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五話 『鍛冶師』バルクホルン-4

 更に、翌日。


「楽しみですね、クラフト!」


「……そうだな」


 ニコニコと笑顔を見せるアゼルに、クラフトは渋面で頷いた。


 アゼルは自分の持ち物が出来るのが嬉しくて仕方がないらしい。

 だが、クラフトの心中は不安でいっぱいだった。


 バルクホルンの腕は間違いない。

 それは彼の着ていた鎧や、壁に飾ってあった武器を見ればわかる事だ。

 武具造りに置いても、クラフトは一流と呼ばれる程度の腕はある。

 そんな彼の目から見ても、バルクホルンは紛れもなく超一流の鍛冶師であることは確かだ。


 だが。


 いくら超一流と言っても、最高の作品を一日で作れるわけではない。

 むしろ一流であるからこそ、本気で作り上げる作品には時間をかけるべきだ。


 少なくともクラフトはそう思うし、今までそうしてきた。

 彼がアゼルの為に全力を傾けて武器を作るのならば、一月はかけるだろう。


 機能だけでいいのなら、一日でも作る事は出来るかもしれない。

 しかし職人というのは、同時に芸術家でもあるのだ。

 機能を損ねない範囲で装飾を施すのには、どうしたって時間がかかる。


 武骨な武器などアゼルには似合わない。

 こんなに楽しみにしているのに、彼女だってがっかりしてしまうかもしれない。

 食事以外でこれ程楽しげにしているアゼルは初めて見るのだ。

 その笑顔を落胆で曇らせたくはなかった。


「おう、出来てるぜ」


 そんなクラフトの心情を知ってか知らずか、バルクホルンは上機嫌で二人を迎えた。


「こいつだ」


 彼がアゼルに渡した包みは、長く細い。


「……わ」


 包みを剥ぎ、中から出てきたそれを見てアゼルは感嘆の声を漏らした。


「これは……」


 クラフトも目を見開いて、思わずそれに見入る。


 アゼルが取り出したのは、ミスリル鋼製の棒だった。

 太さは三センチ、長さは両手に少し余るくらいの、円柱形の棒だ。


 両端に僅かに補強としての金具がついているだけで、装飾らしい装飾は何もない。

 簡素と言えばこれほど簡素なものもないだろう。


 だが光を受けてきらきらと虹色に輝く様は、どんな装飾よりも美しかった。


「クラフトさんよ、アンタ、馬鹿正直な男だな」


 そんな彼を見て、バルクホルンは笑った。


「勿論手を抜いたわけじゃない。だが、時間をかけなくても良いものを作れる事ってのも、武具にはあるんだ。……どうだ、お気に召したか?」


「ああ。これなら文句はない。アゼルも気に入ったようだしな」


「はい、とってもきれいです!」


 棒をぎゅっと胸元に抱き寄せる様にして笑顔を弾けさせるアゼル。

 そんな彼女を見て、男二人もまた頬を緩ませた。


「アゼルの嬢ちゃんは本人が物凄い美人だからな。生半な装飾じゃあそっちの方が負ける。こういうシンプルな方がかえって引き立つってものさ」


 七色に煌めく棒はアゼルの紫水晶のような髪によく映えて、手にするだけで一枚の絵画の様に美しい。


 クラフトはなるほどもっともだと、バルクホルンの仕事に深く感心した。


「この棒は、どう使ったらいいのですか?」


「棒じゃねえよ。杖だ、杖」


「ジョウ……?」


 聞きなれない言葉に、アゼルは首をひねる。


「杖術って武術があってだな……とはいえ、お前さんは深いことを考えなくていい。好きなようにそれを叩きつけろ」


「好きなように……?」


 アゼルは不思議そうに、手の中で杖をくるくると回す。

 たどたどしい手つきは徐々にその滑らかさを増し、アゼルは思い切って杖を振ってみた。


 空中で金属の杖がたわみ、空気を切り裂きながら一瞬遅れてピシリとアゼルの指先に伸びる。


「……柔らかい」


 その見た目に反して、杖は振ればしなる程の柔軟性を持っていた。

