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五話 『鍛冶師』バルクホルン-7

 なにやら、大事になってきた。

 クラフトは、自分の小さな工房に溢れかえる人々を見て、良くわからない危機感のようなものを覚える。しかし、それに気付いた時にはもう止めようがなくなっていた。


「こんにちはー、人形師のクラフトさんの工房ってここでいいの?」


「ああ……」


 こうして人が訪ねてくるのも、もう何度目だろうか。


「良かった! わたし、バルちゃんに呼ばれてきた『仕立て屋』のジーナっていいます」


 青い髪の女性がそう名乗る。

 仕立て屋というのは職業ではなく、二つ名。要するに彼女もまた原点だ。


「おう、はいれはいれ」


 勝手にバルクホルンが手招きして、クラフトの工房に更に一人増えた。

 この建物に入った人数はとっくの昔に最高記録を更新していて、今なおそのスコアを伸ばしているという事だ。ちなみに昨日までの最高は、シルウェスとミケーネにクラフトの三人だ。


 元々一人で作業する事だけを考えて作られているクラフトの工房は、ぎゅうぎゅうづめになっていた。


「ねえ、ちょっと広くして良い?」


「え?」


 先程来たばっかりのジーナという女性がぐっと壁を押すと、ずずずと音をたてながら部屋が広くなった。彼女の魔法なのだろう。路地裏の奥にひっそりと建つ工房の両隣には別の建物が建っていて、広げられる筈などないのだがあっさりと彼女はやってのける。


 原点のオリジナル魔法ともなると、同じ原点同士でももはや理解不能だった。


 右を見ても左を見ても原点。

 その真ん中で、アゼルは椅子に座ってされるがままになっていた。


 『美容師』に髪を弄られ、『化粧師』に化粧を施され、その周りで『宝飾師』と『仕立て屋』がああでもないこうでもないと盛んに議論が交わしている。


 クラフトはそんな彼らに押され、ただオロオロとしているばかりであった。


「クラフト!」


 また増えた。

 一瞬そう思ったが、扉を開け放ったのは見覚えのある顔だった。


「ささ……どうした?」


 思わず名前を呼びかけて、クラフトは口をつぐむ。

 少し癖のある跳ねた黒髪に、すらりとした高めの身長。

 シルウェスの現実での姿、佐々木 涼音だった。


「どうしたもこうしたもないわ。私が! この私が、殺されたの!」


 怒り狂って涼音は叫ぶ。


「クラフト、その人は誰ですか?」


 アゼルは目を丸くしてじっと涼音を見つめた。


「ああ、こいつはシ」


「クラフトと仲良しの、涼音でーす。よろしくね、アゼルちゃん」


 涼音はそう言ってクラフトの言葉を遮り、ギュッと彼の腕を抱く。

 アゼルの目が、ますますまん丸に見開かれた。


「アゼルちゃん、お化粧! お化粧ズレちゃうから!」


「あ、すみません」


 しかし『化粧師』にしかられて、すぐに元に戻る。


「一体何の騒ぎなんだ?」


「あれ、バル、なんでここにいるの? っていうか、ジーナにクリスに……え、何事?」


 呆れたように見下ろすバルクホルンに、涼音は少しだけ冷静さを取り戻して見回した。


「もしかして、誰かの原型か」


「まあ……そう言う事。ちょっと急いでたものでね。謎の美少女Xとでも呼んで」


 涼音は髪をかきあげてさらりとそう言い放ち、バルクホルンはこんな性格の人間が知り合いにいただろうか、と思い悩んだ。


「そんな事より、あいつと会ったの。シグルド」


 その名を聞いた瞬間、アゼルの身体がびくりと震えた。


「奴に殺されたのか」


「そうなのよ!」


 怒りの炎が、再び燃え上がった。


「ありえない。あんな……」


「お前が殺されるほど強かったのか?」


「すっごい、弱い」


 涼音はぶんぶんと首を振って、忌々しげに言った。


「はあ?」


「弱いけど無敵って感じ」


「意味が分からんぞ」


「そう、意味が分からないの」


 最後にどうして殺されたのかはわからない。

 だがそれはそれとして、ミケーネの助けが無ければ一対一でも負けていたのは確かなことだ。こちらの攻撃はすべて通じず、向こうの攻撃を一度でも食らえばアウト。そんな条件で勝てるはずがない。


「ともかく、『着替え』させてくれる?」


「いいのか?」


 その場にいる者たちをぐるりと見回して、クラフトは尋ねた。


「まあ……いいよ」


 本当はあまり良くはないが、それよりもこの状態で居ることが嫌だった。


「わかった。では、しばらくの間アゼルを頼む」


 クラフトはバルクホルンにそう告げると、シルウェスと工房の奥の部屋へと向かった。


 そこはクラフトの私室だ。あまり使うことは無かったが。


「そんじゃーぱぱっとお願い」


 服をあっさり脱ぎ捨てて、涼音はそう言った。


「お前はもう少し恥じらいをもて」


 クラフトは思わず顔を背ける。

 仮想世界でのアバターといっても、その身体は現実世界での涼音自身を模したものだ。流石に直視するのには抵抗がある。


「えー、持ってるよぉ」


 一糸まとわぬ姿で、彼女は明るく笑った。


「単にクラフトにだったら見せてもいっかなーって思うだけで」


「さっさとやるぞ。コードキャスト、エディットモード」


 部屋が濃紺に塗りつぶされて、クラフトと涼音だけが世界に残る。

 途端、彼は照れも躊躇いも捨てて涼音に向き直り、真っ直ぐな瞳で射竦めた。


 この目が好きなんだ、と涼音は思う。


 作品と向き合うクラフトはどこまでも真摯だ。

 この瞬間、涼音は彼の作品(シルウェス)になる。


 それはたまらない喜びであった。


 手足が引き伸ばされて僅かに足りなかった背がクラフトに並び、癖のある黒い髪は青銀に染め上げられながら真っ直ぐ伸びる。


 女の肢体に手を伸ばすクラフトの手つきには、迷いも躊躇いもなければ情欲や下心も存在しない。ただただ良いものを作り出そうという、熟練の職人の意気だけがあった。


 クラフトのそんな瞳に痺れるほど惹かれながら、同時に女として多少の敗北感を感じるのも確かなことだ。


 結構スタイル良いと思うんだけどなあ、と涼音は内心ひとりごちる。


 クラフトの手に少し余るくらいに豊かな胸の膨らみは押し込められてささやかな大きさに収まり、柔らかく形のいい尻は脚を支えるために張り詰めた筋肉と差し替えられる。


 シルウェスの身体は全体的に引き締まって細く、長く、硬い。それは彼女自身が望んだことではあったが、多少異議を唱えたっていいんじゃないか、と理不尽なことを思うのだ。


「出来たぞ」


「ん」


 シルウェスは短く答え、服を着始める。


「……相変わらずだな、お前は。涼音の時くらい喋れないのか?」


「無理」


 全身、クラフトに触れられていない場所などない。

 シルウェスの身体は彼の作品そのもので、常に幸福で満たされている。


 そんな状態で不用意に口を開けば、一体何を言ってしまうかわかったものじゃなかった。また前のように衝動的に告白なんかしてしまったら、目も当てられない。


 かつてはただのロールプレイだったそれは、今では本心を押し隠すための大事な仮面だ。


「無理」


「二回言うほど無理なのか」


 そういうものかと首を捻るクラフトに、シルウェスは彼から見えぬように笑みの表情を浮かべた。

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