいね」


「いえっ、全然……全然!」


 シグルドはまるで扇風機のように首を振る。


「目を……瞑っていただけますか?」


「は、はいっ」


 裏がえった声で頷き、彼はぎゅっと目を閉じた。


 最高だ。やっぱりこのCCは、最高のゲームだ!


 しゅるしゅるという衣擦れの音を聞きながら、彼はそう思った。


 その腕が、何かできつく縛られるまでは。


「え」


 思わず目を見開くと、彼の両腕はリボンのような細い紐で縛られていた。

 状況を把握できず困惑しているうちに、神業のような素早さで足首まで縛られる。

 気付いたときには、彼は両手足を縛られて天井から吊されていた。


「あの、いきなりこれは、レベル高すぎじゃ……」


「うるせえよ、くそがきが」


 低く唸るような声を、目の前の女性があげた。

 そのあまりにも不似合いな声と口調に、誰か男が隠れていたのかとシグルドは周りを見回す。


「どこ見てやがんだ」


 しかしその声はやはり、目の前の女が発しているようだった。

 それどころか、女の身体は見る見るうちに膨れ上がっていく。


 真っ白な肌は赤銅色に染まりあがって筋肉のすじがぼこりと膨れ、黒く長い髪は墨が水に溶けさるようにして、短く刈り込まれた赤髪へと変化する。

 そしてどこか幼げな愛らしい顔立ちは、四角くゴツゴツとした無骨な男のそれへと無惨に変わり果てた。


「だ、騙したのか!」


 その余りの変化に泣きそうになりながら、シグルドは叫ぶ。


「騙しちゃあいねえよ」


 ドスの利いた声で、バルクホルンは忌々しげに言った。


「アレが俺の現実での姿だってとこだけはな」


「嘘付け、そんなわけあるか! 何だこれ……くそっ!」


 シグルドはもがくが、紐はどれだけ力を込めても千切れなかった。

 素の状態であっても容易く引きちぎってしまえそうな細い紐なのに、鉄さえ容易く引き裂けるよう設定されたシグルドの膂力を持ってして、びくともしない。


「無駄だよ。そいつは『仕立て屋』特製の鎖、グレイプニルだ」


 単純に力を強化してるだけなら、幾らでも対処できる。

 それが、彼らの認識だった。


 知恵の輪みたいなものだ。この紐はある程度の腕を持つ魔法使いであればちぎるのは造作もないが、力尽くでは絶対に切れない。だが、チートに頼っているだけの人間にそんな技術も知恵もないだろう、という読みは見事に当たった。


「ああ、もう一つだけ、嘘をついてないことがあった」


 ふと思い出したように言い、バルクホルンは深く笑みを浮かべる。


「『お礼』をたっぷりとしなきゃな」


 その笑みに不吉なものを感じつつも、シグルドは焦る気持ちをおさえつける。

 大丈夫だ。自分にはどんな攻撃だろうと、通じない。

 どんな剣も火も傷つけることは出来ないように設定してある。


 仮に通じたとしても、痛みはフィルタリングされて感じない。

 拷問は不可能だ。


 そうたかをくくる彼の目の前で、バルクホルンは履いているズボンに手をかけた。


「ちょ……」


「たっぷりしてやるぜ、イ・イ・コ・ト」


 巨人のゴツい顔が、茶目っ気たっぷりにバチンとウィンクした。

 シグルドの全身に怖気が走る。


「まて、やめろ、くるな」


 中身は女だという話を信じたとしても、目の前にいるのはどう見てもゴツいおっさんなわけで。


「頼む、やめてくれ、悪かった、謝るから!」


 その体躯はシグルドの軽く倍以上。


「ごめんなさい、お願い、やめて、やめてください!」


 どこもかしこも、それに比例した大きさであるわけで。


「やめっ、むり、入らない、入らないから! 絶対、そんなの――」






「アッー!」


 絶叫が、響き渡った。

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