 それでいて、並みの剣など全く刃が立たない程硬い。


「なるほど、確かにこれはアゼル専用の武器だな」


 その様子を見て、クラフトは呟いた。


「流石だな、『人形師』」


 『専用』であることは、この杖の大きな特徴の一つだ。しかしそれは、素人が目で見てすぐ気付けるような事柄ではない。


「一応説明しておこうか」


 どかりと床にあぐらをかいて地面に手を当てると、バルクホルンはかかしのような木人形を引きずり出した。


「杖の長さは、お嬢ちゃんの身長と手足に合わせて設計してある。出来る限り長く、だが、ギリギリで邪魔にならない長さと重さ、そして太さだ」


「はい。凄く扱いやすいです」


 アゼルは杖をくるりと回して見せた。剣で言う『握り』のような部分があるわけでもないのに、杖はアゼルの手にぴったりと馴染んで吸い付くかのようだった。


「武器ってえのはな。本来は力を持たねえ弱い弱い人間が、力を手に入れる為に作ったもんだ。ぶっちゃけ嬢ちゃんには必要ねえ。むしろ、邪魔になる」


「邪魔……ですか」


 手の中の杖を、アゼルはマジマジと見つめた。


「ああ。だからこれは厳密には武器じゃねえ。腕の延長みたいなもんだと思って使ってくれ」


「腕の、延長」


 バルクホルンの説明は、アゼルの中にすとんと落ちた。

 今まで何度か、もう少し腕が長ければ、と思った事がある。


「とはいえ、だ。ただの棒っきれ出してきました、なんてんじゃあ原点の名が廃る。勿論、ちょっとした仕掛けはしてある」


 バルクホルンは立ち上がり、先ほど出したかかしをぽんと叩く。


「そいつで打ってみな。出来るだけ早くだ」


 アゼルは頷き、片手に杖をぶらりと下げる。

 葵が剣でそうしていたように前に構えようかとも思ったが、それは何か違う気がした。

 拳で手刀を入れるのと同じイメージで、杖を斜めに振り下ろす。


 鎧を着こんだカカシに杖が当たる。


 予想した衝撃も、音も、全くなかった。

 にも拘らず、アゼルは杖を振りぬいている。


 パチパチと目を瞬かせると、一瞬の後、カカシは鎧ごとずるりとずれて地面に落ちた。


「中に芯を一本通して、周囲は柔らかくしてある。つっても金属としての範囲だが、嬢ちゃんの膂力で振ると、瞬間的に殆ど刃物に近い形状になる」


 カカシは完全に刀で斬ったとしか思えない、綺麗な断面を晒していた。


「力の込め方で、打撃と斬撃を打ち分けられるはずだ。慣れれば突きだって放てる」


 つるりと丸い杖を、アゼルは不思議そうに撫で擦る。


「突けば槍、払えば薙刀、持たば太刀。杖はかくにも外れざりけり……ってな。縦横無尽に使える武器だ」


 アゼルはじっと杖を見た後、もう一度カカシに向かって振った。

 斬れて残ったカカシの下半分が根元から切り取られたかと思えば、どっと音を立てて上に跳ね上げられる。放物線を描いて目の前に落ちてくるそれに、アゼルは突きを見舞った。


 ド、と音を立て、彼女の構えた杖にカカシが突き刺さる。


「……流石だな」


 すぐさま斬撃、打撃、刺突撃を使いこなして見せたアゼルに、バルクホルンは呆れたものか感動したものか悩んだ。


「でだ。ここからが相談なんだが」


 しかしすぐに気を取り直して、クラフトに問う。


「もうちょっと金を出してみる気はないか?」


「不足分があるなら払おう。それだけの仕事だ」


 相場程度の対価は既に払っていたが、この出来であれば追加で払っても問題ない。

 クラフトはそう感じていた。


「いやいや、俺が欲しいってわけじゃないんだ」


 だが、バルクホルンは首を横に振って、杖を片手にニコニコしているアゼルに視線を向ける。


「折角だから武器以外も、全部原点の品で固めてみたら面白いと思わないか?」

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